「神威怪異竒談」(「南路志」の「巻三十六」及び「巻三十七」)正規表現電子化注「巻三十六」 西寺怪異
[やぶちゃん注:凡例・その他は初回を見られたい。底本の本篇はここから。「西寺」は室戸岬の西の根方にある第二十六番札所金剛頂寺(こんごうちょうじ)の別称。これは、室戸岬で、岬の先端部にある第二十四番札所最御崎寺(ほつみさきじ)を「東寺」と呼び、その対称名である(孰れもグーグル・マップ・データ)。]
西寺(にしでら)怪異
文化元(ぐわん)子年(ねどし)[やぶちゃん注:一八〇四年。享和四年二月十一日(グレゴリオ暦一八〇四年三月二十二日に改元。]、西寺、大破にて、御作事(おんさくじ)、願出(ねがひいで)られしに、役人、見聞(けんぶん)有(あり)て、
「先(まづ)、當時御繕(まさにときにおんつくろふべき)にて、可濟(すむべし)。」
と、詮義、極(きはま)りけるに、西寺より、再願(さいぐわん)に、
「山中(さんちゆう)の良材、伐用可申間(きりもちひまうすべきあひだ)、何とぞ、御作事被仰付度(おほせつけられたく)。」
被願(ねがはれ)し故、其(その)儀に變(へん)じて、御作事、有(あり)。
成就して、翌丑正月、役人・大工、一同に歸(かへり)ける。
其二月初(はじめ)、上段と座敷との間、偶ミ[やぶちゃん注:ママ。「隅(すみ)」。]の檜柱(ひのきばしら)の角(かど)を、何やら、くはへたる[やぶちゃん注:噛みついた。]と見へて、大成(おほきなる)歯の跡、三つ程、有(あり)。
又、くはへ替(かへ)たるにや[やぶちゃん注:噛み変えたものであろうか。]、疊より、三尺ばかり上を、食(く)ひ裂ける歯の跡、數々、有(あり)。
翌朝、寺主(てらぬし)、見付(みつけ)られ、
「何ぞ、入來(いりきた)るものや、有る。」
と、尋見(たづねみ)られけるに、座敷二方、雨戶指(あまどさし)にて、雨戶の立付(たてつけ)、五寸[やぶちゃん注:十五・二センチメートル。]斗(ばかり)、明(あ)き、有之(これ、あり)し由(よし)。
「外に何も替(かは)る事、無かりし。」
と也。
否(いなや)[やぶちゃん注:ここは副詞で、「それを受けて、直ちに」の意。]、寺社方(じしやがた)へ屆出(とどけいで)、
「柱、取替可申哉(とりかへまうすべきや)。」
と被窺(うかがはせ)けるに、
「其儘(そのまま)、可置(おくべし)。」
由(よし)の御下知(おんげち)、有之(これあり)、とぞ。
其後(そののち)、辰正月[やぶちゃん注:文化五年戊辰(一八〇八)年。]、平道、西寺へ行(ゆき)し時、見て來りける。
「誠に奇怪の事なり。」
と、語る。
[やぶちゃん注:前話の舟に噛みつく怪異「海犬」と、意識的に親和性を以って配したものであろう。この隙間なら、鼠や、夜行性の野生の獣類(或いは、その若い個体。例えば、狸。狸は木に登れる。当時、四国には既に狸がいた。但し、狐はいなかった)が入り込むのは容易である。
「平道」不詳。筆者の家人・下人の一人か、知人であろう。「ひらみち」と訓じておく。]
« 「和漢三才圖會」植物部 卷第八十四 灌木類 金櫻子 | トップページ | 「神威怪異竒談」(「南路志」の「巻三十六」及び「巻三十七」)正規表現電子化注「巻三十六」 槿花宮 »