「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 肥皂莢
ひさうけう
肥皂莢
本綱肥皂莢生髙山中其樹髙大葉如檀及皂莢葉五六
月開白花結莢長三四寸狀如雲實之莢肥厚多肉內有
黑子數顆大如指頭不正圓其色如𣾰而甚堅中有白仁
如栗煨熟可食十月采莢氣味【辛温微毒】 治風濕下痢便血瘡癬腫毒【相感志言肥皂莢水死金魚辟馬螘麩見之則不就亦物性然耳】
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ひさうけう
肥皂莢
「本綱」に曰はく、『肥皂莢、髙山の中に生ず。其の樹、髙く、大≪なり≫。葉、檀(まゆみ)、及び、皂莢(さいかし[やぶちゃん注:ママ。前項でも標題で「さいかし」とする。])の葉のごとし。五、六月、白花を開き、莢≪さや≫を結ぶ。長さ、三、四寸。狀《かたち》、「雲實《うんじつ》」の莢のごとく、肥厚して、肉、多し。內《うち》に、黑≪き≫子《たね》、數顆《すうくわ》、有り。大いさ、指の頭のごとく≪して≫、正圓《せいゑん》ならず。其の色、𣾰《うるし》のごとくして、甚だ、堅し。中に、白≪き≫仁《じん》、有≪りて≫、栗のごとし、煨《うづみやき》し、熟して[やぶちゃん注:十分に灰の中に埋み焼きにして。]、食ふべし。十月、莢を采る』≪と≫。『氣味【辛、温。微毒。】 風濕《ふうしつ》[やぶちゃん注:リウマチ。]・下痢・便血・瘡《かさ》・癬《くさ》[やぶちゃん注:湿疹。]・腫毒を治す【「相感志」に言はく、『「肥皂莢水《ひさうけうすい》」は金魚を死≪なせ≫、馬螘《バギ/おほあり》[やぶちゃん注:大蟻。]を辟《さ》く。麩《むぎこ》、之れに見《まみ》≪えても≫、就《つ》かず[やぶちゃん注:付着しない。]。則ち、亦、物性の然《しかれ》るのみ。』≪と≫】。』≪と≫。
[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、「本草綱目」本文中に最初に出る「肥皂莢」に割注して、『(マメ科シャボンサイカチ)』とあるが、これは、正規の和名ではない。当該種は、
マメ目マメ科ジャケツイバラ(蛇結茨)亜科 Caesalpinioideaeギムノクラドゥス(中文名:肥皂莢)属 Gymnocladus 肥皂莢(中文名)Gymnocladus chinensis
である。正式和名はないと思われる(ある植物の百科事典を標榜するサイトでは、この学名を添えながら、トンデモ種同定をしていて、スイセンの一種としているのには、空いた口が塞がらなかった。致命的キズ物であるので、当該サイトと当該記事は伏せる。学名で検索すると、頭に出るから、すぐ判ってしまうが。また、ある学術資料(クレジット一九九二年附)では、このギムノクラドゥス(肥皂莢)属を『アメリカサイカチ属』とするのを見つけたが、これが、もし正式和属名とならば、甚だ、おかしいと思う。同属は五種であるが、アメリカの中西部・北部産の種は一種のみであり、残りの他の四種(本種を含む)は、中国中部・中国南東部(広西)・インド・ベトナム・ミャンマーだからで(英文ウィキの「 Gymnocladus 」を参照した)、謂わば、「洋頭東區肉」になっちまうからである)。閑話休題。以上を確定出来るデータは、「維基百科」の「肥皂莢」で、同種の英文ウィキには、俗名を“soap tree or Chinese coffeetree”とする。「石鹸(シャボン)の木」・「中国の珈琲(コーヒー)の木」である。そこには、『中国中部原産』とし、『葉は大きな二回羽状の複葉で、最初は紫色、後に緑色に変化する』と書かれてある。なお、東洋文庫訳の『シャボンサイカチ』もいただけない。言うまでもなく、素人は容易にサイカチ属 Gleditsia の一種と間違えるからである。この「肥皂莢」の前項が「皂莢」とくりゃあ、猶更だ! 私のような素人は、東洋文庫を読んで、『シャボンサイカチ』を百パー、サイカチ属だと思うね。当時(私は初版で所持しているが、刊行は一九九〇年で、三十四年前だ)、調べても、本種の日本語記載は、殆んど、出てこなかっただろうからね。今だって、信用し得たのは、私がネットの植物譜で最も信頼するサイト「跡見群芳譜」の「まめ(豆)」だけだったもの。二箇所に現われる。部分引用しておく。学名は斜体になっていないのは、ママである。
