「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 山礬
芸香 七里香
柘花 掟花
春桂 瑒花
山礬
【本草灌木類有之
サンハン 今改移于此】
本綱山礬山野叢生甚多而花繁香馥故名芸【音云盛多也】大
者株髙丈許其葉似巵子葉生不對節光澤堅強畧有齒
凌冬不凋三月開花白如雪六出黃蕋甚芬香結子大如
椒青黒色熟則黃色可食其葉取以染黃及收豆腐或雜
入茗中又采葉燒灰以染紫爲黝不借礬而成故名山礬
[やぶちゃん字注:「茗」は「茶」の異体字。]
葉【酸濇微甘】 治久痢止渴殺蚤蠧
畫譜云其花細小而繁香馥甚遠故名七里香
△按山礬【未詳】蓋沈丁花之類也而曰似梔子葉凡梔子
葉有齒與無齒有二種山礬葉有齒沈丁花葉似無齒
梔子葉有花四出與六出色白與淡紫子有與無之違
*
芸香《うんかう》 七里香《ひちりかう》
柘花《しやくわ》 掟花《ていくわ》
春桂《しゆんけい》 瑒花《やうくわ》
山礬
【「本草」、「灌木類」に、之れ、有り。
サンハン 今、改めて、此《ここ》に移す。】
「本綱」に曰はく、『山礬は、山野に叢生し、甚だ多くして、花、繁く、香、馥《かぐは》しき故、「芸《うん》」と名づく【音、云《ふこころは》、「盛≪んにして≫多き」なり。】。大なる者、株の髙さ、丈許《ばか》り。其の葉、「巵子(くちなし)」の葉に似て、生《は》≪ゆるに≫、節《ふし》を對《たい》せず。光澤、堅強《かたくつよく》、畧(ちと)、齒、有り。冬を凌ぎて、凋まず。三月、花を開き、白くして、雪のごとく、六《むつつ》、出づ。黃≪の≫蕋《しべ》、甚だ、芬香《ふんかう》≪す≫。子《たね》を結ぶ。大いさ、椒《しやう》のごとく、青黒色。熟する時は[やぶちゃん注:「時」はルビにある。]、則ち、黃色。食ふべし。其の葉、取りて、以つて、黃を染め、及び、豆腐を收め、或いは、茗(ちや)の中に雜-入《まぜいれ》、又、葉を采り、灰に燒きて、以つて、紫を染むれば、黝(あをぐろ)に爲《な》る。礬(みやうばん)を借《か》らずして、成る故《ゆゑ》、「山礬」と名づく。』≪と≫
『葉【酸濇《さんしよく》、微甘。】 久痢を治し、渴《かはき》を止め、蚤《のみ》・蠧《きくひむし》を殺す。』≪と≫。
『「畫譜」に云はく、『其の花、細く、小にして、繁く、香、馥《かぐはし》。甚だ、遠≪くへ薫る≫。故、「七里香」と名づく。』≪と≫。』≪と≫。
△按ずるに、山礬【未だ詳かならず。】、蓋し、沈丁花の類なり。而して、梔子の葉に似ると曰ふ。凡そ、梔子の葉、齒、有ると、齒、無きと、二種、有り。山礬の葉には、齒、有り、沈丁花の葉は、齒、無き、梔子の葉に似たり。花、四《よつ》、出《いづる》と、六《むつ》、出づると、色、白きと、淡紫と、子、有ると、無きとの違ひ、有り。
[やぶちゃん注:ここで恐らく、良安は、「本草綱目」の「香木類」が、どうも、日中では樹種名が違うということに、何となく気づいてきたのであろう、と私は踏んだ。さればこそ、時珍の分類を仕切り直して、この「山礬」を、敢えて、ここへ繰り入れて、自身の分類法をよしとしたのであろう、と推理した。実は、次の「瑞香」も「芳草類」から、配置換えをしているからである。而して、それは、すこぶる正しいのである。さて、「山礬」とは、常緑、又は、落葉の低木、または、高木の、
双子葉植物綱カキノキ目ハイノキ科ハイノキ属 Symplocos
である。同属は約四百種が熱帯・亜熱帯を中心に、アジア・オーストラリア・南北アメリカの広い範囲に分布するが、アフリカには植生しない。日本にも二十数種が植生する。ウィキの「ハイノキ科」によれば、『ハイノキ科にはアルミニウムを含む種が多くあり、各地で染色に用いられてきた。日本語科名の「灰の木」も、日本に分布するハイノキの灰汁を媒染剤に使ったことによる』。因みに、『ラテン語の科名は「一緒になる」の意味で、多数あるおしべが、それぞれまとまって』五『組の束になっていることによる』とあった。されば、「本草綱目」の記すものは、同属ではあるが、種は違う。ただ、維基文庫の「山礬」があったのだが、この山礬 Symplocos sumuntia というのは、ハイノキ属クロバイ Symplocos prunifolia のシノニムであり、中国には自生せず、本州関東以西の四国・九州・沖縄、及び、済洲島に分布するので、違う。現行の中国語の「山礬」は、近代以降に当てられたものということになる。ただ、中国に分布するハイノキ属はリストがないので、種同定は残念ながら、出来ない。而して、本邦産の代表種は、
ハイノキ Symplocos myrtacea
