「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 蘓方木
すはう 蘇木
【和名須房】
蘓方木
ソウ ハン
[やぶちゃん注:標題中の「蘓」は「蘇」の異体字。但し、底本では、「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、最も近い異体字である「蘓」を使用した。下方の異名、及び、本文では、良安は、引用でも、評でも、以下をご覧の通り、通常の「蘇」を使用している。]
本綱南海島有蘇方國其地產此木故名今人呼爲蘇木
爾崑崙交趾暹羅多有特暹羅國賤如薪其樹類槐葉如
楡葉而無澀抽條長𠀋許花黃子青熟黒其木煎汁染絳
色忌鐵噐則色黯其木蠧之糞名曰紫納
木【甘鹹】 破血治產後血脹及月經不調排膿止痛消癰腫
撲損瘀血及三陰經血分藥【少用則和血多用則破血】凡使去上粗
皮幷節【若得中心文橫如觜⻆者號曰木中尊其力倍常】
金瘡接指凡指斷乃刀斧傷者【蘇方末敷之外以蠺繭包縛完固數日如故】
[やぶちゃん字注:「蠺」は「蠶(蚕)」の異体字。実際には、底本では、「グリフウィキ」のこれ(上部の二つの「天」が、ともに「夫」)であるが、表示出来ないので、最も近いこれに代えた。]
△按蘇方暹羅咬𠺕吧交趾東京六甲柬埔寨等之南方
多將來之煎汁染帛及紙絳色次于紅花
倭有蘇方木樹皮濃白色葉似菝葜葉而薄有光伹葉
莖長三月有花淡紫攅生大可麥粒結莢狀似紫藤子
而小中有細子春種子生然未見大木故不知其汁染
物否今所圖𢴃本草必讀之繪此與倭蘇方不遠伹本
草綱目所言花實異而已疑倭曰蘇方者卽紫荊也【詳于灌木類紫荊下】
*
すはう 蘇木《そぼく》
【和名、「須房(すはう)」。】
蘓方木
ソウ ハン
「本綱」に曰はく、『南海≪の≫島に「蘇方國《すはうこく》」有り。其の地に此の木を產する。故《ゆゑ》、名づく。今の人、呼《よんで》「蘇木《そぼく》」と爲すのみ。崑崙《こんろん》[やぶちゃん注:中国の三国時代以後に現在のベトナム・カンボジア・マレー半島などを包含する南海地方を指す呼称。東洋文庫では、『(マレー半島)』と割注する。以下に確かにそれらの国が示されているので、そこに限定しても問題はない。]・交趾(カウチ)[やぶちゃん注:現在のベトナム。]・暹羅(シヤム)[やぶちゃん注:現在のカンボジア。]に、多《おほく》有り。特に暹羅國には賤(やす)きこと、薪《たきぎ》のごとし。其の樹、槐《えんじゆ》の類にして、葉、榆《にれ》のごとくして、澀《そふ》[やぶちゃん注:音(漢音)の現代仮名遣は「ソウ」。既出既注だが、再掲すると、これは葉にある葉脈が網目状になっている網脈のことを指す。これがない植物の葉は少数派である。]、無し。條《えだ》、抽《ぬきんでる》こと、長さ一𠀋許《ばかり》。花、黃なり。子《み》、青く、熟せば、黒し。其の木の煎汁《せんじじる》、絳色《あかいろ》を染む。鐵噐を忌む。則ち、色、黯《くろ》し。其の木≪の≫蠧《きくひむし》の糞、名づけて「紫納《しなう》」と曰《い》ふ。』≪と≫。
『木【甘、鹹。】 血を破り、產後≪の≫血脹《けつちやう》、及び、月經≪の≫調はざるを治≪す≫。膿《うみ》を排《を[やぶちゃん注:ママ。]》し、痛《いたみ》を止《とめ》、癰腫《ようしゆ》・撲損《うちきず》・瘀血《おけつ》を消す。乃《すなはち》、三陰經≪の≫血分の藥≪なり≫【少し、用ふれば、則ち、血を和す。多用≪すれば≫、則ち、血を破る。】。凡そ使《つかふ》に、上の粗皮(あら《かは》)、幷《ならびに》、節《ふし》を去る【若《も》し、中心≪の≫文《もん》、橫《よこた》はり、觜《くちばし》・⻆《つの》のごとくなる者≪を≫得≪ば≫、號して、「木中尊《もくちゆうそん》」と曰ひて、其の力、常に、倍す。】。』≪と≫。
