「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷二 㐧五 人をころしかね取むくひをうくる事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。挿絵はない。]
㐧五 人をころし、かね取《とり》、むくひをうくる事
〇下總国(しもうさのくに)「ちば」といふ所に、賣買(ばいばい)しける者、有、他所《よそ》より、日〻《ひび》に、かねを取《とり》に來《きた》るもの、あり。[やぶちゃん注:「ちば」言わずもがな、現在の千葉市。]
亭主、内〻、
『かれをころし、かねを取《とる》べき。』
と、おもふ心、いでき、或時、かの男、かね三、四十兩、もちて、きたる。
ていしゆ、よろこび、いつならぬ奧へ、しやうじ、大きに、さけをしゐて、ゑひふさせ、ひそかに、しめころし、其夜に、「しがい」をかくし、
「おもひのまゝに、しすましたり。」
と、よろこび、いさみしが、ほどなく、のどけ[やぶちゃん注:「喉氣」。]を、わづらひ、くつう、ひつぱくする事、いふばかりなし。
醫者を、よび、れうぢ[やぶちゃん注:「療治」。]しけるが、ある時、いしやばかり、座敷に、只一人ゐけるが、いづくより來《きた》るともしらず、いろ、あをざめたるやせ男、一人、きたり、醫者にむかつて、申《まうす》やう、
「我は、これの亭主に、しめころされしものなるが、かたきをとらんため、のどをふさぐなり。むくひの病《やまひ》なれば、其いじゆつ、せんなき事にて、あるべし。只、いそぎ、かへり給へかし。」
と云《いふ》。
いしや、こたへていはく、
「それは、もつともなり。さやうにあらば、ともかくも、其方のことばに、したがふべし。さりながら、めいどの事は、いかに。」
と、尋ねければ、
「さればこそ、ぢごく、りんゑ[やぶちゃん注:ママ。「輪𢌞(りんね)」。]のさた、すこしも、いつはり、なし。」
と云。
醫者、また、問《とひ》て、いはく、
「我等、かやうに、ひんなるは、いかなるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]にや。」
といふ。
㚑(れい)、こたへていはく、
「其方、前世(ぜんせ)にて、とんよく、ふかくして、人の物を、かすめ取、くれべき事[やぶちゃん注:相手に与えるべき場合も。]にも、『我物。』とて、人に遣《つかは》し[やぶちゃん注:対処し。]、一りう[やぶちゃん注:「一兩(いちりやう)」の誤刻であろう。]にても、ほどこすといふ事なくて、たゞ、けんどん[やぶちゃん注:「慳貪」。]の業力《がふりき》にひかるゝゆへ[やぶちゃん注:ママ。]なり。」
と、かたりて、きへ[やぶちゃん注:ママ。]うせぬ。
されば、人を、がいして、をのれ[やぶちゃん注:ママ。]が、ためにせんと、おもふといへども、ふと[やぶちゃん注:第一参考底本では『布面』とするが、第二参考底本を見るに、字面(じづら)は「布図」と判読できることから、かく読んだ。]、其身のそこなひと成《なる》ときは、我身を、おもはざる也。いにしへより、今にいたるまで、人のたからを我物にせんと思ふやから、其身の害とならぬは、なし。よくよく、おもひしりて、おそるべし、おそるべし。
[やぶちゃん注:この一話、標題と内容が、なにやらん、医者の方に、ズレてしまっている。]
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