「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 皂莢
[やぶちゃん注:上部に、幹から生えた枝が変化した鋭い棘の挿入画像があり、キャプションが「皂⻆子」とあり、下方には、右から左に同じように挿入画像があり、順に恐らくは未熟の莢果(豆果)が描かれてあり、「懸刀」と右上にキャプションがある。その左には「猪牙」とキャプションして、「懸刀」より小さな莢が描かれてあるが、これは想像するに、熟した莢果(豆果)の捩じ曲がる前のそれと思われる。而して、その左にキャプション「皂⻆」(「⻆」は角の異体字)があり、その左にあるのは、その莢の中から採った種子(豆)が描かれてある。主幹の木肌にしっかり刺枝が描かれてもいる。]
さいかし 皂𧢲 鳥犀
雞栖子 懸刀
皂莢 【俗云左以加之
皂⻆子之訛成】
さうけう
ツア゚ウキツ
[やぶちゃん字注:「𧢲」は「肉」ではなく、やはり「角」の異体字である。「さうけう」はママ。正しい歴史的仮名遣は「さうけふ」。]
本綱皂莢樹其葉如槐葉瘦長而尖枝間多刺夏開細黃
花結實有三種【一種】小如猪牙【一種】長而肥厚多脂而粘
【一種】長而瘦薄枯燥不粘以多脂者爲佳其樹多刺難上
采時以篾篐其樹一夜自落亦一異也有不結實者樹鑿
一孔入生䥫三五斤泥封之卽結莢人以䥫砧槌皂莢卽
自損䥫碾碾之久則成孔䥫鍋㸑之多爆片落豈皂莢與
䥫有感召之情邪其實見有蟲孔而未有蟲形伹狀如草
葉上青蟲微黒難見爾
皂莢【辛鹹温有小毒】 入手太陰陽明經兼入足厥陰治風木之
病吹之導之則通上下諸竅服之則治風濕痰喘腫滿
殺蟲塗之則散腫消毒搜風治瘡【惡麥門冬畏人參苦參】
鬼魘不寤【皂莢末刀圭吹之能起死】 自縊將死【皂莢末吹鼻中】水溺卒
死一宿者尙可活【紙褁皂莢末納下部卽須臾出水卽活】
皂⻆子【辛温】 通風熱大腸虛秘治瘰癧及瘡癬【圓堅硬不蛀者可用
以瓶煮熟剥去硬皮一重取向裏白肉兩片去黃以銅刀切晒其黃則消人腎氣也】
皂⻆刺【辛温】 一名天丁能引至癰疽潰處甚驗葢治風殺
蟲功與皂莢同伹其銳利直逹病所爲異耳
△按皂莢江州攝州之産良信州者次之皂⻆子之子與
刺同音故藥肆呼刺稱吏
*
さいかし 皂𧢲《さいかく》 烏犀《うさい》
雞栖子《けいせいし》 懸刀《けんたう》
皂莢 【俗、云ふ、「左以加之」。
「皂⻆子」の訛《なまり》なり。】
さうけう
ツア゚ウキツ
[やぶちゃん字注:「𧢲」は「肉」ではなく、やはり「角」の異体字である。「さうけう」はママ。正しい歴史的仮名遣は「さうけふ」。 ]
「本綱」に曰はく、『皂莢樹《さうけふじゆ》は、其の葉、槐《えんじゆ》のごとし。瘦≪せて≫長く尖《とが》り、枝の間《あひだ》に、刺《とげ》、多く、夏、細かな黃花《わうくわ》を開く。實《み》を結ぶこと、三種、有り。【一種は、】小さくして、猪《ゐのしし》の牙《きば》のごとく、【一種は、】長くして、肥厚《ひかう》≪し≫、脂《あぶら》、多くして、粘(ねば)る。【一種は、】長くして、瘦≪せて≫、薄く、枯燥《こさう》≪して≫、粘らず。脂、多き者を以つて、佳なりと爲《な》す。其の樹、刺、多くして、上《のぼ》り難し。采る時、篾(たけのわ)を以つて、其の樹に篐(わい)れ[やぶちゃん注:この漢字は、音「コ・ク」で、訓で「たが」(=「箍」)であって、「たが」は「緩んだり、外れたりしないよう、固定するための輪状のもの。割った竹を縄状・帯状に編み、輪状にしたものや、帯状の金属を輪状にしたものがあり、木の板などを組んで作る樽・桶などの外側に嵌めて固定するなどに使う」ところの「たが」である。動詞では、「しっかりと束ねる・しっかりと纏める」の意であるから、この読みは、竹の「輪」を木に『たわめて廻しかける』ことを言い、それを「入れ」と言っているものと判断した。