となる。当該ウィキによれば、『和名「ハイノキ」の由来は、この樹木の木灰が、近縁のクロバイ同様、染色の媒染剤として利用されたことから「灰の木」の名がある』。『九州ではイノコシバ(猪の子柴)と呼ばれた。狩りで獲た猪を縛るのに、この木の丈夫な枝を用いたためという』。『日本の本州(近畿地方以西)、四国、九州に分布』し、『南限は屋久島。暖地の山地に生える』。『常緑広葉樹の低木から高木で、高さは』十二『メートル』『ほどになる』。『樹皮は暗視褐色』、『葉は互生し、長さ』四~七『センチメートル』『の狭卵形から長楕円形』、『葉身には光沢があり、短い葉柄がついて、葉縁には浅い鋸歯がある』。『花期は』四~五『月』で、『前年』の『枝の葉腋から総状花序を出して、小さな白い花をたくさん咲かせる』。一『つの花序には花が』三~六『個つく』。『花冠は』五つに『深裂し、直径は』十二『ミリメートル』『ほどある』。『雄蕊は多数で花冠の外に突き出して』おり、『雌蕊は』一『個』。『果期は』十~十一『月』で、『果実は長さ』六~八ミリメートルの『狭卵形で、秋に黒紫色に熟す』とあった。
「芸香《うんかう》」この「芸」は「藝」の字の新字「芸」とは、相同字形にして、全く異なる古くからある漢字であるので、注意されたい。正確には「芸」ではなく、(くさかんむり)が、中央で切れる字体である。私は大学で図書館司書の目録法の授業で絞られた前島重方先生(特に英文目録法での半角空けをテツテ的にチェックされたのは強烈だった。それでも全部、「優」を下さった)に、奈良末期の石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)が作った日本最初の図書館の名、「芸亭」(ウンテイ)を教わったのを、今も、よく覚えている。この字は、
一 ①香草の名。ヘンルーダ(バラ亜綱ムクロジ目ミカン科ヘンルーダ属ヘンルーダ Ruta graveolens )。そこから「書物」の意ともなった。これはヘンルーダを書物の除虫草として使ったことに拠る。
②芳香を持った野菜の名。
③「盛んな」或いは「多い」様子の形容。(時珍は、「釋名」で、これで説明している)
④くさぎる。草を刈る。
二 「黄ばむさま」。木の葉が枯れかけて黄変するさま。
の意である。
「七里香」以下の異名から、中国産の樹種を比定同定出来るかと思ったのだが、ネットでは、それらしいものは見当たらなかった。残念至極!
『「本草」、「灌木類」に、之れ、有り』「本草綱目」の「卷三十六」の「木之三灌木類」(「漢籍リポジトリ」)の独立項「山礬」。ガイド・ナンバー[088-44a]以下である。
「巵子(くちなし)」リンドウ目アカネ科サンタンカ(山丹花)亜科クチナシ連クチナシ属クチナシGardenia jasminoides 。
「生《は》≪ゆるに≫、節《ふし》を對《たい》せず」東洋文庫訳では、『節のところで対生しない』とある。これは、グーグル画像検索で、「クチナシの葉」と、「ハイノキ属の葉」を比べて見ると、一瞬で意味が明確になる。則ち、葉の中肋(中央脈)の左右に出現する側脈がクチナシでは、明瞭に左右対称にはっきり見えるのに対し、ハイノキ属では、明瞭に見えない、殆んど視認出来ないことを言っているのである。
「椒《しやう》」ムクロジ目ミカン科サンショウ属 Zanthoxylum 、及び、そのうちで、香辛料として使われるものを指すか、又は、ナス目ナス科トウガラシ属 Capsicum(タイプ種はトウガラシ Capsicum annuum )、或いは、コショウ目コショウ科コショウ属 Piper(タイプ種はコショウ Piper nigrum )を指す。
「豆腐を收め」前述の通り、ハイノキ属にはアルミニウムを多く含む種があり、豆腐の「にがり」には、塩化アルミニウムが、豆腐の固形化に効果があると、論文にあった。
「礬(みやうばん)」硫酸カリウムアルミニウム十二水和物。
「酸濇《さんしよく》」今まで、「和漢三才圖會」の私のプロジェクトでは、この「五味」に関わる熟語は見かけたことは、記憶では、ないが、「濇」は本邦の略字「渋」、中国語の略字「涩」の異体字で、意味は同じであるから、「酸っぱさと渋みの合わさった味」を指すものと思われる。
「畫譜」既出既注だが、再掲すると、東洋文庫の巻末の「書名注」によれば、『七巻。撰者不詳。内容は『唐六如画譜』『五言唐詩画譜』『六言唐詩画譜』『七言唐詩画譜』『木本花譜』『草木花譜』『扇譜』それぞれ各一巻より成っている』とあった。
「沈丁花」フトモモ(蒲桃)目ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属ジンチョウゲ Daphne odora 。]
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