「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷五 㐧四 鰐れうしのくびを取事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。「鰐」は無論、サメのこと。推定種は後注で。]
㐧四 鰐(わに)、れうしのくびを取《とる》事
○能登うらに、三郞大夫といふ猟師あり。
つねに、親に「ふかうのもの」にて、れうに、いでゝ、「うを」を、とらざれば、ふくりうして[やぶちゃん注:ママ。「腹立(ふくりふ)して」。]、かへりては、親に、つらくあたり、ある時は、つえ[やぶちゃん注:ママ。]をもつて、おやを、うちなやます事、度々(たびたび)に及べり。
食物(しよくもつ)に付《つき》ても、をのれ[やぶちゃん注:ママ。]は、たくさんにくひて、親には、おしみ[やぶちゃん注:ママ。]、時〻《ときどき》には、くれず。
ある時、れうに出《いで》ける。ころしも、六月中旬の事なるに、ねむたくして、ことに、小舟(せうせん)の事なれば、ふなばたに、うちもたれ、かうべを、水ぎはまで、さげて、よねんなく、ねけるに、かの鰐といふうを、うきあがつて、れうしの首(くび)を、
「ふつ」
と、くひ切《きり》て、しづみけり。
舟中(せんちう)は、只(たゞ)一人の事なれば、しる人も、なし。
もとより、ぬし、なければ、此ふね、ゆられゆくを、とも[やぶちゃん注:「友」。]猟師の、見付(み《つけ》)て、家に、かへり、妻子(さいし)に、
「かく。」
と、かたる。
妻子、大きに、おどろき、此しだいを、目代(もくだい)へ、ありのまゝに、申《まうし》あぐる。
奉行、うらのものどもを、めして、「けんだん」[やぶちゃん注:「検斷」。]あるに、しるしなくして、其ぶんにて、うちすぎぬ。
四、五日ありて、さる人、「わに」を、つりけるが、其大きさ、五ひろばかりも、あるらん。はまベに、つりあげて、はらを、あげて[やぶちゃん注:ママ。「開けて」。]、見ければ、くだんのれうしの首(くび)、有《あり》。
「扨こそ、鰐のくひける。」
と、しれり。
日比(ひごろ)、親に、ふかうのともがらなるがゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、おもい[やぶちゃん注:ママ。]ざる「いぬ死(じ)に」[やぶちゃん注:多分、「死」の読みの「じ」は有意に上の方にあることから、「じに」と彫るところを、落したものと推定される。]、あへり。
因果のどをり[やぶちゃん注:ママ。「道理(だうり)」。]、かくのごとし。
此はなしは、加賀衆《かがしゆ》の、かたりける。
寬永中ごろの事也。
[やぶちゃん注:「五ひろ」「尋」(ひろ)は、両手を左右に広げた際の幅を基準とする身体尺。当該ウィキによれば、『学術上や換算上など抽象的単位としては』一『尋を』六『尺(約』一・八『メートル)とすることが多いが、網の製造や綱の製作などの具体例では』一『尋を』五『尺(約』一・五『メートル)とする傾向がある』とあり、昔のそれは、当時の一般人の身長から後者を採るべきかと思う。それで換算すると、約七・五メートルになる。「人食いザメ」としてよく知られる大型のサメは、軟骨魚綱板鰓亜綱ネズミザメ目ネズミザメ科ホホジロザメ属ホホジロザメ Carcharodon carcharias で、当該ウィキによれば、『現在』、『広く』言われている、実際の『最大全長は』六~六・四メートル『である』が、『推定値ながら、台湾沖やオーストラリア沖などで、切り落とされた頭部の大きさなどから』、『全長』七『メートル以上、体重』二トン五百『キログラム以上と推定される個体が捕獲されたことがある』とあるので、事実なら、本種としておこう。
「寬永中ごろ」寛永は二十一年十二月十六日(グレゴリオ暦一六四五年一月一三日)までであるから、寛永八年(正月元旦は同じく一六三一年二月一日)から寛永十四年(同じく一六三八年二月十三日まで)が相当する。事実ならね。]
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