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2024/07/08

「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷五 目錄・㐧一 酒屋伊勢としごもりの事幷太神宮ぢごくを見せしめ給ふ事

「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷五 目錄・㐧一 酒屋伊勢としごもりの事幷太神宮

[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。]

 

善惡報はなし 五之目錄

 

㐧 一 酒屋(さかや)伊勢(いせ)としごもりの事幷《ならびに》太神宮(だいじんぐう)

    夢中(むちう)に地獄(ぢごく)を見(み)せ給ふ事

㐧 二 我子(わがこ)をすいふろに入(いれ)いりころす事

㐧 三 一乘坊(いちぜうばう)執心(しうしん)の事

[やぶちゃん注:読みの「ぜう」はママ。「じよう」のままでよい。]

㐧 四 鰐(わに)に猟師(れうし)首(くび)をとらるゝ事

㐧 五 女房下女(げぢよ)をあしくして手(て)のゆびことご

    く虵(へび)に成《なる》事

㐧 六 下人(げにん)生(いき)ながら土(つち)にうづまるゝ事

㐧 七 情(なさけ)ふかき老母(らうぼ)果報(くわはう)の事

㐧 八 女の一念(ねん)來(きたつ)て夫(をつと)の身(み)をそぎ取《とる》事

㐧 九 女金銀(きんぎん)をひろゐしにかへす事

[やぶちゃん注:「ひろゐ」はママ。]

㐧 十 參宮(さんぐう)の女をはぎ天罸(てんばつ)の事

第十一 妄㚑(まうれい)とくむ事

[やぶちゃん注:「くむ」は「組む」で、「取っ組み合いをする」の意。]

第十二 衣類(いるい)わきざしをはぎ取《とり》うりあらはるゝ事

第十三 同行(どうぎやう)六人ゆどの山(さん)禪定(ぜんぢやう)の事

    一人犬(いぬ)となる事

第十四 䑕(ねずみ)のふくをとり報(むくい)來りて死(しぬる)事

 

 

善惡報はなし卷五

 㐧一 酒屋、伊勢參宮の事太神宮、ぢごくを見せしめ給ふ事

○洛陽に、さる酒屋、いせへ、「としごもり」しけるが、其夜(《その》よ)、太神宮、ゆめのうら[やぶちゃん注:「中」に同じ。]に御つげましまして、いはく、

「なんぢ、是まで參る心ざし、實(まこと)にゝたれども、なんぢは大き成《なる》、つみ、あり。しさいは、さけに、水(みづ)を、まぜて、うり、または、うしろぐらき、あたいをとる事、非道にあらずや。もし、「ゑしんさんげ」[やぶちゃん注:「𢌞心懺悔」。「𢌞心」は「仏教の教えを信じて心を誠の善へと向け換えること」。]して、今より、しんじつのおもひに、ちうして、れんちよく[やぶちゃん注:「廉直」。]に、をこなふ[やぶちゃん注:ママ。]に、をゐて[やぶちゃん注:ママ。]は、めでたかるべし。とてもの事になんぢに未來生所(みらいのしやうじよ)を、みせん。いざ、我に付《つき》て、來《きた》るべし。」

と、の給ふ。

[やぶちゃん注:「としごもり」「年籠り」。大晦日の夜に社寺に参籠し、新しい年を迎えることを言う。]

 

[やぶちゃん注:挿絵は、第一参考底本はここ、第二参考底本はここ。太神宮の服装は唐服で違和感があり、さらに、後者では、前者では判らない太神宮の頭頂部の飾りが、何んと! 五輪塔であることが、判る!

 

 かしこまつて、ゆく時、大き成《なる》もりのうちへ、ゆくに、何かはしらず、大の男二人、大き成《なる》かまを、すへて、たき[やぶちゃん注:「焚き」。]ける。

 酒屋、とふていはく、

「是は、何と申《まうす》いはれありて、かやうに、かまを、すへ、たき給ふや。」

二人の男(おとこ[やぶちゃん注:ママ。])、こたへて、いはく、

「さればこそ。是は大ぢごくのうち也。また、此かまをたく事、別のしさいに、あらず。此所ヘは、『ゑんぶだい』[やぶちゃん注:「閻浮提」。仏教で「人間世界・現世」と同義。]にて、酒を、つくり、水を、まぜて、うり、あたい[やぶちゃん注:ママ。]を、よくに、とる者、『しやば』[やぶちゃん注:「娑婆」。]のえん、つきて後、此所《ここ》へ來り、此かまの中に入、たごう[やぶちゃん注:ママ。「多刧(たごふ)」。極めて長い時間。永劫に同じ。]の間、かしやく[やぶちゃん注:「呵責」。]する。」

と、こたへける。

 此人、つくづくと、きゝて、

『扨は。我事(《わが》こと)也(なり)。』

と、おもひ、をそろしき[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]事、かぎりなくて、そこを、いそぎ、はしり出《いで》、

『神前に、かヘる。』

と、おもへば、夢、さめぬ。

 をそろしき事、身のけもよだつて、おぼえけり。

 さてしもあらざれば[やぶちゃん注:「「然てしも有らず」。連語。副詞「さて」+副助詞「しも」(強調)+ラ変動詞「あり」未然形+打消の助動詞「ず」で、「そのままにしておくわけには、とても、いかない」「かくしてばかりでは、とても、いられない」の意。]、とくとく、下向(げかう)し、家に、かヘり、妻子に、夢のつげ、一〻《いちいち》、かたり、 兄弟・しんるい[やぶちゃん注:ママ。]には、ふかく、かくし、後には、

「此商買(しやうばい)しかるべからず。」[やぶちゃん注:古くは「商賣」は、かくも書いた。]

とて、よなる[やぶちゃん注:「他(よ)なる」。別な。]商買を、しける。

「今生(このじやう)は、とても、かくても、一たんの[やぶちゃん注:ただ仮初の。]いとなみなり。未來[やぶちゃん注:来世。]こそ、をそろしけれ。ありがたくも、太神宮、御つげ、ましまさずば、此どんよくの業力(がういき[やぶちゃん注:ママ。])ふかき我らが、何として、さんげの心に、ぢうす[やぶちゃん注:「住す」。]べきや。夢中に、ぢごくを見せしめ給ふ、しからずば、いよいよ、罪惡、ぢんぢう[やぶちゃん注:ママ。「甚重(じんぢゆう)」。]にして、つゐに[やぶちゃん注:ママ。]、かの、かまのうちに、おち入《いり》、ごくねつの、ほのほに、身《み》を、こがさん物を。かたじけなくも、御じひの御つげをかうぶる事、よろこびの中の、よろこび、こうがう[やぶちゃん注:「曠劫」か。]の大慶(たいけい)、何事か、是《これ》に、しかんや。」

と。いよいよ、しん[やぶちゃん注:「信」。]を、はげましける。

 是は、近年の事なれば わざと其名を、しるさず。

「『いせとしごもり』は、寬文三年極月(ごくげつ)下旬の事なり。」

と、きこゆ。

[やぶちゃん注:「寬文三年極月(ごくげつ)下旬」グレゴリオ暦では一六六四年一月十八日から、同一月二十七日(寛文四年元旦)に当たる。但し、主人公が自宅へ帰ったのは、元日の未明であろう。]

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