判読がおかしいと思われる御仁は、国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版の活字本の当該部(右ページ後ろから二行目上部)を見られたい。確かに『ワイレ』と訓点が振られてあるのである。東洋文庫訳も、ここは、『篾(たけのわ)を樹にまわしておくと、』と訳してあるのである。]、一夜にして、≪刺、≫自《おのづから》落つ。亦、一異なり。實を結ばざる者、有≪れども≫、樹に、一≪つの≫孔《あな》を鑿(ゑ)りて、生䥫《なまがね》[やぶちゃん注:充分には鍛錬されていない鉄。]、三、五斤[やぶちゃん注:明代の「一斤」は五百九十六・八二グラムであるから、一・七九〇~二・九八四キログラム。かなりの量だ。]、之れを、泥にて封ずる時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、卽ち、莢を結ぶ。人、䥫《てつ》の砧(あて)[やぶちゃん注:「砧(きぬた)」。]を以つて、皂莢を槌(う)つ≪と≫、卽ち、≪砧の方、≫自《おのづから》損ず。䥫碾《てつうす》にて、之を、碾《てんす》ること、久≪しければ≫、則ち、≪碾の底に≫、孔《あな》、成《なる》。䥫鍋《てつなべ》にて、之れを、㸑《たく》時≪は≫、多≪く≫、爆《ばく》し、片落《へんらく》す[やぶちゃん注:鉄鍋が、爆裂し、バラバラになって、崩れ落ちる。]。豈に、皂莢と䥫と、「感召《かんしやう》の情(じやう)」、有るや[やぶちゃん注:「邪」は「耶」と同じく、疑問詞の用法がある。]。其の實、蟲孔《むしのあな》、有るを見れども、未だ、蟲≪の≫形、有らず。伹し、狀《かたち》、草の葉の上の青蟲のごとく、微《やや》黒にして、見へ[やぶちゃん注:ママ。]難きのみ。』≪と≫。
皂莢【辛鹹、温。小毒、有り。】 手の太陰陽明經に入り、兼《かね》て、足の厥陰に入りて、「風木《ふうぼく》」の病《やまひ》を治す[やぶちゃん注:「五行思想では「風」は「木」に属す。「風」は疾患としては、「風邪・中風(ちゅうぶう)・瘧(おこり:マラリア)・ハンセン病」を指す。]。之れを吹きて、之れを導(みちび)く時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。以上は、「粉末にした皂莢を、匙に盛って、患者の口から体内に吹き入れて、それを疾患部位に到達させれば、」の意。]、則ち、上下の諸竅《しよけつ》を通ず。之れを服せば、則ち、風濕《ふうしつ》の痰喘《たんぜん》・腫滿《しゆまん》を治し、蟲を殺す。之れを塗れば、則ち、腫を散じ、毒を消す。風《ふう》を搜《さが》し≪捕え≫、瘡《かさ》を治す【「麥門冬《ばくもんたう》」を惡《い》み、「人參」・「苦參《くじん》」を畏る。】。」≪と≫。
『鬼魘《きえん》≪の爲めに≫寤《さめ》ざる≪もの≫【皂莢の末《まつ》、刀圭《たうけい》[やぶちゃん注:薬を盛るための匙(さじ)。]≪に盛りて≫、之れを吹く。能《よ》く、死≪より≫、起≪こす≫。】』≪と≫。『自縊(くびくゝり)て、將に死《し》せん≪とするもの≫【皂莢の末、鼻の中へ吹く。】』≪と≫。『水に溺(おぼ)れ、卒死して、一宿《ひとよ》する者、尙を[やぶちゃん注:ママ。]、活《い》《かす》べし【紙に、皂莢の末を褁《つつ》み、《遺體の》下部に納むる時、卽ち、須《すべか》らく、臾《しばらく》≪ありて≫、水、出でて、卽ち、活《いきかへら》す。】』≪と≫。
