「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷四 㐧二 不孝の女母に犬のふんをすゝむる事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。]
第二 不孝の女母に犬のふんをすゝむる事
○洛陽(らくやう)七條邊(《しち》でうへん)に、きはめて「ふ孝(かう)」のむすめ、あり。
[やぶちゃん注:「洛陽七條邊」現在のJR京都駅の北直近の東西に走る「七条通」(グーグル・マップ・データ)。]
とし老《おい》たる母、ことに、目も見えざりければ、此母をあつかはん事を、うとましくおもひ、
『母を、何とぞして、ころし、我身も、自由、ならん。』
と、おもひ、ある時、めしに、「いぬ」のふんを、まぜて、母に、すゝめけり。
母、是を、くひけるが、何とやらん、にほひ、あしくおぼへ[やぶちゃん注:ママ。]て、心ち、あしかりければ、
『邪見のむすめ、いかなる事を、したるらん。』
と、おもひ、くふふりして、かくしをきて[やぶちゃん注:ママ。]、となりの人の、きたりけるに、ひそかによびて、かのめしを見せけるに、
「是は。いぬの、ふん也。」
と申《まうし》ける。
母、大きに、なげき、
「扨も、世にあさましきものは、我身也。只一人のむすめを、もつといへども、きはめて、ふかうのものにて、つらくあたるのみならず、朝夕(てうせき)の食(しよく)をだに、おもふやうにも、くるゝ事、なく、あまさへ、いぬのふんを、まぜて、あたふる事、かへつて、天命につきなん事の、ふびん也。我身の事は、くるしからず、ふかうのものと申《まうす》ながらも、まことは、『をんあい』の道を、おもひ、ゆくすゑを、あはれに、かなしくおもふは、親の『じひ』なりと、いはぬ人こそ、なかりけれ。」
いくほどなくて、母、つゐに[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]死《しし》けり。
其《その》「一しうき」の内に、此むすめ、母の、むくひ、來り、俄(にはか)に、犬のごとく、はひありき、物をくふにも、犬のくふごとくに、口(くち)、さしつけて、くひけり。
あるひは[やぶちゃん注:ママ。]、いぬの、なく「まね」をし、つゐに、くるひ死《じに》に、しけり。
ぜんあくのむくひは、谷(たに)に、こゑをあぐるに、ひとし。されば、おやの、子をば、かなしむは、「じひ」より、をこれ[やぶちゃん注:ママ。]りと、しるべし。親の「ばつ」は、天意(てんい)より、あたへ給ふ。たれか、是を、あらそはん。をそるべし、をそるべし[やぶちゃん注:ママ。]。
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