「和漢三才圖會」植物部 卷第八十四 灌木類 鼠李
[やぶちゃん注:図は良安の評言の最後にあるように、「和」のキャプションがある右手のそれが、本邦の「紫式部」のそれで、左下方のそれが、「漢」のキャプションがある、中国の「鼠李」の図である。どこから引き出した絵かは書かれていないが、明らかに「三才圖會」の「鼠李」からの模写と思われる。注の最後を参照されたい。]
むらさきしきぶ 山李子 楮李
烏巢子 牛李
鼠李 烏槎子 皂李
鼠梓 椑【音卑】
チユイ リイ 【苦楸亦名䑕梓
與此不同】
本綱䑕李生道路𨕙木高七八尺葉如李伹狹而不澤其
[やぶちゃん注:「𨕙」は「邊」の異体字。]
子於枝上四𨕙生生時青熟則紫黒色至秋葉落子尙在
枝又云其實附枝如穗人采其嫩者取汁刷染綠色
䑕李子【苦涼微毒】 治痘瘡黑䧟及出不快或觸穢氣黑䧟古
昔無知之者惟【錢乙小兒直訣】必勝膏用之䑕李子黑熟者入
砂盆擂爛生絹捩汁用石噐熬成膏收貯令透風毎服
一皂子大煎桃膠湯化下如人行二十里再進一服其
瘡自然紅活入麝香少許尤妙【如ム生者以乾者爲末水熬成膏也】
皮【苦微寒】 治大人口中疳瘡發背萬不失一䑕李根薔薇
根各細切濃煎【忌鐵】盛銅噐重湯煎待稠瓷噐收貯毎少
含嚥必瘥【忌醬醋油膩及肉】如發背以帛塗貼之神効
△按鼠李【俗云紫志木布】高五六尺葉似枔葉而畧團薄枝柔垂
四月開小花毎葉間有花淺紫色結實紫色秋落葉後
其子如穗遠視之則似萩花此與本草䑕李註相當也
伹所圖之形狀略異故別出圖
*
むらさきしきぶ 山李子《さんりし》 楮李《ちより》
烏巢子《うさうし》 牛李《ぎうり》
鼠李 烏槎子《うさし》 皂李《さうし》
鼠梓《そしん》 椑【音「卑《そ》」。】
チユイ リイ 【「苦楸《くしう》」も亦、「䑕梓《そしん》」
と名づく《も》、此れと同じからず。】
「本綱」に曰はく、『䑕李《そり》、道路の𨕙《ほとり》に生ず。木の高さ、七、八尺。葉、李《すもも》のごとし。伹《ただし》、狹《せばく》して、澤《うるほ》はず。其の子《み》、枝の上、四𨕙《しへん》に生ず。生《わかやか》なる時、青く、熟する時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則ち、紫黒色。秋に至りて、葉、落ち、子、尙を[やぶちゃん注:ママ]、枝に在り。又、云ふ、「其の實、枝に附きて、穗のごとし。人、其の嫩《わかき》者を采り、汁を取《とりて、》刷《すり》≪て≫、綠色を染む。」≪と≫。』≪と≫。
『䑕李子《そりし》【苦、涼。微毒。】』『痘瘡≪の≫黑《くろく》䧟(くぼみ)≪たるもの≫、及び、出《いで》て快《こころよ》からざる≪もの≫、或いは、穢《けがれたる》氣に觸れて、黑《くろく》䧟《くぼめる》を治す。古-昔《いにしへ》、之れ、知る者、無し。惟《ただ》【錢乙《せんいつ》の「小兒直訣《しやうにちよくけつ》」。】、「必勝膏」≪のみ≫、之れを用ふ。䑕李子の黑く熟する者、砂盆(すりばち)に入れ、擂(す)り、爛《ただら》かし、生絹《すずし/きいと》にて、汁を捩《ねじりしぼり》、石噐を用ひて、熬《いり》て、膏と成し、收貯《をさめたくは》へ、風《かぜ》を透(とを[やぶちゃん注:ママ。])さしめ、毎《つねに》、一《ひとつの》皂子《くろきみ》の大《おほい》さ≪の量を≫、「桃膠湯《たうかうたう》」を煎じて、服す。化下《くわげ》≪すること≫[やぶちゃん注:いろいろ調べたが、意味不明。無理矢理、「一回目の服用が、体内で変化を加え、それが鎮まったステージに至るところの、」の意味で採ってみた。]、人≪の≫行《ゆくこと》、二十里[やぶちゃん注:明代の一里は五百五十九・八メートルであるから、十一・一九六メートルであるから、二時間二十分程。]如(ばか)り≪の時(とき)の後(のち)≫、再たび、一服を進《すすむ》。≪然(さ)れば、≫、其の瘡《かさ》、自然に、紅《あかく》活《いきいき》≪となれり≫。麝香、少許《すこしばかり》を入れて、尤《もつとも》妙≪なり≫【如(も)し、生《なま》の者、無《なく》んば、乾したる者を以つて、末《まつ》と爲《な》し、水にて熬《い》り、「膏」に成すなり。】。』≪と≫。