『皂⻆子《さうけふし》【辛、温。】』『風熱・大腸の虛秘を≪治して≫通じ≪させ≫、瘰癧《るいれき》[やぶちゃん注:結核菌感染による頸部リンパ節の慢性的な腫れのこと。]、及び、瘡《かさ》・癬《くさ》[やぶちゃん注:湿疹。]を治す【圓く、堅硬≪にして≫、蛀《むしくは》ざる者、用ふべし。瓶を以つて、煮熟し、硬皮≪の≫一重《ひとへ》を剥ぎ去り、裏を向け、白肉≪の≫兩片を取り、黃《わう》を去り、銅≪の≫刀を以つて、切り、晒《さら》す。其の黃、則ち、人の腎氣を消すなり。】。』≪と≫。
『皂⻆刺《さうけふし》【辛、温。】 一名、「天丁」。能く、引《ひき》て[やぶちゃん注:漢方で、薬が患部によく到達することを言う。]、癰疽(ようそ)の潰(つぶ)れる處に至りて、甚だ、驗《げん》、あり。葢《けだ》し、風《ふう》を治し、蟲を殺す≪の≫功、皂莢と同じ。伹し、其の、銳利≪にして≫、直《ただち》に病所に逹するを、異と爲《な》すのみ。』≪と≫。
△按ずるに、皂莢、江州・攝州の産、良し。信州の者、之れに次ぐ。「皂⻆子」の、「子」と「刺」と、同音故《ゆゑ》に、藥肆《くすりみせ》に「刺」を呼んで、「吏《り》」と稱す。
[やぶちゃん注:「皂莢」は、日中で、種レベルで異なる。中国のそれは、
双子葉植物綱マメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ属トウサイカチ(唐皂莢)Gleditsia sinensis
であるが(旧体系分類ではマメ目 Fabalesではなく、ネムノキ科 Mimosaceaeである)、中文名は「唐皂莢」ではなく、正しき「皂莢」であり、しかも、中国原産である(「アジア原産」とするネット記載もある)。「維基百科」の当該種「皂莢」を見られたい(そこでは『中國特有植物』で、これは中国固有種であることを示す)。本文の全体に亙って、如何なる項目でも、薬剤効果を語っていないものはなく、しかもそれとは別に、「藥材鑑定」の項があり、しかも、「棘刺」・「不育果實」(本篇中の「猪牙」のこと)・「果實」に分けて、様態と効能をコンパクトに判り易く纏めていて、素晴らしい。一方、本邦の種は、
サイカチ属サイカチ Gleditsia japonica
である。中文名は「山皂莢」である。但し、以下にあるように、中国にも自生する。当該ウィキを引く(注記号はカットした)。『別名はカワラフジノキ』(「河原藤木」)。『漢字では皁莢、梍と表記するが、本来』、『「皁莢」はシナサイカチを指す。幹に特徴的な棘がある』。『樹齢数百年というような巨木もあり、群馬県吾妻郡中之条町の「市城のサイカチ」や、山梨県北杜市(旧長坂町)の「鳥久保のサイカチ」』(ここ。グーグル・マップ・データ。但し、ここのサイカチは現在まで雄花だけが咲き、豆果はつかない。樹齢は案内板では四百十年だが、環境庁「日本の巨樹・巨木林 甲信越・北陸版」によれば、二百年から二百九十九年とする。前者なら、安土桃山から江戸初期に当たり、後者なら、江戸中期となる)『のように県の天然記念物に指定されている木もある』。『和名サイカチは、生薬のひとつである皁角子(さいかくし)に由来し、「皁」は黒、「角」は莢を表わしている。中国名は、山皁莢である』。『日本では中部地方以西の本州、四国、九州に分布するほか、朝鮮半島、中国に分布する』(本種の「維基百科」の「山皂莢」には、『分布は日本・朝鮮、及び中国大陸の江西・安徽・河北・浙江・遼寧・江蘇・河南・湖南。山東等の地』とあるから、時珍の記載には本種も含まれると考えてよい。それが、恐らく「三種」と彼が言う中に含まれている)。『山野や川原に自生する。実や幹を利用するため、栽培されることも多い』。『落葉高木で、幹はまっすぐに延び、樹高は』十二~二十『メートル』『ほどになる。樹皮は暗灰褐色で皮目が多く、古くなると』、『縦に浅く裂ける。