『金瘡≪の≫指を接(つ)ぐ。凡そ、指、斷《たちきれ》≪たる≫、及び、刀・斧にて傷《きずせ》らる者≪たり≫【蘇方の末《まつ》[やぶちゃん注:粉末。]、之れを敷《しきのべ》、外《そと》≪を≫、蠺《かひこ》の繭《まゆ》を以つて、包み縛り、完《まつたき》≪に≫固《かため》、數日《すじつ》≪にして≫、故《もと》≪のごとし≫】。』≪と≫。
△按ずるに、蘇方、暹羅(シヤムロ[やぶちゃん注:この表記もある。])・咬𠺕吧(ジヤカタラ)・交趾(カウチ)・東京(トンキン)・六甲(ロツコン)・柬埔寨(カボチヤ)等の、南方より、多く、之れを將來す。汁に煎じ、帛《ぬの》及び紙を染≪む≫。絳(もみ)色[やぶちゃん注:深紅色。]≪にして≫、紅花《べにばな》に次ぐ。
倭に、「蘇方≪の≫木」、有り。樹の皮、濃(こまや)かにして、白色。葉、「菝葜(じやけついばら)」の葉に似て、薄く、光《ひかり》、有り。伹《ただし》、葉・莖、長し。三月、花、有り、淡紫、攅(こゞな)りて生ず[やぶちゃん注:密集して咲く。]。大いさ、麥粒可《ばかり》。莢《さや》を結ぶ、狀《かたち》、紫-藤-子(ふじのみ)に似て、小さく、中、細≪かき≫子《たね》、有り。春、子を種《うう》≪れば≫、生ず。然れども、未だ、大木を見ず。故《ゆゑ》≪に≫、知らず、其の汁≪をして≫、物を染≪むるや≫否や≪を≫。今、圖する所は、「本草必讀」の繪に𢴃《よ》る。此れと、倭の蘇方と、遠≪から≫ず。伹《ただし》、「本草綱目」に言ふ所≪の≫花實《くわじつ》、異《こと》なるのみ。疑ふ≪らく≫は、倭に「蘇方」と曰ふ者、卽ち、「紫荊《しけい》」なり【「灌木類」の「紫荊」の下《もと》に詳かなり。】。
[やぶちゃん注:この「本草綱目」の記載の「蘓方」=「蘇方」と、良安が言っている、日本にある「蘇方の木」=「紫荊」は、全くの別種である。本物の「蘇方」は、本邦には植生しない、
双子葉植物綱マメ目マメ科ジャケツイバラ(蛇結茨)亜科ジャケツイバラ連ジャケツイバラ属スオウ Biancaea sappan
である。「維基百科」の「蘇木(植物)」もリンクさせておく。そこでは、異名として『櫯木:櫯枋・蘇枋・蘇方・蘇方木・蘇枋木・紅紫・赤木』を挙げ、『薬として使用されるだけでなく、端午節の団子の中身としても使用される』とあった。良安が葉が似ているとした「菝葜(じやけついばら)」は同属のジャケツイバラ Biancaea decapetala であるから、ごく微かに掠った感じではある。
一方、良安のそれは、マメ科 Fabaceaeではあるが、スオウとは全く異なる、中国原産の、
マメ科ハナズオウ(花蘇芳)亜科ハナズオウ属ハナズオウ Cercis chinensis
である。「維基百科」の同種のページ「紫荊」もリンクさせておく。
