「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 瑞香 / 卷第八十二 木部 香木類~了
[やぶちゃん注:本篇を以って、「卷第八十二 木部 香木類」は終っている。『「和漢三才圖會」植物部』の始動は、本年、二〇二四年四月二十七日であるから、巻第八十二の全項目を十五日で終わったことになる。亡父の後片付けの最中の中で、この一巻五十三項を終えることが出来たのは、気の遠くなる「植物部」全千百十九項に光明が見えてきた気が、強くしている。維持は難しいものの、このペースだと、単純にドンブリすると、数年、七十歳になる遙か以前に、完遂出来る気がしてきたのである。]
ちんちやうけ 𪾶香【五雜組】
【俗云沈丁花
誤曰里牟
知也宇介】
瑞香
ツイ ヒヤン 【本草芳草類有
之今改移于此】
本綱瑞香南方山中有之枝幹婆娑柔條厚葉四時不凋
冬春之交開花成簇長三四分如丁香狀有黃白紫三色
其高者三四尺有數種有枇杷葉者楊梅葉者柯葉者毬
子者攣枝者惟攣枝者花紫香烈其節攣曲如斷折之狀
也枇杷葉者乃結子其始出於廬山宋時人家栽之始著
名其根綿軟而香【味甘鹹】
五雜組云相傳廬山一比丘晝寢山石下開異香覺而尋
之得此花故名𪾶香後好事者以爲祥瑞改爲瑞香
古今醫統云用浣衣灰汁澆瑞香根去蚯蚓以𣾰査壅根
[やぶちゃん字注:「𣾰」は「漆」の異体字。]
撏雞鵞水澆之皆盛長此花悪濕畏日不可露根
△按瑞香人家多栽之疑此山礬之類此云沈丁花也春
揷之能活一二尺亦開花髙者四五尺枝幹婆娑葉似
無齒梔子葉及楊梅葉春著花形如丁香而紫既開則
四出外淡紫內白十余朶攅簇其香烈如沉香丁香相
兼故俗曰沈丁花然濕濃不如蘭花之艶【未見黃色花者未審】
*
ぢんちやうげ 𪾶香《すいかう》【「五雜組」。】
【俗、云ふ、「沈丁花」。
誤りて、
「里牟知也宇介(ぢんちやうげ)」
と曰ふ。】
瑞香
ツイ ヒヤン 【「本草」、「芳草類」に、之れ、有り。
今、改≪めて≫此《ここ》に移す。】
「本綱」に曰はく、『瑞香、南方山中、之れ、有り。枝・幹、婆娑《ばさ》たり。柔《しなやかなる》條《えだ》、厚≪き≫葉、四時、凋まず。冬・春の交(あはひ)、花を開き、簇《むれ》を成す。長さ、三、四分、丁香《ちやうかう》の狀《かたち》のごとく、黃・白・紫の三色、有り。其の高き者、三、四尺。枇杷≪の≫葉の者、楊梅《やまもも》≪の≫葉の者、柯《しひ》の葉の者、毬-子《まり》の者、攣《かがまれる》枝の者、數種、有り。惟《ただ》、攣《かがまれる》枝の者は、花、紫にして、香、烈なり。其の節《ふし》、攣曲《れんきよく》にして、斷-折(うちを)りたる狀《かたち》のごとし。枇杷の葉の者には、乃《すなはち》、子《み》を結ぶ。其の始め、廬山より出づ。宋の時より、人家に之れを栽ゑて、始めて、名を著《あら》はす。其の根、綿≪の如く≫軟《やはらか》にして、香《かんば》し【味、甘、鹹。】。』≪と≫。
[やぶちゃん注:「本草綱目」からの引用は、ここまでである。]
「五雜組」に云はく、『相ひ傳ふ、「廬山の一比丘、山石の下に晝寢(ひるね)して、異香を開く。覺(さ)めて、之れを尋ねて、此の花を得たる故、「𪾶香」と名づく。後《のち》、好事(こんず[やぶちゃん注:ママ。])の者、以つて、祥瑞《しやうずい》と爲《な》し、改めて、「瑞香」と爲す」≪と≫。』≪と≫。
「古今醫統」に云はく、『衣《ころも》を浣《あら》ふ、灰-汁(あく)を用ひて、瑞香の根に澆(そゝ)ぎ、蚯蚓(みゝづ)を去り、𣾰《うるし》の査(かす)を以つて、根に壅(を)き[やぶちゃん注:ママ。「置き」。但し、「壅」に「置く」の意はなく、ここは「塞ぐ」の意である。]、撏(と)りて、雞《にはとり》・鵞《がてう》の水[やぶちゃん注:小水。小便。]を之れに澆げば、皆、盛《さかんに》長《ちやう》ず。此の花、濕《しつ》を悪《にく》む。日を畏《おそ》る。根を露(あらは)すべからず《→露(あらは)にすべからず》。』≪と≫。
△按ずるに、瑞香は、人家、多く、之れを栽う。疑ふらくは、此れ、「山礬」の類にして、此《ここ》に云ふ、沈丁花なり。春、之れを揷して、能く、活《かつ》≪すること、≫一、二尺。亦、花を開く。髙き者、四、五尺。枝・幹、婆娑として、葉、齒の無き梔子《くちなし》の葉、及び、楊梅《やまもも》の葉に似る。春、花を著《つ》く。形、丁香《ちやうかう》ごとくにして、紫。既に開けば、則ち、四《よつ》、出づ。外(そと)、淡紫、內、白。十余朶、攅-簇(こゞな)り、其の香、烈≪なり≫。沉香《ぢんかう》・丁香、相ひ兼ぬるごとし。故、俗に「沈丁花」と曰ふ。然《しか》≪れども≫、濕(しつ)、濃(こ)く、蘭花の艶(やさし)きにしくならず【未だ黃色の花の者、見ず。未だ審らかならず。】。
