「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷五 目錄・㐧二 我子をすいふろに入ていり殺事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。「すいふろ」は「水風呂」。]
第二 我子(わがこ)を「すいふろ」に入《いれ》て、いり殺(ころす)事
○去(さる)さぶらい、子を、二人、もちける。
兄は、十一、次は、八つになりける。
或時、父、
「つよく、せつかん、せん。」
とて、すいふろを、こしらへさせ、二人の子どもを入(いれ)、上(うへ)に、ふたを、し、大き成《なる》石(いし)を、をき[やぶちゃん注:ママ。]、我《われ》と下知して、ゆのしたを、ひた物[やぶちゃん注:副詞。「無暗に」。]、たかせ、ほどなく、二人ともに、いりころしけり。
二人の子もりが、是を、みて、大きに、かなしめども、親(おや)のしはざなれば、せんかたなし。
扨《さて》、主人、下人を、めして、いはく、
「なんぢら、此事を、ずいぶん、他言(たごん)する事、なかれ。もし、外《そと》より、しれなば、一〻《いちいち》[やぶちゃん注:ことごとく。]、曲事(くせごと)なり[やぶちゃん注:「処罰ものだ!」の意。]。」
と申付《まうしつく》る。
下〻(したした)も、我子を、よしなき事に、ころすほどの主人なるがゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、後日(ごにち)を、をそれて[やぶちゃん注:ママ。]、みな、口を、とぢけり。
しかれども、「天しる、地しる。」なれば、つゐに[やぶちゃん注:ママ。]は、主君へ、もれ聞《きこ》へ[やぶちゃん注:ママ。]、主君の、いはく、
「もつとも、我子なれば、せつかんするも、ことはり[やぶちゃん注:ママ。]也。しかしながら、せつかんの品(しな)[やぶちゃん注:程度。レベル。]こそ、おほけれ。ことに、一人ならず、二人の子を、いりころすといふ事、前代未聞、めづらしきせつかんの仕樣(しやう)ならずや。たゞし、本性(ほんしやう)のものゝ、なすわざに、あらず。扨《さて》は、狂氣(きやうき)のものなりと、おぼゆ。しかれば、さやうのものに、大分(だいぶん)のふちをくれ、何かせん。いそぎ、出《いだ》さるべし。」[やぶちゃん注:「本性」第二参考底本では、『木性』であるが(ルビは『ほんしやう』)、誤刻であるので、第一参考底本を採用した。]
と、仰付《おほせつけ》られたり。
さて郡内(ぐんない)のうちは、申《まうす》に及《およば》ず、きんごく[やぶちゃん注:「近國」。]までも、せかれ、二度(ふたゝび)、奉公ならずして、ある山ざとヘ、引《ひき》こもりけり。
[やぶちゃん注:「せかれ」不詳。「急かれ」「塞(堰)かれ」「背かれ」などを考えたが、ぴったりくる意味が見当たらない。第二参考底本で、別な判読も試みたが、しっくりくるものはない。]
されども付《つき》したがふものとては、二人の「子もり女」ばかりなり。
あさましき次㐧也。
後(のち)には、二人の女、心を合《あはせ》、主人一人、すてをき[やぶちゃん注:ママ。]、ちりぢりに、おちうせぬ。
「かなしきかな、一《いつ》しん[やぶちゃん注:「一身」。]と成《なり》て、たれを、たのむべき便(たより)もなく、後には、乞食(こつじき)となりて、因果をさらしける。」
と、申《まうし》つたゆ[やぶちゃん注:ママ。]。
されば、世にすむともがらは、かりにも、法(はふ)にもれたる事を、せまじき物かな。主(しゆ)あるものは、其主のとがめ、あり。あるひは[やぶちゃん注:ママ。]、民・百姓(たみひやうくしやう)は、地頭(ぢとう)・奉行といふものありて、是より、罪をたゞす。それぞれのわかち、あれば、とかく、わがまゝを、ふるまふ事もならず。もし、又、内證(ないせう[やぶちゃん注:ママ。])にて、「とが」を行へば、人しれず、天ばつを、うくる。何事も、𢙣事(あくじ)は、内外(ないげ)ともに、よくよく、つゝしむべき事也。
[やぶちゃん注:「地頭」江戸時代、地方知行地(じかたちぎょうち)を持っていた、幕府の旗本や、私藩の給人(きゅうにん)の通称。小領主。また、一地域の領主の俗称。]
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