「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 胡桐淚
ことうるい 胡桐鹼
胡桐律
胡桐淚
ウヽ トン レイ
本綱胡桐淚生西域肅州及凉州其木初生似柳大則似
桐蟲食其樹而汁出下流似眼淚又有入土石成塊如鹵
[やぶちゃん注:「鹵」は、底本では、「グリフウィキ」のこれに近い字体。]
鹸者形如小石片子黃土色爲上有夾爛木者
氣味【鍼苦大寒】 今治口齒家多用爲最要之藥能軟一切物
瘰癧非此不能除又可爲金銀銲藥
*
ことうるい 胡桐鹼《ことうけん》
胡桐律
胡桐淚
ウヽ トン レイ
「本綱」に曰はく、『胡桐淚は、西域の肅州、及び、凉州に生ず。其の木、初生、柳に似たり。大なる時は、則ち、桐に似る。蟲、其の樹を食して、汁、出でて、下流す。眼≪の≫淚《なみだ》に似たり。又、土石を入れ、塊《かたまり》を成し、鹵鹸(しけん)のごとくなる者、有り。形ち、小さき石の片子(へげ)のごとく、黃土色≪のもの≫、上と爲《な》す。爛《ただ》≪れたる≫木を夾(はさ)む者、有り。』≪と≫。
『氣味【鍼、苦。大寒。】 今、口齒《こうし》を治≪する≫家《か》、多く用ひて、最要の藥と爲《な》す、能く、一切の物を軟《やはら》げ、瘰癧《るいれき》、此れに非ざれば、除くこと、能はず。又、金銀≪の≫銲藥《はんだやく》と爲す。』≪と≫。
[やぶちゃん注: 「胡桐淚」は、中文サイトの複数の記載を合わせて比較したところ、
キントラノオ目ヤナギ科ヤマナラシ属コトカケヤナギPopulus euphratica (中文名は「胡楊」)の樹脂
を指すと確定出来た。ウィキの「コトカケヤナギ」(琴掛け柳)によれば、『「ポプラ」の一種で、中央アジアから中東や北アフリカまでの乾燥地帯でよく見られる。沙漠などの乾燥に強く、タマリスク』(ナデシコ目ギョリュウ(御柳)科ギョリュウ属ギョリュウ Tamarix chinensis )『と』ヤナバグミ(バラ目グミ科グミ属ヤナギバグミ Elaeagnus angustifolia 。異名「スナナツメ」)『と共に「沙漠の』三『英雄(植物)」とも呼ばれ、特に長寿で、秋にはきれいに紅葉する』。『学名と英文名称が「ユーフラテスのポプラ」で、旧約聖書の詩編』一三七の『「バビロンの川のそばで、』……『そこの柳に竪琴を掛けて、シオンを思い出した。」(英文欽定訳聖書からの直訳)と関係あるため、和名も「琴掛け柳(楊)」と名付けられた』。『中国語名称は「胡楊」で、隣国・中国新疆ウイグル自治区のタリム川に沿って多く生育しているので、そこへの旅行者も含めて日本でも胡楊と呼ぶ人が多い』。『中央アジアのトルクメニスタンではトゥランガと呼ばれている』。『また、中国のことわざにも「胡楊」が登場し、「胡楊生而千年不死、死而千年不倒、倒而千年不爛」(胡楊は生きて千年枯れず、枯れて千年倒れず、倒れて千年腐らず)と記されている』。『中規模の落葉樹で』、『樹高は最大』十五センチメートルほど、『幹まわりは約』二・五メートル『ほどになる。陽光を好む。 幹は曲線的に分枝し、外皮は成熟すると』、『オリーブ色で荒い木肌の樹皮となる。木材の断面では外側の色の薄い辺材は白に近く、内側の色の濃い心材は赤色を帯び、中心部の髄にかけて黒くなる』。(☞)『幹に多量の水分が蓄えられており、穴を開けると』、『水が吹き出す現象は「胡楊の泪」と呼ばれる』(☜)。『根はそれほど深く張らず』、『横に広がるように根付く。根萌芽によっても繁殖する』。『 葉の形状は多様で、披針形、卵円形、鋸歯をもつ菱卵形など、同じ個体でもさまざまな形になる。