[やぶちゃん注:「瑞香」は、「沈丁花」であるが、「本草綱目」以下二書の引用は、中国のものであるから、
双子葉植物綱フトモモ(蒲桃)目ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属 Daphne
まで、である。何故かと言えば、ジンチョウゲ科Thymelaeaceaeは、五十属五百種を数えるからである。小学館「日本大百科全書」の「ジンチョウゲ科」に拠れば、『離弁花類。低木または小高木。樹皮の靭皮繊維は強く』丈夫で、『ちぎれにくい。葉は互生または対生し、鋸歯がない。花は束生するか』、『頭状花序をつくり、萼筒は細長くて子房を包み、先は』四~五『裂する。子房は上位。一般に花弁を欠く。果実は核果または堅果で』一『個の種子がある。熱帯から温帯に分布し、日本にはガンピ属』十『種、ジンチョウゲ属』三『種が自生し、ジンチョウゲ』(本邦の最も知られたフトモモ(蒲桃)目ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属ジンチョウゲ Daphne odora 。良安の言っている種もこれ、若しくは、その品種と考えてよいだろう)や、同属の『フジモドキ』( Daphne genkwa )『が観賞用に、高級紙の原料としてミツマタ』(ジンチョウゲ科ミツマタ属ミツマタ Edgeworthia chrysantha )『が栽培される。また』、『ガンピからは雁皮紙をつくる』。『APG分類』(既出既注)『でもジンチョウゲ科とされる。日本にはジンチョウゲ属、シャクナンガンピ属』( Daphnimorpha )、『ガンピ属』( Diplomorpha )、『アオガンピ属』( Wikstroemia )『が自生し、ミツマタ属が野生化する』とある。一応、ジンチョウゲ Daphne odora の当該ウィキを引いておく。『別名でチンチョウゲともいわれる』。『中国名は瑞香』。『別名』に『輪丁花。原産地は中国南部で、中国から日本に渡来して、室町時代にはすでに栽培されていたとされる』。『クチナシ』(リンドウ目アカネ科サンタンカ(山丹花)亜科クチナシ連クチナシ属クチナシGardenia jasminoides )、『キンモクセイ』(シソ目モクセイ科オリーブ連モクセイ属モクセイ変種キモクセイ品種キンモクセイ Osmanthus fragrans var. aurantiacus f. aurantiacus )『とともに、日本の三大芳香木の一つに数えられる』。『「沈丁花」という漢字名は、香木の沈香(ジンコウ)のような良い匂いがあり』、チョウジノキ『丁子(クローブ)』(Clove:フトモモ目フトモモ科フトモモ属チョウジノキ Syzygium aromaticum )『の香りを合わせたような香木という意味で名付けられた』。『また、沈丁は沈香から転訛したものという説もある』。『学名の』『属名 Daphne(ダフネ)はギリシア神話の女神ダフネ』(当該ウィキを見られたい)『にちな』み、『種小名の odora(オドラ)は「芳香がある」を意味する』。『常緑広葉樹の低木』で、『樹皮は褐色で滑らか』にして、『葉は互生し』、『濃緑色をしたツヤのある革質で、長さ』六『センチメートル』、『幅』二センチメートルの『倒披針形で』、『ゲッケイジュ』(クスノキ目クスノキ科ゲッケイジュ属ゲッケイジュ Laurus nobilis )『の葉に似ているが、ゲッケイジュよりも軟弱』である。『雌雄異株であるが、日本にある木は雄株が多く、雌株は』殆んど『見られない』。『花期は』二~四月で、『枝先から濃紅色の花蕾が、集まって出てくる』。『花は花弁がない花を』二十~三十『個、枝の先に手毬状に固まってつく』。『花弁のように見えるものは』四『枚の萼片で』、『外側が淡紅色、内側が白色で、中にはすべて白色のものもある』。『雄蕊は黄色、花から強い芳香を放つ。花を囲むように葉が放射状につく』。『果期は』六『月』で、『赤く丸い果実をつけるが、実を噛むと辛く』、『有毒である。日本には雌株が少ないため、あまり結実しないが、ごく稀に実を結ぶこともある』。『冬芽は前年枝の先につき、そのほとんどが花芽で、多数の総苞に包まれている』。『側芽は枝に互生し、かなり小さく、葉が落ちると見えるようになる』。『葉痕は半円形で、維管束痕が』一『個ある』。『関東地方以南では、庭木や公園樹として親しまれており、墓に植えられることも多い』。但し、『移植は好まず』、『耐寒性には乏しい性質がある』。『日本にあるものは』殆んどが『雄株のため、挿し木で増やす』。『花の煎じ汁は、歯痛・口内炎などの民間薬として使われる』。『全体にメゼレインなどの有毒成分を含み、特に果実や樹皮の毒が強い。誤食した場合には口唇や舌の腫れ・のどの渇き・嚥下困難・悪心・嘔吐・血の混じった下痢を伴う内出血・衰弱・昏睡などの症状が出て、死に至る可能性もある。また、汁液に触れた場合には皮膚に炎症などが生じる恐れがある』とある。以下、「品種」として主な三種が挙げられてある。
