平仮名本「因果物語」(抄) 因果物語卷之四〔三〕盗をせし下女鬼につかみころされし事
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を見られたい。この回の底本はここから。標題の読みの「をに」はママ。]
因果物語卷之四〔三〕盗(ぬすみ)をせし下女、鬼(をに)につかみころされし事
おなじきころ、東(ひがし)六条の、永井(ながい[やぶちゃん注:ママ。])五兵衞と云《いふ》もの、召しつかひける下女、その心ね、きはめて、「ふとくしん」なり。
[やぶちゃん注:「おなじきころ」底本で、前の話の最後を見ると、「寛永十三年の事也」とあるのが判る。一六三六年。
「東(ひがし)六条」この附近(グーグル・マップ・データ)。東本願寺・西本願寺の北直近。
「ふとくしん」「不得心」。思慮がなく、無茶なこと。無作法なこと。]
年(とし)は、四十にもあまりぬらんと、見えながら、つゐに[やぶちゃん注:ママ。]念佛の一返をも、申《まうし》たる事、なし。
あまつさへ、手くせ、わろく、ぬすみごゝろ、あり。
物を買(かふ)とては、錢《ぜに》を、へぎとり、あるひは[やぶちゃん注:ママ。]、その家にありながら、朝夕の「めし米(ごめ)」・「たきゞ」までも、ぬすみて、賣(うり)しろ、なして、錢に、なし、をのれ[やぶちゃん注:ママ。]が用の事に、つかひけり。
[やぶちゃん注:「へぎとり」「耗(へ)ぎ盜(と)り」。当該の金の一部を掠め取り。]
九月のすゑかたに、夜《よ》ふくるまで、客(きやく)のありければ、夜食(やしよく)を、こしらへさする。
此《この》下女、すなはち、米を、桶(をけ)に入《いれ》、うらの、井《ゐ》のもとの、「はた」[やぶちゃん注:「端」。「井戶端」。]に出《いで》て、水を、くみて、あらはんとせしが、俄《にはか》に、
「あら、おそろし、あら、かなしや、」
とて、うちたをれ[やぶちゃん注:ママ。]たり。
[やぶちゃん注:底本の挿絵はここで視認出来る。挿絵の右上部にはロケーションの『京ひかし六条地内』というキャプションが囲みで記されてある。]
人々、おどろき、たすけおこし、くすりを、のませければ、やうやう、よみがへりぬ。
さて、
「いかなる事の有《あり》しぞ。」
と、いふに、下女、こたへて、いはく、
「井のもとの『はた』に、立《たち》りよけるところに、何とは、しらず、長(たけ)一丈もあるらんと、みえし入道、來《きた》り、わが『かうべ』を、つかむと、おぼえて、其後《そのあと》は、しらず。今も、『かうべ』は、うづき、いたむなり。」
と、いふ。
髮(かみ)の中を見れば、大いなる「つめ」がた、三つ、あり。
底(そこ)ふかく、入《いり》たる躰《てい》也。
血も、いでずして、ただ、
「うづき侍る。」
とて、かなしみけるが、
「三日めに、死にけり。」と、見庵(けんあん)、かたられし。
[やぶちゃん注:「見庵」作者正三の情報屋であろう。医師かも知れない。]
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