「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷五 㐧十一 妄㚑とくみあふ事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。]
㐧十一 妄㚑(まうれい)と、くみあふ事
○近年(きんねん)、「あふみ」在所(ざいしよ)、其人の名も失念しける。
邪見のものにて、其さとのものどもは、いふに及(およば)ず、りんがう[やぶちゃん注:「隣鄕」。]のものまでも、にくみそねむ下人に、左介と申《まうす》もの、あり。
四、五才の比より、飼(かい[やぶちゃん注:ママ。主家(恐らく先代の主人だろう)が養っていたことを言う。])をきたるものなり。
ある時、此佐助、すこしの、あやまりあるを、主人、ふくりう[やぶちゃん注:「腹立」。]のあまりに、まくらを、もつて、なげうちけるに、あたるとひとしく、聲をも、たでず、死(しに)けり。
[やぶちゃん注:「まくら」。状況から見て、完全な「木枕」であろう。籾殻などを布で包んだ円筒状のものを木製の台の上に乗せたものもあるが、基部のそれは、固い安定の良い相応の大きさの木材で出来ていたから、直近から投げ、頭部を直撃すれば、打ち所によっては、死んでも、おかしくはない。]
其後、此下人、口おしく[やぶちゃん注:ママ。]や、おもひけん、よなよな、來(きたつ)て、せむる事、たへがたし。
主人、あまり、「めいわく」し、いろいろ、「きたう」し、あるひは[やぶちゃん注:ママ。]、「やふだ」[やぶちゃん注:「屋札」。岩波文庫の高田氏の脚注に、『戸口や窓にはる御符』とある。]を、をし[やぶちゃん注:ママ。「貼(お)し」。]けるに、是に、をそれ[やぶちゃん注:ママ。]てや、四、五日も、來らず。
ある夜、用ありて、うらへ、出《いで》ければ、何ともしれず、うしろより、
「ひた」
と、だく[やぶちゃん注:「抱く」。]。
「あつ。」
と、おもひ、ふりかへりて、引《ひつ》くみ、
「どう」
と、おちて、其まゝ、絕入(たへいり[やぶちゃん注:ママ。])けり。
下部のものが、此おとを聞《きき》て、やがて、火をたてゝ、見ければ、主人、石を、一つ、いだきて、ふしける。
「こは、いか成《なる》ありさまや。」
と、ひきたて見ければ、息、たへけり[やぶちゃん注:古典では、先の「絕入(たえいる)」ともに、まず、気絶・失神止まりの様態を指す。ここも、それ。]。
をのをの[やぶちゃん注:ママ。]、おどろき、いしやを、よび、さまざましければ、やうやう、いき、つきけり。
其後、六十日ほどして、つゐに[やぶちゃん注:ママ。]死(しに)けり。
「さては。左助が妄㚑、きたりて、とりころしける。」
と、人、くちぐちに、いひて、のしりけり。
此はなしは、寬文四年の事也。
[やぶちゃん注:「寬文四年」閏五月があったので、グレゴリオ暦で一六六四年一月二十八日から一六六五年二月十四日まで。]
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