「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷一 㐧八 女の口ゆへ夫死罪に行るゝ事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。標題の「ゆへ」はママ。「故」で「ゆゑ」でなくては、おかしい。本篇には挿絵はない。]
㐧八 女の口ゆへ、夫(をつと)、死罪に行《おこなは》るゝ事
○關東がたに、さるもの、夫婦(ふうふ)あり。
飢(うへ[やぶちゃん注:ママ。])に及び、せんかたなく、國境(くにざかひ)へ出《いで》て、「きりはぎ」して、金銀・衣𫌏(いしやう)を、たくさんに取《とり》て、らくらくと、渡世を、をくる[やぶちゃん注:ママ。]。
[やぶちゃん注:「きりはぎ」「切剝」。人を斬りつけて、衣服を剥ぎ取ったり、財物などを奪い取ったりすること。 「強盗」に同じ。]
ある時、ふうふ、口論し出《いだ》し、互(たがひ)に、うつつ、うたれ、𢙣口(あつこう)のあまりに、女房、申《まふす》やう、
「をのれ[やぶちゃん注:ママ。]は、にくきやつかな。我を、かやうに、ちやうちやくする事、たびたび也。今なりとも、かのことを、いはゞ、たちまち、はりつけに、せん。」[やぶちゃん注:「うつつ、うたれ」これは、思うに、「打つつ、打たれつ」の錯字ではなかろうかと私は疑っている。「はりつけに、せん」は「磔にされん」とあるべきところではあるが、売り言葉に買い言葉で、罵倒し合う状態としては、私には違和感はない。]
と、のゝしるを、折ふし、目付衆(めつけしゆ)、通り合《あひ》、此一言をきゝて、内へ入《いり》、
「なんぢ、只今、かの事といひしことは、いか成《なる》事やらん。まつすぐに申べし。もし僞(いつは)りなば、『がうもん』せん。いかに、いかに。」
とせめ付《つけ》て、とふ。
[やぶちゃん注:「目付衆」この「目付」は、正規の狭義の職名ではなく、恐らく、関八州の治安を担当した「火付盗賊改方」の末端で、犯罪監察のために実動して市街・村落等を見回っていた与力・同心であろうと思われる。「がうもん」言わずもがなだが、「拷問」。]
此女、何とも返荅(へんたう)に、つまり、さしうつむいて、ゐける。
しかれども、
「申さねば、ならず。」
して、終(つひ)に、ありのまゝに、申上《まふしあげ》る。
「扨は。くせものは、きやつなり。」
とて、やがて、夫婦ともに、死罪に行《おこなは》れけり。
報《むくい》とは申ながら、女の一言《ひとこと》にて、あまさへ、我身ともに、うしなはれし事、前代未聞の手本に、女は、きゝをき、かりにも、むさと、したる口を、きくまじき事也。縱(たとへ[やぶちゃん注:ママ。])、何ほど、はらの立(たつ)事ありとも、ふかく、つゝむべき事は、いはざるが、よし。されば、三寸の舌をもつて、五尺の身を、はたす、と云《いふ》事、ある時は、何事も、よくよく、つゝしむべし。
[やぶちゃん注:「きゝをき」「聞(或いは「聽」)き招(を)き」であろう。「聞(聴)かれるのを招き寄せ」(てしまう)の意と思われる。
「むさと」「むざと」と濁点を附してもよい。副詞で、「軽率にことをするさま・うっかりと」の意。
「つゝむ」「包む」。内に隠す。
「はたす」「果たす」。死に果てる。]
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