『皮【苦、微寒。】』『大人≪の≫口中≪の≫疳(はくさ)[やぶちゃん注:現代中国語の「疳」には、そのような用法はないが、進行した「歯槽膿漏」のことか。]、背を《✕→》發≪せる≫瘡を[やぶちゃん注:ここはそのままでは到底読めないので、勝手に返して読んだ。]治す。萬《まん》に一《ひとつ》を失はず。䑕李の根・薔薇の根、各《おのおの》細切《ほそくきり》、濃《こく》煎《せんじ》【鐵を忌む。】、銅噐に盛り、重湯《おもゆ》≪に≫煎≪じて≫、稠(ねば)るを待≪ちて≫、瓷噐《じき》[やぶちゃん注:磁器。]に收め貯へ、毎《つねに》、少≪し≫、含-嚥(ふく)む。必《かならず》、瘥《いゆ》【醬《ひしほ》・醋《す》・油-膩《あぶら》、及び、肉を忌む。】如(も)し、發《せるが》、背ならば、帛《きぬ》を以つて、之れを塗-貼(はりつ)くる。神効≪あり≫。』≪と≫。
△按ずるに、鼠李【俗に云ふ、「紫志木布《むらさきしきぶ》」。】高さ、五、六尺。葉、「枔(びさゝぎ[やぶちゃん注:ママ。])」の葉に似て、畧《ほぼ》、團《まろ》く、薄し。枝、柔《やはらかに》垂れ、四月、小≪さき≫花を開く。葉の間、毎《つね》に、花、有り、淺紫色。實を結び、紫色。秋、落葉の後《のち》、其の子《み》、穗のごとく、遠く、之れを視れば、則ち、萩《はぎ》の花に似たり。此れ、「本草」≪の≫「䑕李」の註≪と≫、相≪ひ≫當《あた》≪る≫なり。伹《ただし》、圖する所《ところ》の形狀、略《ちと》、異《こと》なり。故に別に圖を出《いだ》す。
[やぶちゃん注:これは、良安が、和漢の図の違いを気にして並べた如く、「鼠李」と「紫式部」とは、残念ながら、全くの別種である。
○「鼠李」は、双子葉バラ目クロウメモドキ科Rhamnaceae(東洋文庫の本文解説初回の「鼠李」に附した割注は、この『(クロウメモドキ科)』である)
或いは、その下のタクソンである、
クロウメモドキ連Rhamneae
まで下げるか、或いは、属レベルの、
クロウメモドキ(黒梅擬:中文名「鼠李」)属 Rhamnus
或いは
中文名を「鼠李」とする Rhamnus davurica(同学名のグーグル画像検索をリンクさせておく)
のクロウメモドキ類であり(「維基百科」の「鼠李科」及び「鼠李属」には驚くべき数の種群と種が羅列されてある)、とても絞ることが出来そうもない。取り敢えず、英文ウィキの“ Rhamnus davurica ”の記載を示しておくと、『中国・朝鮮・モンゴル・東シベリア・日本を原産とする。北米には、現在、外来種として分布している』。『本種は一般的なクロウメモドキ類と似ているが、茎は、より太く、葉も、より長い。原産地では、高さ十メートルに達する』。『葉は対生し、原産地では長十三センチメートル、幅六センチメートルに達する』。『雄花は長さ一センチメートル弱で、雌花は、それより、少し小さい。果実は核果で、種子が二つ入っている』。『原産地である中国では、運河の縁などの湿った場所に植生している』とある。
一方、
✕「紫式部」は、シソ目シソ科Lamiaceaeムラサキシキブ属ムラサキシキブ Callicarpa japonica
である(東洋文庫の後注では、本種を『クマツヅラ科』Verbenaceaeとするが、これは古い「クロンキスト体系」(Cronquist system)や「新エングラー体系」(modified Engler system 又は updated Engler system)での旧分類である)。
但し、
前のクロウメモドキの種群は、種によって、中国にも日本にも分布するし、ムラサキシキブも日中ともに分布する。
しかし、今回は、クロウメモドキが、とんでもなく種が多いことから、両方を学術的に語ることが、かなり難しい。何故かというと、中国側の「鼠李」(クロウメモドキ類)を問題なく種同定することが、甚だ困難であるからである。これは、例えば、「コトバンク」の「日本大百科全書」と「ブリタニカ国際大百科事典」の項を見て貰っても、判る。前者は、
『北海道と本州の日本海側に分布する』。『漢方では干した果実を鼠李子(そりし)と称し、下剤とする。クロウメモドキ属は北半球を中心に約』百『種があり、日本には』七『種が分布する』
とする一方、後者では、
『日本特産』
と断言してしまっているからである。
さらにぶっちゃけ、私的なことを言い添えておくと、私は二十代の頃、行きつけの飲み屋の老主人の美しい若い奥方から、ムラサキシキブの成長した若木を頂戴し、昔の今の家の猫の額の庭に植え、相応に大きく育てて、花も実も賞翫した経験がある関係上、どうしても語りたい欲求が異様に強く働いてしまうからである。しかし、それでは、「本草綱目」のクロウメモドキと解説のバランスが、とれなくなってしまう。ここは、懐かしい遠い記憶を抑えて、ウィキの「ムラサキシキブ」をリンクさせるに留めることとした。悪しからず。