幹や枝には、枝が変化した大きくて枝分かれした鋭い棘が多数ある。葉は互生または対生する。短い枝では』一『回の偶数羽状複葉、長枝では』一、二『回の偶数羽状複葉で、長さ』二十~三十『センチメートル 』。『小葉は、長さ』一・五~四センチメートル『ほどの長楕円形で』八~十二『対』、『もつ』。『花期は初夏』の五~六月頃で、『若葉の間から伸びた長さ』十~二十センチメートル『ほどの総状花序を出して、淡黄緑色の小花を多数つける。花は雄花、雌花、両性花を同じ株につけ、花弁は』四『枚で楕円形をしている』。『果期は秋』の十~十一月頃で、『長さ』二十~三十センチメートルで『ねじ曲がった灰色の豆果をぶら下げてつける。鞘の中には数個の種子ができる。種子は大きさは』一センチメートル『ほどの丸い偏平形。冬になると熟した黒い果実(莢)が落ちる』。『冬芽は互生し、半球状や円錐形で棘の下につく。短い枝にできる冬芽は、複数集まってこぶ状になる。側芽の鱗片は』四~六『枚。葉が落ちた痕にできる葉痕は、心形や倒松形で維管束痕は』三『個ある』。『木材は建築、家具、器具、薪炭用として用いる』。『莢にサポニンを多く含むため、油汚れを落とすため』の『石鹸の代わりに、古くから洗剤や入浴に重宝された。莢(さや)を水につけて手で揉むと、ぬめりと泡が出るので、かつてはこれを石鹸の代わりに利用した。石鹸が簡単に手に入るようになっても、石鹸のアルカリで傷む絹の着物の洗濯などに利用されていたようである(煮出して使う)』。『豆果は皁莢(「さいかち」または「そうきょう」と読む)という生薬で去痰薬、利尿薬として用いる。種子は漢方では皁角子(さいかくし)と称し、利尿や去痰の薬に用いた。また』、『棘は皁角刺といい、腫れ物やリウマチに効くとされる』。なお、『豆はおはじきなど子供の玩具としても利用される』。『若芽、若葉を食用とすることもある』。『サイカチの種子にはサイカチマメゾウムシという日本最大のマメゾウムシ科の甲虫の幼虫が寄生する。マメゾウムシ科はその名前と違って、ゾウムシの仲間ではなく、ハムシ科に近く、ハムシ科の亜科のひとつとして扱うこともある。サイカチの種子は硬実種子であり、種皮が傷つくまではほとんど吸水できず、親木から落下した果実からはそのままでは何年たっても発芽が起こらない。サイカチマメゾウムシ』(コウチュウ目多食(カブトムシ)亜目ハムシ(葉虫)上科ハムシ科マメゾウムシ(豆象虫)亜科 Megabruchidius 属サイカチマメゾウムシ Megabruchidius dorsalis )『が果実に産卵し、幼虫が種皮を食い破って』、『内部に食い入った』際、『まとまった雨が降ると、幼虫は溺れ死に、種子は吸水して発芽する。一方、幼虫が内部に食い入った』時に、『まとまった雨が降らなければ』、『幼虫は種子の内部を食い』尽し、『蛹を経て』、『成虫が羽化してくることが知られている』。『サイカチの幹からはクヌギやコナラと同様に、樹液の漏出がよく起きる。この樹液はクヌギやコナラの樹液と同様』、『樹液食の昆虫の好適な餌となり、カブトムシやクワガタムシがよく集まる。そのため、カブトムシを「サイカチムシ」と呼ぶ地域も』ある。『クヌギやコナラの樹液の多くはボクトウガ』(木蠹蛾:鱗翅目ボクトウガ科ボクトウガ亜科ボクトウガ属ボクトウガ Cossus jezoensis )『によるものであるという研究結果が近年』、『出ているが、サイカチの樹液を作り出している昆虫はまだ十分研究されていない』。『また』、『サイカチは』「万葉集」』の『中にも詠まれている』とある。これは、「卷第十六」の、「高宮王(たかみやのおほきみ)の、數種(くさぐさ)の物を詠める歌二首」の一首目(一八五五番)で、
*