「五雜組」既出既注。
『「本草」、「芳草類」に、之れ、有り。今、改≪めて≫此《ここ》に移す』この良安のオリジナルな変更の意図は、前の「山礬」の私の傍注を参照されたい。「本草綱目」の「卷十四」の「草之三芳草類」(「漢籍リポジトリ」)の独立項「山礬」。ガイド・ナンバー[041-70b]以下である。短いので、手を加えて転写しておく。
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瑞香【「綱目」。】
集解【時珍曰、南土處處山中有之。枝幹婆娑柔條、厚葉四時不凋。冬春之交開花成簇。長三四分、如丁香狀。有黄白紫三色。「格古論」云、瑞香髙者三四尺。有數種、有枇杷葉者、楊梅葉者、柯葉者、毬子者、攣枝者。惟攣枝者、花紫香烈。枇杷葉者、結子。其始出于廬山、宋時人家栽之始著名。攣枝者、其節、攣曲、如斷折之狀也。其根綿軟而香。】
根。氣味、甘鹹、無毒。主治急喉風、用白花者、研水灌之。時珍曰、出「醫學集成」。
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「婆娑《ばさ》たり」原義は「舞う人の衣服の袖が、しどけなく、美しく翻るさま。」で、他に「影などが乱れ動くさま」「樹竹の葉などに雨や風があたってガサガサと音がするさま」を言う。ハイブリッドにとってよかろう。
「丁香《ちやうかう》」バラ亜綱フトモモ目フトモモ科フトモモ属チョウジノキ Syzygium aromaticum 。先行する「丁子」を参照。
「楊梅《やまもも》」ブナ目ヤマモモ科ヤマモモ属ヤマモモ Morella rubra 。複数回、既出既注。
「柯《しひ》」中国では、ブナ目ブナ科シイ属 Castanopsis の樹木、本邦ならば、ツブラジイ( C. cuspidata )・スダジイ( C. sieboldii )、及び、近縁のブナ科マテバシイ属マテバシイ Lithocarpus edulis 等も、「しい」と呼ぶ。私の好物。
『「五雜組」に云はく、『相ひ傳ふ、「廬山の一比丘、山石の下に晝寢(ひるね)して、異香を開く。覺(さ)めて、之れを尋ねて、此の花を得たる故、「𪾶香」と名づく。後《のち》、好事(こんず[やぶちゃん注:ママ。])の者、以つて、祥瑞《しやうずい》と爲《な》し、改めて、「瑞香」と爲す」≪と≫。』』「中國哲學書電子化計劃」ここから、電子化されたものをそのままで転写する(最近、このサイトの影印本画像が見られなくなってしまった)。
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瑞香原名睡香相傅廬山一比丘信畫寢山石下夢寐之中但聞異香酷烈覺而尋之因得此花故名睡香後好事者苛其事以篇祥瑞迺改為瑞余謂山谷之中苛卉異花城市所不及知者何限而山中人亦不知賞之二吳最重玉蘭金陵天界寺及虎丘有之每開時以篇青睹而支提太妹道中彌口滯谷一望林際酷烈之氣衡入頭眩又延平山中古桂夾道上參雲漢花墮狼藉地上入土數尺固知荊山之人以玉抵鵲良木誣也
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「古今醫統」既出既注だが、再掲すると、明の医家徐春甫(一五二〇年~一五九六)によって編纂された一種の以下百科事典。全百巻。「東邦大学」の「額田記念東邦大学資料室」公式サイト内のこちらによれば、『歴代の医聖の事跡の紹介からはじまり、漢方、鍼灸、易学、気学、薬物療法などを解説。巻末に疾病の予防や日常の養生法を述べている。分類された病名のもとに、病理、治療法、薬物処方という構成になっている』。『対象は、内科、外科、小児科、産婦人科、精神医学、眼科、耳鼻咽喉科、口腔・歯科など広範囲にわたる』とある。
「山礬」前項の「山礬」を参照されたい。
「攅-簇(こゞな)り」孰れの漢字も「群がり集まる」の意。
「沉香《ぢんかう》」先行する「沈香」を参照されたい。
「濕(しつ)、濃(こ)く」「香りが濃厚に過ぎて、しつこく」の意。]
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