「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷一 㐧十三 女房下女をころす事幷大鳥來りてつかみころす事 / 卷一~了
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。本篇を以って「卷一」は終っている。]
㐧十三 女房、下女をころす事幷《ならびに》大鳥(だいてう)來りて、つかみころす事
○同年の比、江州、北の郡(こほり)に、さるもの、有(あり)。
[やぶちゃん注:「江州、北の郡」最後に注意書きするように、単に近江の国の北にあった某「郡」とぼかしてあるのである。]
田畠(たはた)・山、おほく、もち、下人、あまたあり、何《いづ》れも、かれを、うら山《やま》ざらんもの、なし。
或時、京より、妻(つま)、むかへけるが、下女を、一人、つれ來《きた》る。
ことに、此女房、すぐれて「ねたみ」ふかき、邪見のもの也。
夫(をつと)、かの下女に、つねに、情(なさけ)らしくありけるを、女房、大きに、下女を、にくみ むちうち、なやましけり。
としへて、かの下女、はらみけるけしき、見へ[やぶちゃん注:ママ。]ければ、
「さればこそ。かく、おもひつれ。」
とて、かの下女を、はだかになして、地に、あをのけ、はらみたる「はら」を、下人どもに、いひ付《つけ》て、ひた物[やぶちゃん注:副詞。「無暗に」。]、ふませける。
下人どもも、いたはしく思ひながら、主人の仰《おほせ》なれば、是非なくして、ふむほどに、四、五日ありて、終(つゐ[やぶちゃん注:ママ。])に、ふみころせり。
其後《そののち》、一年ほどありて、女房、「くわいにん」しけるが、何となく、なやみて、次第に、おもく成《なり》ぬ。
其折から、かの女の㚑《れい》、來りて、おもかげに立《たち》て[やぶちゃん注:目の前に姿が浮んで。]、なきさけび、近付(ちかづき)よつて、手をもつて、女房の「はら」を、つく、と、おぼゆるに、其まゝ、「はら」、しきりに、いたくなりて、やがて、「さん」を、しける。
「石がめ」のやう成《なる》物を、五つ、うめり。
[やぶちゃん注:「石がめ」日本固有種の、爬虫綱カメ目イシガメ科イシガメ属ニホンイシガメ Mauremys japonica 。挿絵の左下方に、五匹、描かれてある。ヴィジュアルに、私の『毛利梅園「梅園介譜」 龜鼈類 龜(亀の総説と一個体) / ニホンイシガメ』をリンクさせておく。]
[やぶちゃん注:本篇には挿絵がある。第一参考底本はここ、第二参考底本はここである。後者は、またまた落書があるが、出生した異形の五体のカメ型胎児(というより、そのまんま)が描かれ、細部もよく見える。]
そばにありける人〻、大きに、おどろき、さはぎ、
「こは、いかに。」
と、ひしめく所へ、何くともなく、大鳥、七ツ、八つ、「さん」[やぶちゃん注:「棧」。]のあたりへ來り、「は」[やぶちゃん注:「羽」。]を、たゝき、とびまはる。
人〻、おどろき、
「わつ。」
と、いひて、にげさりけり。
時に此鳥、女ばうを、ひつつかみ、「こくう」に、あがり、はるかのそらより、おとしけるに、みぢんになつて、うせにけり。
されば、「しつと」の邪見、世に品〻(しなじな)ありといへども、かゝる「あくぎやく」[やぶちゃん注:「惡虐・惡逆」。]は、又、ためしなき事也。
めづらしき事なれば、又、報《むくい》も、かくのごとし。
此はなしは、今、世に、すむ人の身うへなれば、名所(などころ)を、わざと、しるさず。
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