皂莢尒 延於保登禮流 屎葛 絕事無 宮將爲
皂莢(ざうけふ)に
延ひおほとれる
屎葛(くそかづら)
絕ゆることなく
宮仕(みやつかへ)せむ
*
この読みは、今西進氏の読みに従った。「屎葛」は、本邦の在来種である、リンドウ目アカネ科アカネ亜科ヘクソカズラ連ヘクソカズラ属 Paederia 亜属ヘクソカズラ Paederia scandens 。知らない方は、当該ウィキを見られたい。高岡市伏木の旧実家の裏山の二上山の跋渉では、しばしば、閉口した。
なお、本篇の引用部は後半が漢方生剤の処方記載となっているので、「株式会社ウチダ和漢薬」公式サイト内の「生薬の玉手箱」の「皂莢(ソウキョウ)」の記載(記者は神農子氏)を、総て、引用させて戴く。
《引用開始》
基源:マメ科(Leguminosae)のトウサイカチ Gleditsia sinensis Lam. の未熟果実および成熟果実を乾燥したもの。
日本各地に分布するマメ科植物のうち木本植物は、ハリエンジュやネムノキなどそれほど種類は多くありません。サイカチ Gleditsia japonica はその中でも形態にひときわ特徴がある種です。高さ20メートルにも及ぶ高木で、幹には枝分かれをした大型のとげが無数に付いているのが他の植物にはない特徴です。葉はマメ科植物に多く見られる羽状複葉で 6〜12 対の小葉を付けています。花は初夏に総状花序状に大量に咲かせますが、高木であるうえ淡黄色のためあまり目立ちません。豆果は扁平で長さ 30 センチほど、広線形でねじれます。豆果は濃紫色に熟し、10〜25個の扁平で楕円形、約1センチの種子を入れています。サイカチは朝鮮半島、中国にも分布しています。一方、中国には近縁種のトウサイカチ Gleditsia sinensis も分布しています。サイカチによく似ていますが小葉が 5〜6対、豆果がねじれないという点で異なっています。生薬「皂莢」の原植物はこのトウサイカチです。
皂莢の名称について、『本草綱目』には「莢の樹が皂(くろ)いからかく名付けたのである」とあります。また『名医別録』には「猪牙の如きものが良し。九月、十月に莢を採って陰乾したもの」と、品質に関する記載があります。「猪牙」という表現からも皂莢の原植物は豆果がねじれていないトウサイカチであることがわかります。また『神農本草経集注』には「長さ尺二のものが良い」とあります。一方、「猪牙」と「尺二」が良いという記載に反して『新修本草』には「この物に三種あって、猪牙皂莢が最下である。その形は曲戻、薄悪で、全く滋潤がなく、垢を洗っても去らない。その尺二のものは粗大で、長く虚して潤いがない。長さ六七寸にして円く厚く、節が促って真っ直ぐなものならば皮が薄く肉が多く、味は濃くて大いに好ましい」という記載があります。このように品質に関する議論は種々あるようですが、『国訳本草綱目』の注釈には「現在の中国では猪牙皂[やぶちゃん注:シナサイカチのこと。]を最良品として薬用に供している」と比較的近年の記載があります。
市販されている皂莢は乾燥した成熟豆果で、長い棒状で長さ15〜25 センチ、幅2.0〜3.5 センチ、厚さ 0.8〜1.4 センチ程度の扁平、時に少し湾曲しています。表面はでこぼこしており、赤褐色または紫褐色、灰白色の粉が付着しており、こすると光沢が生じます。両端はやや尖り、基部に短い果柄の跡があります。質は堅く、振ると音がします。中には扁平な種子が入っています。主産地は河北省、山西省、河南省、山東省などです。
