柴田宵曲「古句を觀る」正規表現版電子化注 / 「秋」(18)
鬼灯や艸の間にふと赤し 非 群
散文に書き直せば、鬼燈が草の間にふと赤く見えた、といふ意味である。草むらの中に赤く色づいてゐた鬼灯がふと目に入つた。今までは靑い爲に目につかなかつたのだ、と解釋しなくてもいゝ。何かに隱れてゐた鬼灯が、ひよつと目に入つたのだ、といふ風に說明する必要も無いかも知れぬ。草の間にたまたま赤い鬼灯を見た、といふ瞬間の印象を「ふと赤し」の一語に纏めたのである。「ふと」の一語がこの句の山であることは云ふまでもない。
あはれさや日の照山にしかのこゑ 万 乎
鹿の聲といふものは、とかく夜の連想を伴ひ易い。それは山野に棲息する彼等の行動が、どうしても夜間を便宜とするからであらう。奧山に紅葉蹈み分け鳴く鹿の聲なるものは、現在の吾々には緣の遠いものであるが、たゞ鹿の聲を詠じた句を見ると、自然夜の趣が心に浮んで來る。
この句は白日の下の鹿の聲を捉へた。前山に秋の日がかんかん當つてゐて、そこから鹿の聲が聞えて來るとすれば、最もわかりいゝわけだけれども、必ずしもさう限定する必要は無い。作者自身も山中に在つて、明るい秋の日の下を步きつゝある。さういふ場合にどこかで鹿の鳴く聲を聞いた、と解してもよさゝうである。
夜鳴く鹿のあはれさは古來幾多の人がこれを捉へてゐる。万乎は日の照る山に鳴く鹿を聞き、そこに別箇のあはれさを認めたのである。
だき起す雨の薄のみだれかな 苔 蘇
庭中の薄であらうかと思ふ。降り續く雨に穗先が亂れて俯伏すやうになつてゐる。重いその一叢[やぶちゃん注:「ひとむら」。]を抱き起すといふだけのことである。
「だき起す」といふ言葉は人に對するもののやうであるが、この場合少しも厭味を伴はず、却つて薄に對する或親しみが現れてゐる。のみならず「だき起す」といふ動作によつて、その一叢の薄の樣子から、雨を帶びた重みまでが身に感ぜられる。薄の句としては特色あるものたるを失はぬ。
露ぬれて鳴子なるこの繩や一たぐり 陽 和
朝早く鳴子の繩を引くと、夜の間に置いた露のためにしとゞに濡れてゐる。さういふ鳴子を一手繰り引いた、といふだけのことである。
鳴子といふ題を頭に置いて考へると、秋天の下に展ける田圃、パツと飛立つ雀、遠くの道を行く人、森の向うに立つ煙、その他いろいろな光景が連想される。併しかういふ趣は決して思ひつかない。それは吾々がさういふ生活の中にゐないからでもあるが、古來の作家もこんな世界はあまり窺つて居らぬやうな氣がする。
この句の眼目は「露ぬれて」の一語にある。これあ在るによつて現在鳴子の繩を手にする場合の實感が、直に吾々にも傳はつて來るのである。
朝顏や箒立たる枳殼垣 釣 壺
この「立たる」といふ言葉は、立てかけるといふ意味であらう。朝の庭を掃いた箒を、そのまま無造作に立てかけて置くといふのである。朝顏はその庭に咲いてゐるので、枳殼垣[やぶちゃん注:「きこくがき」。「枳殼」は「からたち」とも読めるが、少なくとも、句は音数から、これである。]にからんでゐるとまで限定する必要は無さゝうに思ふ。
花が朝顏である爲に、時間は自ら明瞭になるが、今その邊を掃いた箒でなしに、昨日あたり使つた箒がそのまゝ枳殼垣に立てかけてあるものとしても差支無い。俳句のやうな短詩形に在つては、さういふ時間の關係は現すことも困難であるし、又それほど拘泥すべき問題とも思はれぬ。
名月や肌は落著くひとへ衣 助 然
中秋名月は年によつて遲速がある。從つて晝のほてりのまださめやらぬやうな陽氣の年もあれば、更けて夜寒よさむの氣が身に沁みるやうな年もある。この句の場合は依然として夏のまゝの單衣[やぶちゃん注:「ひとへぎぬ」。]を著てゐるのだから、あまり遲い年ではないのである。併し夏のうち、乃至殘暑の頃と違つて、さすがに肌が汗ばんだりするやうなことは無い。單衣の肌ざはりもさつぱりと落著くやうになつてゐる。作者はそこを捉へたのである。