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「木之三」「灌木類」の「䑕李」([088-37b]以下)のパッチワークである。
「苦楸《くしう》」「中國哲學書電子化計劃」の「楸」の「康熙字典」の項に、『《曹植·名都篇》走馬長楸閒。又苦楸。』とあるのを見れば、これは、シソ目ノウゼンカズラ科キササゲ属トウキササゲ Catalpa bungei としたい。そう時珍がそう認識している可能性が、先行する「𣾰」の中にあることを、私が注で指摘している。
「李《すもも》」バラ目バラ科スモモ亜科スモモ属 Prunus 。
「錢乙《せんいつ》」(一〇三五年~一一一七年)は北宋後期の小児科医で、中国では「小児医学の鼻祖」と呼ばれている。
「小兒直訣《しやうにちよくけつ》」「小兒藥證直訣」が正式書名で、錢乙の著作中、唯一現存する小児科学書。東洋文庫版の巻末の書名注によれば、『上巻、脈證治法(小児の病の種類と症状)、中巻、記嘗所治法(実際の諸症の治療例)、下巻、諸方(薬)から成る』とある。
「必勝膏」中文(繁体字)のサイト「A+醫學百科」の「必勝膏」をリンクさせておく。ざっと見る限りでは、幼児の皮膚腫瘍疾患の性質(たち)のよくないものへの対症薬のようである。
「砂盆(すりばち)」擂鉢。この読みは東洋文庫のルビを採用した。
「桃膠湯《たうかうたう》」「株式会社癒雅 BtoB」の薬膳販売専用サイトのこちらによれば、『天然桃膠』『桃の樹膠』『天然植物コラーゲン』とし、『桃膠(とうきょう)とは桃の木から分泌された半透明の樹脂のことです。「桃の花の涙」とも言われ、古くから美容に貴重な薬膳食材です』。『桃膠(とうきょう)とは桃の木から分泌された半透明の樹脂のことです』。『日本ではあまり知られてないようですが、「桃の花の涙」とも言われ、中国では古くから仙薬として用いられており、滋養強壮や老化防止、特に美容効果が高い貴重な薬膳食材です』。『天然の桃の樹脂は真珠の粒ぐらいの大きさがあり、綺麗な琥珀色のものが一般的です。癒雅の桃膠は成分流出しないよう、桃の木から採った樹脂を直ぐに天日干しさせ無添加に仕上げております』。『水で戻すと』、十『倍ぐらいになります』。『白キクラゲや牛乳とあわせてデザートスープやドリンクを作る場合が多いです』。『味が優しくプリプリの食感で美味しい「桃膠」はいかがでしょうか』とある。なお、私は現代仮名遣で「とうこうとう」と読んでいる。このサイトの「とうきょう」の「きょう」は「膠」の呉音「キョウ(ケウ)」で読んでいる。私は、通常、漢字の音は、仏教用語等の特別な条件がない場合、迷わずに、漢音で読むことにしているための違いに過ぎない。
「其の瘡《かさ》、自然に、紅《あかく》活《いきいき》≪となれり≫」これは、瘡が潰れて陥没し、根を持って腫瘍化或いは壊死化しかけていたものを、正常な肌色に回復させることを言っていると採る。
「麝香」雄のジャコウジカ(鯨偶蹄目反芻亜目真反芻亜目ジャコウジカ科ジャコウジカ亜科ジャコウジカ属 Moschus に七種が現生する)の腹部にある香嚢(こうのう:麝香腺)から得られる分泌物を乾燥したもので、主に香料や薬の原料として用いられてきた。甘く粉っぽい香りを持ち、香水の香りを長く持続させる効果があるため、香水の素材として古くから重要なものであった。また、興奮作用・強心作用・男性ホルモン様作用といった薬理作用を持つとされて、本邦でも伝統的な秘薬として使われてきた。ジャコウジカ及び麝香の詳しい博物誌は私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 麝(じやかう) (ジャコウジカ)」を参照されたい。
少許《すこしばかり》を入れて、尤《もつとも》妙≪なり≫【如(も)し、生《なま》の者、無《なく》んば、乾したる者を以つて、末《まつ》と爲《な》し、水にて熬《い》り、「膏」に成すなり。】。』≪と≫。
「圖する所《ところ》の形狀、略《ちと》、異《こと》なり。故に別に圖を出《いだ》す」既に述べた通り、例の「東京大学」内の「三才図会データベース」の画像をトリミングして示す。絵の方は、かなり汚損を清拭した。
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