《引用開始》
シロップ属 Guilandina(鷹葉刺屬)世界の熱帯・亜熱帯に約19種
シロップ G. bonduc(Caesalpina bonduc;刺果蘇木・臺灣雲實・老虎心)
G. dioica(Gymnocladus dioica;北美肥皂莢)
ハスノミカズラ G. major(Caesalpina major, C.globulorum, C.jayabo)
G. minax(Caesalpina minax, C.morsei;
喙莢鷹葉刺・喙莢雲實・南蛇簕・蓮子簕・石蓮簕・苦石蓮)
『中国本草図録』Ⅰ/0115
『中薬志Ⅱ』105-106 『全国中草葯匯編』上/582 『(修訂)中葯志』III/550-551
Q. nuga(Caesalpina crista;華南雲實)
Gymnocladus(肥皂莢屬)
G. chinensis(肥皂莢) 『全国中草葯匯編』下/385
《引用終了》
本篇の「本草綱目」の引用は、「卷三十五下」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の四項目にある「肥皂莢」(ガイド・ナンバー[086-14a]以下)からのパッチワーク。
「檀(まゆみ)」双子葉植物綱ニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マユミ Euonymus sieboldianus Blume var. sieboldianus 。先行する「檀」を参照。
「皂莢(さいかし)」ここは中国のそれであるから、双子葉植物綱マメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ属トウサイカチ(唐皂莢)Gleditsia sinensis で、本邦の「さいかし」=「さいかち」は、サイカチ属サイカチ Gleditsia japonica となる。前項「皂莢」参照。
「雲實《うんじつ》」マメ目マメ科ジャケツイバラ亜科ジャケツイバラ属ジャケツイバラ Biancaea decapetala の別称。当該ウィキを見られたい。本種は有毒植物とされるが、同ウィキには、『有毒植物』とのみあるだけで、具体記載がないのは、マズいね。昔から、海藻・海草類でお世話になっている鈴木雅大氏の素敵なサイト「生きもの好きの語る自然誌(Natural History of Algae and Protists)」の同種のページに、『毒性成分は不明ですが』、『果実に毒があり』、『誤食すると中毒を起こすそうです。』とあった。
「相感志」「相感志」は「物類相感志」で、元は宋の蘇軾が書いた百科事典であるが、それを、彼の弟子かと思われる賛寧が撰した「東坡先生集物類相感志」であるらしい。
『「肥皂莢水《ひさうけうすい》」は金魚を死≪なせ≫、馬螘《バギ/おほあり》[やぶちゃん注:大蟻。]を辟《さ》く。麩《むぎこ》、之れに見《まみ》≪えても≫、就《つ》かず』サイカチと同じで、この種もサポニン(saponin)を多く含む。サポニンは、動物類の、特に魚類系には、広汎に有意な毒性を持つ(それを防衛武器として持っているのが、有名なナマコ類である)。麦粉が附着しないのも、その界面活性作用による。近代まで、よく用いられた漁法「毒揉み」には、サポニンを含む植物が、山椒や胡桃(くるみ)に次いで、よく用いられた。そうさな、脱線だが、「毒揉み」と言えば、『「想山著聞奇集 卷の參」 「イハナ坊主に化たる事 幷、鰻同斷の事」』が忘れられんね。未読の方は、是非。お薦めである。]
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