「善惡報はなし」正規表現オリジナル注 卷五 㐧十二 わきざし衣類をはぎ取うりあらはれ死罪にあふ事
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を参照されたい。標題の読み「いるい」はママ。]
㐧十二 わきざし・衣類(いるい)をはぎ取《とり》、うり、あらはれ、死罪(しざい)に、あふ事
○三河の人、遠江(とをとをみ)へ、ゆきけり。
兩国(りやうごく)のさかい[やぶちゃん注:ママ。]にて、ある「ばかもの」ありて、此男を、をし[やぶちゃん注:ママ。]ふせて、きる物[やぶちゃん注:「着る物」。]・「わきざし」まで、はぎ取て、すぐに、三河へゆき、さる「ふるてや」[やぶちゃん注:「古手屋」。古着や古道具を売買する店。]へ、はいりて、此二《ふた》いろを、うりけり。
亭主、出合《いであひ》、きる物・わきざしを見て、
『是は。まさしく、我子の「わきざし」・きる物なり。さては。かれが、はぎ取《とり》て、きたるらん。』
と、おもひ、
「其方は、いか成《なる》人にて、いづくへ、とをり[やぶちゃん注:ママ。]給ふ。」
と、とへば、
「それがしは、是より、はるか、をんごくのものにて候が、國本(くにもと)へ、かへるべき「ろせん」[やぶちゃん注:「路錢」。]に、さしつまり、是を、うる也。」
と、こたへける。
ていしゆ、きゝて、
「もつとも。さも、あるらん。かふて参らせん。きる物の事は、べちに、めきゝも、いらず候。わきざしは、我ら、ぞんぜぬ事なれば、人に見せて、其後、きわめ申さん。是に、しばらく待《まち》給へ。」
とて、さけを、いだし、すゝめなどし、すかさゞるやうに、もてなし、扨《さて》、亭主は、となりへ、ゆき、
「しかじかの事あり。」
と、かたれば、
「さらば。」
とて、何《いづ》れも「ちゐん」かた[やぶちゃん注:ママ。「知音(ちいん)方」。]、彼是(かれこれ)、四、五人ばかり、來りて、まづ、此ものを、かこみをき[やぶちゃん注:ママ。]て、さまざま、せんぎしけるに、此もの、
「しさい、なき。」
よしを、たつて、あらそひける。
「さらば。」
とて、つゐに[やぶちゃん注:ママ。]、奉行所ヘ、うつたヘける。
奉行所にて、いろいろ、がうもん[やぶちゃん注:「拷問」。]にあひ、やがて、白狀しける。
「さては。僞(いつは)りもなき、とがにん也。」
とて、其まゝ、死罪に、おこなはれける。
かやうなるむくひは、世に、おほき事也。其衣類・わきざし、他所へも持(もち)てゆかずして、なんぞや、其ぬしのもとへ、持参する事は、是、いふばかりなき天罸なり。をそるべし、をそるべし[やぶちゃん注:ママ。原本は後半は踊り字「〱」。]。
是は、「とをとをみ」の人の、はなし也。
[やぶちゃん注:本文には、書かれていないが、古手屋の主人の子の安否が記されておらず、主人も、生存を頼みとするなら、奉行所に突き出す前に、それをこそ、糺すであろうに、それが行われておらず、奉行所も詮議一決で死罪としているところから、この息子は殺されているものと推測される。本書は、全体に、そうした肝心のリアルな人情・感情表現の部分に、欠落があるものが、先行する話に於いても、かなり目立つ。]
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