まず、本邦には植生しない真正の「スオウ」を、ウィキの「スオウ」から引く(注記号はカットした)。漢字表記は『蘇芳、蘇方、蘇枋』で、『インド、マレー諸島原産で』、『ビルマから台湾南部にも分布し、染料植物として利用される』。『種小名 sappan 、英名 sappan (wood) は、マレー語の sapang に由来する。漢名・和名(歴史的仮名遣いではスハウ、拼音: sūfāng)も同じ系統の言葉である』。『心材は蘇木(ソボク、スボク)、蘇方木(スオウボク)と呼ばれる』。『花は黄色』、五『花弁、円錐花序。枝に棘がある。成長すると樹高は』五『メートルほどに達する』。『心材や莢からは赤色の染料ブラジリン』(Brazilin:名称は、新世界で発見された南アメリカブラジル東部原産の、一五四〇年に学術的に報告された同じジャケツイバラ連 Caesalpinieaeの Paubrasilia 属ブラジルボク Paubrasilia echinata に由来する)『が取れ、その色は蘇芳色と呼ばれる。飛鳥時代から輸入され、公家の衣服の染色に使用された。東南アジアと日本間の朱印船貿易でも交易品として扱われている』。『漢方薬として駆瘀血』(くおけつ:血液の欝滞を去り、血の流れを改善して、解毒する効果持った処方剤)、『通経、鎮痛、抗炎症薬、産後悪阻、閉経、腹痛、月経不調、癰痛、打撲傷などに用いる』とあり、わざわざ、『また、似た名の種にハナズオウがあるが、こちらは近縁ではない。ハナズオウは春先に咲く花を鑑賞する目的で栽培される花木であり、染料は採らない』と注記する。
では、次に、ウィキの「ハナズオウ」を引く(同前)。『中国原産の』『落葉小高木で』、『春に咲く花が美しいため、庭などによく植えられる。別名、ハナズホウ、スオウバナ(蘇芳花)とも呼ぶ。和名の由来は、花の色がマメ科の染料植物スオウで染めた蘇芳染(すおうぞめ)の汁の色に似ていることによる。中国名は紫荊』。『日本には北海道、本州、四国、九州に分布する。 高さは』二~三『メートル』『になる。樹皮は灰褐色で皮目は多いが、生長に関わらず』、『ほぼ滑らかである』。『若い枝は淡褐色で皮目が目立ち、ややジグザグ状になる。葉は』五~十『センチメートル』『のハート形でつやがあり、葉縁が裏側に向かって反り返る独特の形をしている。葉柄の両端は少し膨らむ。秋の紅葉は黄色系に染まり、黄色と褐色のモザイク模様なったり』、『様々な変化を見せながら、葉が散るころには褐色になる』。『早春に枝に花芽を多数つけ』四~五月頃、『葉に先立って開花する。花には花柄がなく、枝から直接に花がついている。花は紅色から赤紫色(白花品種もある)で長さ』一センチメートル『ほどの蝶形花。開花後、長さ数』センチメートル『の豆果をつけ、秋から冬に赤紫色から褐色に熟す』。『冬芽は鱗芽で、葉芽は卵形、花芽はブドウの房状に小さな蕾が多数集まる特徴的な形をしている。枝先につく仮頂芽は葉芽で、花芽はそれよりも下につく。側芽は枝に互生する。冬芽の芽鱗の数は、葉芽が』五~六『枚、花芽の蕾は』二『枚つく。葉痕は半円形で維管束痕が』三『個つく』。『早春に咲く赤紫色の花とハート形の葉が好まれ、公園樹や庭木によく利用される』。『ハナズオウ属は北半球温帯に数種が分布する。地中海付近原産のセイヨウハナズオウ( C. siliquastrum )は落葉高木で高さ十メートル『ほどになり、イスカリオテのユダがこの木で首を吊ったという伝説から』「ユダの木」『とも呼ばれる。このほかアメリカハナズオウ( C. canadensis )などが栽培される』とあった。
本篇の「本草綱目」の引用は、「卷三十五下」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の「蘇方木」(ガイド・ナンバー[086-38b]以下)からの例の通りのパッチワークである。
