「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷二 㐧六 れうし、虵に命をとらるゝ事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。挿絵はない。]
㐧六 れうし、虵(へび)に命(いのち)をとらるゝ事
正保元年六月中旬の事なるに、西近江、高嶋近き在所(ざいしよ)に、れうし[やぶちゃん注:「獵師」。]あり。
[やぶちゃん注:「正保元年六月中旬」グレゴリオ暦一六四四年八月十三日から二十三日相当。
「西近江、高嶋」琵琶湖西北岸一帯の旧郡名。現在の滋賀県高島市の大部分(旧滋賀郡志賀町の一部であった琵琶湖西岸高島市南端に当たる鵜川は除く)(孰れもグーグル・マップ・データ)。]
山より、道に、死《しし》たる「きじ」一つ、あり。
取《とり》てかへり、やがて。料理(れうり)[やぶちゃん注:動詞「れうる」の連用形。]、火鉢ヘかけてやきけるが、いつのまにか來《きた》るらん、五、六尺もあるらん虵、一すぢ、來つて、「ひばち」の向ふに、くび、もつたて[やぶちゃん注:「持つ立て」。持ち上げるようにして立てて。]、やきける鳥を、目がけ、ゐける。
れうし、是を見て、
『殺すも、いかが。』
と、おもひ、二、三度ばかり、取《とり》て、すてけるが、また、きたつて、右のごとくにし、此の度(たび)は、火鉢のまはりを、ひためぐりに、めぐりけり。
れうしも、ふしぎにおもひ、
『きやつは、いかさま、此《この》鳥にしうしん[やぶちゃん注:「執心」。]や、ありて、來るか、やすからぬやつかな。』
とて、やがて、ひつ取《とり》て、二つに引《ひつ》さき、
「ずんずん」
に、きつて、是をも、ともに、やく時に、何とかしたりけん、火鉢の火、飛んで、れうしがふところへ、火、一つ、とび入《いる》。
獵師、
「はつ。」
と、おどろき、はらはんとするまに、此火、五ざう[やぶちゃん注:「五臟」。]へかけこみ、其のまま。絕入《ぜつじゆ》しけるが、其のあと、大きに、ひろくなりて、三十日ばかり、なやみ、つゐに[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]死《しし》けり。
「虵のとりたるきじを、れうし、知らずして、取《とり》て來りしが、其鳥に、しうしん、はなれず、れうしのあとを、をふ[やぶちゃん注:ママ。]てゆき、つゐには、獵師、虵に命をとられけるか。」
と、みな人ごとにぞ、いひあへり。
名も所も、失念ゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、しるさず。
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