「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷三 㐧九 馬をとらんとて人を殺むくふ事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。本篇の最後の部分は、第二参考底本の終りの部分が破れて、欠損しているので、第二底本のものを、一部で使用した。]
㐧九 馬(むま)をとらんとて、人を殺(ころし)、むくふ事
○西國にて、さる武士の下人、主(しゆ)のしたしき人の下人の、よき馬を、もちけるを、ほしくおもひけれども、我物ならざれば、せんかたなく、或時、つねに、ねんごろせしものを、一人、かたらひ、野中(のなか)にて、夜陰(やゐん)に、馬、とり、引《ひき》おとして、なわ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]を、かけける。
此もの、
「こは、いかなることやらん。」
と、いへば、
「されば、主人の仰《おほせ》なり。なんぢが「うつて」に、參りたり。」
と云《いふ》。
此男の、いはく、
「それは、ひが事成《なる》べし。我は、何のとがも、なきものを。いかに。」
と、いへども、きゝも入《いれ》ず、りふじんに、おさへて、くびを、うつ。
うちすてゝ、かれが馬を、取《とり》て、かへりぬ。
しかれども、此男、うちふせられて、たへ[やぶちゃん注:ママ。]入《いり》ける[やぶちゃん注:失神したことを言う。]が、いきあがりて[やぶちゃん注:「生き上りて」。蘇生して。]、くびを、さぐりて見るに、別の事なく、いたゞきを、打《うち》はつりたれども、何のしさいもなく、なわつきながら、主(しゆ)のもとへ、はしりかへりて、
「しかじか。」
と申《まうし》ければ やがて、かのしたしき人のかたへ、くだんのむねを、申つかはしければ、夜の中《うち》に、二人ともに、からめて、參る次第を、くはしく尋《たづぬ》るに、別の「ぎ」なく、ありのまゝに、一〻、申あぐる。
「さればこそ。」
とて、
「くだんの、きられし男をもつて、野の中にて、きるべし。」
とて、二人、一度(《いち》ど)に、切(きら)れけり。
かなしきかなや、前の夜の「あくぎやう」、はや、次のあさ、報ひけるこそ、ふしぎ也。
「因果、れきぜんの、ことはり[やぶちゃん注:ママ。]は、まのあたりなり。」
と、皆人(みな《ひと》)、をそれ[やぶちゃん注:ママ。]ぬは、なし。
此はなしは、さしあひあるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、名も所も、しるさず。
[やぶちゃん注:ちょっと判り難いが、「くびを、うつ。」という部分は、大まかに「頭部を斬る」の意であって、斬首したのではなく、
「くびを、さぐりて見るに、別の事なく、いたゞきを、打《うち》はつりたれども、何のしさいもな」かった、則ち、頭部の頂きの箇所の上皮を外傷したに過ぎなったのである。]
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