名月の光、その夜の風物といふやうなものよりも、季節の感じが主になつてゐる。月をのみ追駈ける者は、往々にしてその影を失する。月を離れたところにかういふ世界を見出すのは、俳人得意のところであらう。
西瓜喰ふ空や今宵の天の川 沙 明
新曆が歲時記を支配するやうになつてから、人事としての七夕は夏の部に移り、天文の天の川は秋に取殘される形になつた。「久方の天の川原をうちながめいつかと待ちし秋は來にけり」といふやうな感じは、古今を通じて變らぬに拘らず、古人は銀漢を仰ぐに當つて、特に牽牛織女の二星を連想し、今人は無數の星群として之を觀ずる。句に現れるところが異るのは、固より怪しむに足らぬ。
この句は勿論七夕の夜の天の川である。「今宵の」の一語は「月今宵」などの「今宵」と同じく、明に年に一夜の今宵であることを示してゐる。七夕の夜の緣側か何かに端居[やぶちゃん注:「はしゐ」。]して西瓜を食ふ。空には天の川が白々とかゝつてゐる。滴る如き夜空の下に食ふ西瓜の雫は、晝間食ふより遙に爽であるに相違無い。
年に一度の七夕の夜を描きながら、寧ろ離れた趣を持出してゐる。「今宵の」といふことが、この場合離れたものを繫ぐ役に立つてゐるやうな氣もする。
[やぶちゃん注:「久方の天の川原をうちながめいつかと待ちし秋は來にけり」源実朝の「金槐和歌集」の「卷之上 秋部」の一首(一九三番)。所持する斎藤茂吉校訂の岩波文庫一九六三年刊改版では、
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久かたの天の河原をうちながめいつかと待(まち)し秋も來にけり
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である。]
露深し今一重つゝむ握り飯 蘆 文
「旅行」といふ前書がある。朝立に臨んで握飯を腰に著けるのであらう。しとゞに置いた露の中を分けて行くのに、濡れ透ることを恐れて、常よりも今一重餘計に裹むといふ意味らしい。
露の深さ、草の深さに行きなづむといふやうなことは、句中に屢〻見る趣であるが、たゞ裾をかゝげたり、衣袂[やぶちゃん注:「たもと」。]を濡したりする普通の敍寫と違つて、握飯を今一重裹むといふのは、如何にも實感に富んでゐる。昔の旅行の一斷面は、この握飯によつて十分に想像することが出來る。
又さけるいばら薔薇も後の月 荊 口
返り花といふ季題は冬の部になつてゐる。小春の溫暖な氣候に時ならぬ花を咲かせることを指すのであるが、實際の返り花は小春を俟つてはじめて咲くとは限らない。植物によると夏の末から秋へかけて、二度の花をつけるのがある。薔薇の中には三度咲などといふのがあるから、荊口の句は返り花としないでも解釋することは出來るが、やはり返り花と見た方がいゝかと思ふ。
秋もやゝ深くなつた十三夜の頃に、茨、薔薇の枝頭に又花の咲いてゐるのを發見した、その驚きに似たものを描いたのであらう。地上の花の漸く少からむとする時分になつて思ひがけず月下に匂ふ花を見たといふのは、ちよつと變つた趣である。茨、薔薇の返り花が珍しいだけではない、後の月の句としても慥に異彩を放つてゐる。
[やぶちゃん注:言わずもがなであるが、中七の「薔薇」は「しやうび」である。国立国会図書館デジタルコレクションの『日本俳書大系』第五(昭和三(一九二八)年春秋社刊)の「笛苅草」(元禄一六(一七〇三)年板(牧童名義だが、実際には支考の編))のここ(左ページ上段初行)でルビが確認出来る。]
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