皂莢の薬能について、『湯液本草』では「皂莢は厥陰の薬である」と記載があります。強い去痰作用があるので湿痰が咽喉に滞まり詰まる時や、胸に痰がつかえ咳喘するときに用います。また上下の諸竅を通ずる作用があるので、中風で昏迷したり口がきけなくなったりしたときなどに応用されるようです。その用途は「去痰、利尿薬として、気管支炎の咳嗽、淋疾などに用いる。刺激作用があるので注意を要する。また民間では石鹸の代用、浴湯料に用いる」とあります。
配合処方として『金匱要略』には「皂莢丸」の記載があります。皂莢と大棗の二味ですが独特の調製法です。「皂莢(1.0)の皮を去りバターを塗って火で炙り、末とし、蜂蜜で丸剤を作り、一回0.5ずつ大棗の果肉少量とともに湯の中にいれて混和し、日中三回夜一回服用する」とあります。咳逆上気を治し、安眠をはかる作用があります。大棗は皂莢の峻烈な作用を緩和する作用があるそうです。また皂莢、甘草、生姜による桂枝去芍薬加皂莢湯という、脾胃の気を行らせて[やぶちゃん注:「ゆきわたらせて」の意か。]、化膿性疾患の排膿を促し、肺癰を治す処方もあります。
トウサイカチは果実以外にも種子(皂莢子、皂角子)、とげ(皂角刺)、樹皮または根皮(皂莢根皮)、葉(皂莢葉)などほとんどの部位が薬用に使用されます。『本草綱目』での文章記載量が他の生薬に比べても非常に多い事からもその重要性が推測できる古来の有用植物です。
《引用終了》
本篇の「本草綱目」の引用は、「卷三十五下」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の三項目にある「皂莢」(ガイド・ナンバー[086-4b]以下)からのパッチワークだが、この項、「附方」は非常に長く、良安は、かなり苦心して、違和感のないように(というか、神経症的に)継ぎ接ぎしている。その部分を二重鍵括弧を挿入すると、バラバラ殺人事件のようなモザイク様になってしまうので、諦めた。
「烏犀《うさい》」小学館「日本国語大辞典」に、「烏犀角」(うさいかく)として、動物のサイの黒色の角(つの)を指し、『漢方で、子供の解熱剤に用いる。特に疱瘡には唯一の良薬とされた』とある。本「皂角子」=「猪牙」をミミクリーしたものであろう。
「雞栖子《けいせいし》」不詳。前後の感じからは、熟した赤い莢をニワトリの雄の鶏冠(とさか)に喩えたものか。
「懸刀《けんたう》」図の通りのミミクリー。
「槐」双子葉植物綱バラ亜綱マメ目マメ科マメ亜科エンジュ属エンジュ Styphnolobium japonicum 。先行する「槐」照。
「實《み》を結ぶこと、三種、有り。【一種は、】小さくして、猪《ゐのしし》の牙《きば》のごとく、【一種は、】長くして、肥厚《ひかう》≪して≫、脂《あぶら》、多くして、粘(ねば)る。【一種は、】長くして、瘦≪せて≫、薄く、枯燥《こさう》≪して≫、粘らず。脂、多き者を以つて、佳なりと爲《な》す。」私の乏しい知見では、この三首を比定し得ないが、一種目は、サイカチ・シナサイカチの両個体群の内の孰れかの個体変異で、「猪牙」に着目するなら、サイカチの方であり、二種目は、莢が長いこと、脂が多いこと、それが最上とされること等から考えてシナサイカチであろうと思う。三種目は、先の二種の個体変異でないとすれば、「維基百科」の「皂莢屬」の最後にリストが載る、同属の変種を含む十六種の前の二種を覗いた中に含まれている種である。但し、この中には北米原産の中国に自生しない種もいる。流石に、「莢・実が、長くて、痩せていて、薄く、枯れ乾いていて、粘りを持たない」という、その種を特定することは、私には、到底、不可能である。
「豈に、皂莢と䥫と、「感召《かんしやう》の情(じやう)」、有るや」東洋文庫訳には、『さても皂莢と鉄との間には感召の情があるのであろうか』とある。「感召」は「感応」というより、ここに書かれたトンデモ状況が事実とするならば、激しい危険な化学反応を激発するというべきであろう。
