「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 没石子
[やぶちゃん注:上部に、虫瘤(むしこぶ:後注参照)が、三個体、描かれてある。]
もしくし 無食子
黑石子
没石子 麻荼澤
モツ シツ ツウ
本綱没石子生波斯及大食國呼稱摩澤樹樹髙六七𠀋
圍八九尺葉似桃而長三月開花白色心微紅子圓如彈
丸初青熟乃黃白蟲蝕成孔其樹一年生拔屢子大如指
長三寸上有叚中仁如栗黃可敢次年則生無食子間年
[やぶちゃん注:「叚」は「本草綱目」では(「漢籍リポジトリ」のこちらの「無食子」の項の「集解」の一節。ガイド・ナンバー[086-17a]の七行目後半を見よ)、「股」である。東洋文庫訳では、『段』として右傍注でママ注記を打ち、割注で『(段)』とする。「叚」では意味がとれないので、「股」で訓読する。]
互生也異產如此大明一統志云出三佛齋國没石子樹
如樟開花結實如中國茅栗
子【苦温】治赤白痢益血和氣安神烏髭髮凡合他藥染鬚
造墨家亦用之【凡使勿犯銅鐵並被火驚】
*
もしくし 無食子《むしよくし》
黑石子《こくせきし》
没石子 麻荼澤《まとたく》
モツ シツ ツウ
「本綱」に曰はく、『没石子《もつせきし》[やぶちゃん注:私は標題にある「もしくし」という読みをここで使用することに激しい違和感がある。この読みは、恐らく「没石子」の「没」に、異名の「無食子」の「食子」を繋げた「没食子(もつしよくし)」の音を、「もっしょく」に転じ、その音の中の「促音」と「拗音」をカットした縮約であろうと考えているからである。則ち、この「没石子」の読みとしては、正しくないと考えるからである。実際に、ネットで手に入れた、本邦の信頼出来る漢方の方剤で採録している漢字と読み方の一覧表でも、「没石子丸」は「モツセキシガン」と読まれているからである。但し、注で示すが、漢方での名前は「ショクモクシ」(植物名ではなく、ブナ科ナラ属の若枝のつけ根に蜂の一種が寄生して生じた虫瘤(むしこぶ)を乾燥したもの)ではある。だからと言って、当時の日本の本草家や医師が、この漢字文字列で、普通に「シヨクモクシ」と読んでいたというのは、何となく嘘臭いとしか思えないからである。]波斯(パルシヤ)[やぶちゃん注:ペルシャ。]、及び、大食國(だしよくこく)[やぶちゃん注:アラビアやトルコ等のイスラム教徒の国家群。]に生《しやう》ず。呼びて、「摩澤樹《またくじゆ》」と稱す、樹の髙さ、六、七𠀋、圍《めぐり》、八、九尺。葉、桃に似て、長し。三月、花を開き、白色≪なり≫。心《しん》≪は≫、微《やや》紅≪なり≫。子《たね》、圓《まろく》して、彈丸のごとし。初め、青く、熟せば、乃《すなはち》、黃白≪たり≫。蟲、蝕《むしばみ》、孔《あな》を成《な》≪せり≫。其の樹、一年は、「拔屢子《ばつるし》」を生ず。大いさ、指のごとく、長さ、三寸。上に股、有り、中の仁《たね》、栗のごとく黃にして、敢《く》ふべし。次の年は、則ち、「無食子」を生ず。年を間(へだ)て≪て≫、互《たがひ》に生ず。≪「拔屢子《ばつるし》」と「無食子」と、≫異產《いさん》≪すること≫、此くのごとし。「大明一統志」に云はく、『三佛齋(さぶさい)國に出づる。没石子の樹、樟(くす)のごとく、花を開き、實を結ぶ。中國の茅-栗(しばぐり)のごとし。』≪と≫。
『子《み》【苦、温、】赤白痢《せきはくり》を治す。血を益し、氣を和《なごま》せ、神《しん》[やぶちゃん注:「神經」。]を安《やすんじ》、髭《ひげ》・髮《かみ》を烏《くろ》くす。凡そ、他藥と合《あはせ》、鬚《ひげ》を染《そ》む。造-墨-家(すみや)にも、亦、之れを用ふ【凡そ、使ふに、勿銅鐵≪にて≫犯し、並びに、火に驚かせること、勿《な》かれ。】。』≪と≫。
[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、解説本文の中で、『没石子(ブナ科モッショクシ)』としてあるが、ブナ科に和名「モッショクシ」などという種は存在しないから、この割注はアウトである。既に割注で述べた如く、これは、諸辞書を総合すると、「もっしょくし」「ぼっしょくし」と読み、「食べられない果実」の意であって、植物名ではなく、
小アジア産のブナ目ブナ科ブナ属 Fagus ・同ブナ科 Fagaceaeのコナラ亜科コナラ属コナラ属 Quercusのカシ類・同コナラ属コナラ亜属 Quercus の内で落葉性の広葉樹の総称であるナラ類の若枝に、膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目タマバチ上科タマバチ科タマバチ属のタイプ種であるインクタマバチ Cynips gallaetinctoriae が、産卵の際、刺すことによって生ずる虫癭(ちゅうえい:虫瘤)
を指す漢語であり、直径は約二センチメートルセンチほどの球状を呈し、タンニン酸やインクの原料となる
とあった。遂に「和漢三才圖會」の木本類の項目に植物ではないものが、登場した最初である。しかし、まあ、個人ブログらしい「iroai.jp」の「染色における没食子(もっしょくし)」に――ドン!――と掲げられている四つの巨大な実と見紛う画像(「Wikimedia Commons」のもの)を見るなら、こりゃ、何かの樹の実だと思うことは、止むを得ないとは思うね。ご覧あれ。
本篇の「本草綱目」の引用は、「卷三十五下」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の「無食子」(ガイド・ナンバー[086-17a]以下)からのパッチワークである。
「大明一統志」複数回既出既注だが、再掲すると、明の全域と朝貢国について記述した地理書。全九十巻。李賢らの奉勅撰。明代の地理書には先の一四五六年に陳循らが編纂した「寰宇(かんう)通志」があったが、天順帝は命じて重編させ、一四六一年に本書が完成した。但し、記載は、必ずしも正確でなく、誤りも多い。「維基文庫」の同書の「卷九十」の「三佛齐国【在占城国南五日程其朝贡自广东以达于京师】」を見ると、「土産」の項に(表記に手を加えた)、
*
没石子【樹如樟开花結實如中国茅栗】
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とあった。「茅-栗(しばぐり)」はブナ目ブナ科クリ属モーパングリ Castanea seguinii のことである。「維基百科」の「茅栗」によれば、『別名を「野栗子」(江蘇省・浙江省)、「毛栗」(南京・湖南省)、「毛板栗」(湖北省)としても知られ、中国の固有種である。中国本土の武陵山脈南斜面以北から大別山脈以南に広く分布し、標高四百メートルから二千メートルの丘陵地や山腹の低木に植生する』とある。
「赤白痢《せきはくり》」東洋文庫の後注に、『温熱の毒のため、腸内に気が滞り、また腸壁が傷つけられ、ときには白く、ときには赤い血』に『膿のまじった下痢をする症』状とある。]
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