「蘇方國《すはうこく》」マレー半島南岸に栄えたマレー系イスラム港市国家旧マラッカ王国(一四〇二年~一五一一年:ポルトガルにより占領)。但し、李時珍は一五一八年生まれであるから、既に過去の話である。
「槐」双子葉植物綱バラ亜綱マメ目マメ科マメ亜科エンジュ属エンジュ Styphnolobium japonicum 。先行する「槐」を参照されたい。
「榆」双子葉類植物綱バラ目(或いはイラクサ目)ニレ科ニレ属 Ulmus 。先行する「榆」を参照されたい。
『其の木≪の≫蠧《きくひむし》の糞、名づけて「紫納《しなう》」と曰《い》ふ』鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目Cucujiformia下目ゾウムシ上科キクイムシ科 Scolytidaeのキクイムシ類。キクイムシは樹によっては、特定種のみが食害することが、結構、多いが、スオウのそれは、不明。「紫納」も検索で掛かってこない。しかし、キクイムシの糞にかく、特別な名を与え、時珍が、かく、わざわざ示しているのは、薬効か染色か、何らかの用があるのであろう。
「血を破り」東洋文庫訳では、『血の結滞を破り』、『流れを促進させる』とある。抗脂血剤か。
「產後≪の≫血脹《くちやう》」産後に生殖器内で血液が滞留して脹れる症状か。
及び、月經≪の≫調はざるを治≪す≫。膿《うみ》を排《を[やぶちゃん注:ママ。]》し、「癰腫《ようしゆ》」悪性の腫れ物で、根が浅く、大ききなものを言う。
「瘀血《おけつ》」血液が流れにくくなり、体の中に滞ってしまうことで起こる状態を指す。
「三陰經≪の≫血分」「三陰經」は東洋文庫の後注に、『太陰(手の太陰肺経・足の太陰肺経)、少陰(手の少陰心経・足の少陰腎経)、願陰(手の厥陰心包経・足の厥陰肝経)。つまり身体の中を通っている十二経脈のうちの陰経で、詳しくいえば六陰経。これと六陽経を合せて十二経となる。』とあり、「血分」は訳の割注で、『(血の変調に係わる病症)』とある。
「血を破る」前掲「血を破り」と同義。
「常に、倍す」普通の物よりも倍の効果を発揮する。
「蘇方の末、之れを敷《しきのべ》、外《そと》≪を≫、蠺《かひこ》の繭《まゆ》を以つて、包み縛り、完《まつたき》≪に≫固《かため》、數日《すじつ》≪にして≫、故《もと》≪のごとし≫」ホンマかいな!?!
「東京(トンキン)」紅河流域のベトナム北部を指す呼称であるとともに、この地域の中心都市ハノイ(旧漢字表記「河内」)の旧称。
「六甲(ロツコン)」不詳。「廣漢和辭典」にも「日中辞典」にも載らない。東洋文庫も知らんぷり。何か漢字表記に誤りがあるか?
「柬埔寨(カボチヤ)」カンボジアに同じ。
「紅花」双子葉植物綱キク亜綱キク目キク科アザミ亜科ベニバナ属ベニバナ Carthamus tinctorius 。
「紫-藤-子(ふじのみ)」マメ目マメ科マメ亜科フジ連フジ属フジ Wisteria floribunda の実。
「本草必讀」東洋文庫の巻末の「書名注」に、『「本草綱目必読」か。清の林起竜撰』とある。なお、別に「本草綱目類纂必讀」という同じく清の何鎮撰のものもある。この二種の本は中文でもネット上には見当たらないので、確認出来ない。
『「灌木類」の「紫荊」の下《もと》に詳かなり』かなり先なので、国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版で示しておく。]
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