花は尾状花序を形成し、雄花のものは』二・五~五センチメートル、雌花のものは五~七センチメートル『ほどの大きさになる。果実は、卵型披針形のカプセル状の実の内側になめらかな毛で』、『小さな複数の種子が包まれている。他のヤナギやポプラ同様、白い綿毛を持った種子が風に舞う柳絮(りゅうじょ)と呼ばれる現象もみられる』。『アフリカ北部から、中東、中央アジア、中国西部にかけての広い地域に分布する。 国名ではスペイン、モロッコ、アフガニスタン、インド、カザフスタン、パキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンなどの国に見られる。 中国では本種の』九十『%が新疆ウイグル自治区に集中し、さらにその』九十『%はタリム盆地に集中しており、絶滅危惧種に指定され保護区となっている』。『乾燥した気候に強く、海抜』四千メートル『程度までの高度で、熱帯・亜熱帯乾燥気候の広葉樹混交林などのなかにも本種が見られる。砂漠気候やステップ気候下の氾濫原においてはヤナギ、ギョリュウ、クワの木などと本種の混合林が代表的な例である。塩分濃度の高い土壌でもよく育つため、季節的に氾濫する川辺、特に淡水と海水が混在する汽水域周辺の土地に本種の森林が自然に形成される。だが、これらの地域では貴重な薪の資源として伐採され続けた結果、今日ではその』殆んどが『失われている』。『森林農業で植樹され、葉は家畜の飼料となる。幹は建築用の木材や、また製紙の原材料にも成り得る。樹皮には駆虫薬(虫下し)の作用があると伝えられ、小枝を噛んで歯磨きにも用いられる』。『特に塩害を伴う砂漠地域の植林計画に本種が選ばれ、防風林と土壌浸食の対策に用いられている。一方、今日の中国では禁伐のため』、『枯死した枝を薪にする程度である』とあった。
「本草綱目」の引用は、「卷三十四」の「木之一」「香木類」の「胡桐淚」の独立項で(「漢籍リポジトリ」)、ガイド・ナンバー[083-69a]から始まる。上手くチョイスしてある。
「西域の肅州」現在の甘粛省酒泉市粛州区(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。
「凉州」「肅州」の南東の、現在の甘粛省武威市凉州区。
「柳」中国語では、ヤナギの中でも枝が垂れる種群を「柳」、枝が垂れない種群を「楊」と称している。名にし負うお馴染みのヤナギ科ヤナギ属シダレヤナギ Salix babylonica var. babylonica は中国原産である。
「桐」シソ目キリ科キリ属キリ Paulownia tomentosa 。
「鹵鹸(しけん)」東洋文庫訳では割注で、『(塩辛い土の塊り)』とある。
「片子(へげ)」欠片(かけら)。
「口齒《こうし》を治≪する≫家《か》」口腔科医・歯科医。東洋文庫には、ここ以下の一文に後注して、『土石の入った石涙は性が寒で熱を除く。またその味は鹹でよく骨に入り堅いものを軟らげる。それで齒牙痛・温熱による歯疼』(しとう:歯の疼(うず)き)『・齒牙痛の薬となる。(『本草綱目』胡桐涙)』とある。同項目の「發明」にある。「漢籍リポジトリ」のこちらの、ガイド・ナンバー[083-70a]以下を参照。
「瘰癧《るいれき》」東洋文庫訳では割注して、『(結核性の頸部リンパ腺のはれもの)』とある。
「銲藥《はんだやく》」「はんだ」は東洋文庫訳のルビを採った。「はんだ」は江戸時代初期からあった語である。当該ウィキを見られたい。]
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