「手太陰陽明經」東洋文庫の後注に、『手の太陰肺経と手の陽明大腸経。手の太陰肺経は臍(へそ)の上方から出て大腸に、そこから上って胃の入口から肺へ。さらに咽喉から腕の内面を通って第一指の末端に至る。分脈は前腕手首から第二指の先端に至る。手の陽明大腸経は、手の第二指の先端からおこり、腕の外面を通って肩・くびのうしろから鎖骨上窩へ。そこから』、『肺へ入り』、『下って大腸に至る。分脈は鎖骨上窩から頰、下』の『歯へ入り、また出て』、『鼻孔のそばまで。』とある。
「足の厥陰」先行する「盧會」の私の注の「厥陰經《けついんけい》」の、東洋文庫の後注の中の、「足の厥陰肝経」の解説を参照されたい。
「上下の諸竅《しよけつ》」既に出た「九竅」。人の身体にある九つの穴。口・両眼・両耳・両鼻孔・尿道口・肛門の総称。
「風濕《ふうしつ》」漢方で、先の「風」、及び、「水」気の体内過剰によって生ずるとされる筋肉・関節などに起こる病気。
「痰喘《たんぜん》」喘息。
「腫滿《しゆまん》」水毒によって、手足や腹が浮腫(むく)むこと。
「麥門冬《ばくもんたう》」単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科スズラン亜科 Ophiopogonae 連ジャノヒゲ属ジャノヒゲ Ophiopogon japonicus の根の生薬名。現行では、これで「バクモンドウ」と濁る。鎮咳・強壮などに用いる。
「人參」「朝鮮人參」。セリ目ウコギ科トチバニンジン属オタネニンジン Panax ginseng 。
「苦參《くじん》」マメ目マメ科マメ亜科クララ連クララ属クララ Sophora flavescens の根又は外の皮を除いて乾燥したものを基原とする生薬。当該ウィキによれば、『利尿、消炎、鎮痒作用、苦味健胃作用があ』る、とする。なお、『和名の由来は、根を噛むとクラクラするほど苦いことから、眩草(くららぐさ)と呼ばれ、これが転じてクララと呼ばれるようになったといわれる』とあった。
『鬼魘《きえん》』邪鬼である夢魔のために魘(うな)されることを指す。
「水に溺(おぼ)れ、卒死して」この場合は、蘇生するのだから、心停止ではなく、心拍が著しく低下し、血圧が激しく下がり、代謝が殆んど見られなくなってしまった、重度の人事不省状態を指している。
「一宿《ひとよ》する者」一晩経過した者。
「紙に、皂莢の末を褁《つつ》み、《遺體の》下部に納むる時」これは、思うに、肛門から挿入する座薬である。
「風熱」これは、普通に風邪のによる発熱。
「大腸の虛秘」虚秘体質のこと。これは漢方で、身体が虚弱であり、便を押し出す力や、腸全体に潤いがなく、便秘となる体質・病態を言い、食欲不振・腹部や下腹部の膨満・腹痛・倦怠感・眩暈(めまい)・立ち眩(くら)み・動悸などの症状を伴うもの。
「腎氣」は漢方では、泌尿器・生殖器系を指す。この場合は、頻尿や、性欲の異常亢進、或いは、逆の性欲の激しい減衰を指していよう。
「癰疽(ようそ)」悪性の腫れ物。「癰」は浅く大きく、「疽」は深く狭いそれを指す。
「銳利≪にして≫」これは、「患部に鋭く迅速に到達して、見る間に効果を示すこと」を言っている。多分にこれは、実際の皂莢の木肌に生ずる鋭い刺の類感呪術の臭いが、濃厚である。
この項、訓読文を作成するのに、延べ十時間近くを費やし、注は今朝四時過ぎから、今まで、正味、五時間は確実に、かかった。]
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