「和漢三才圖會」植物部 卷第八十四 灌木類 楮
かうぞう
穀【音媾】 構【同】
楮【音】 穀桑
【和名加知】
【俗云加宇曽】
从𣪊从木五穀之
穀从禾
[やぶちゃん字注:「かうぞう」はママ。歴史的仮名遣は「かうぞ」である。大標題下の割注の「音」のみ(欠字)もママ。「楮」は呉音・漢音ともに「チヨ」(現代仮名遣「チョ」)である。現在の一般的な漢字ならば、「緒・著・貯」等となろう。「穀【音媾】」もママであるが、本邦の「穀」の音は、一般には「穀」は「コク」であるが、「廣漢和辭典」を見ると、実は「コウ」と「ク」の音があることが判った。「媾」は漢音で「コウ」、呉音で「ク」であり、更に言うと、同辞典の「穀」の意味の⑫には、『木の名。こうぞ(かう◦ぞ)』とあるのである。而して、この『穀【音媾】 構【同】』の部分は、良安が附したのではなく、「本草綱目」の「楮」の『釋名』の冒頭に、『【穀、音「媾」。亦、「構」に作る。】』(私が訓読した)とあるのを引いたものなのである。]
本綱穀與楮乃一種枝葉相類不必分別惟有雌雄辨之
雄者皮班而葉似葡萄葉而無椏叉三月開花成長穗如
柳花狀不結實
雌者皮白葉相似而有椏叉亦開碎花結實如楊梅半熟
時水操去子蜜煎作果食之
二種樹並易生葉多澀毛剝皮擣煮造紙亦緝練爲布不
堅昜朽其木腐後生菌耳味甚佳好以楮樹皮間白汁和
白及飛麪調糊接帋永不脱解過于膠𣾰
[やぶちゃん字注:「帋」は「紙」の異体字。]
楮實【甘寒】 一名楮桃又名穀實治陰痿水腫益氣𭀚肌明
目久服不飢不老壯筋骨補虛勞
△按楮皮今多造紙又織布徃昔稱木綿【訓由布】是也今亦
祭祀人被木綿繈者象上古之衣服乎
*
かうぞう
穀《コウ》【音「媾《コウ》」。】 構《コウ》【同じ。】
楮【音。】 穀桑《こくさう》
【和名、「加知《かぢ》」。】
【俗、云ふ、「加宇曽《かうぞ》」。】
「𣪊」に从《したがひ》、「木」に从≪ふ≫。
「五穀」の「穀」は、「禾」に从≪ふ≫。
「本綱」に曰はく、『穀《こう》と楮《ちよ》と≪は≫、乃《すなはち》、≪同≫一種≪なり≫。枝葉、相《あひ》類《るゐ》して、必≪しも≫分別≪なら≫ず。惟《ただ》、雌雄、有りて、之れを辨《べん》ず。雄は、皮、班《まだら》にして、葉は、葡萄(ぶどう[やぶちゃん注:ママ。歴史的仮名遣は「ぶだう」。])の葉に似て、椏叉《きれこみ》[やぶちゃん注:読みは東洋文庫訳を参考にした。]、無く、三月、花を開き、長≪き≫穗を成し、柳の花の狀《かたち》のごとし。實を結ばず。』≪と≫。
『雌は、皮、白くして、葉、相《あひ》似て、椏叉《きれこみ》、有り。亦、碎(くだ)けたる花を開き、實を結ぶ。楊梅(やまもゝ)のごとし。熟≪する≫の時、水に操《こし》て[やぶちゃん注:「漉して」。東洋文庫訳を参考にした。]子《たね》を去り、蜜《みつ》に煎じて、「果《くだもの》」と作《なして》、之れを食ふ。』≪と≫。
『二種の樹、並びに、生へ[やぶちゃん注:ママ。]易く、葉に、澀《しぶき》毛《け》、多し。皮を剝(は)ぎ、擣《つ》き、煮て、紙に造る。亦、緝(う)み、練(ね)りて、布《ぬの》に爲《つく》る。≪木は、≫堅からず、朽ち昜《やす》し。其の木、腐(くさ)りて後《のち》、菌-耳(くさびら)を生ず。味、甚だ佳好《かかう》なり。楮《ちよ》≪の≫樹≪の≫皮の間の白≪き≫汁を以つて、白及《はくきゆう》の飛麪《ひべん》[やぶちゃん注:東洋文庫割注に『(篩(ふるい)にかけた粉)』とある。]に和して、糊(のり)に調《ととの》へ、帋《かみ》を接(つ)く。永く脱-解(はな)れず、膠《にかは》・𣾰《うるし》に過ぎたり。』≪と≫。
『楮實《ちよじつ》【甘、寒。】 一《いつ》≪に≫、「楮桃《ちよたう》」と名づく。又、「穀實《こうじつ》」と名づく。陰痿[やぶちゃん注:インポテンツ(ドイツ語:impotenz)。勃起障害。近年は英語の「ED」(Erectile Dysfunction)の言い方の方がよく知られている。]・水腫を治す。氣を益し、肌を𭀚《みたし》、目を明にす。久《ひさしく》服すれば、飢へ[やぶちゃん注:ママ。]ず、老いず、筋骨を壯にし、虛勞を補ふ。』≪と≫。
△按ずるに、楮《かうぞ》の皮、今、多く、紙に造り、又、布に織る。徃-昔(そのかみ)、「木綿(ゆふ)」と稱す【訓、「由布《ゆふ》」。】≪るは≫、是れなり。今も亦、祭祀の人、木-綿-繈(ゆふだすき)を被《きらるる》は、上古の衣服を象《かた》どるか。
[やぶちゃん注:この李時珍の言う「楮」(音は現代仮名遣で「チョ」)は、既に前の前の「柘」で詳細に考証した通り、
◎双子葉植物綱バラ目クワ科コウゾ属カジノキ Broussonetia papyrifera
であり、「本草綱目」が「同一種」としつつ、「雌雄の別がある」と言っているのも、カジノキが雌雄異株であることに基づく謂いであり、その点では、誤ってはいないとは言えるのである。しかし、問題なのは、良安が、この「穀」=「楮」=「構」を、実際には「カウゾウ」(歴史的仮名遣「カウゾ」/現代仮名遣「コウゾ」)と訓じていると読め、それは、現行では、同一種ではなく、コウゾ属ヒメコウゾ Broussonetia monoica と、上記カジノキの雑種(交雑種)と考えられている、
バラ目クワ科コウゾ属コウゾ Broussonetia × kazinoki
として認識した状態で「本草綱目」を読み、自身の評言も書いてしまっているのである。但し、そちらで引用したように、ウィキの「コウゾ」によれば、『本来、コウゾは繊維を取る目的で栽培されているもので、カジノキは山野に野生するものであるが、野生化したコウゾも多くあ』り、『古代においては、コウゾとカジノキは区別していな』かったとある通りで、良安一人の誤りではなく、恐らくは、少なくとも江戸時代の本草学者は、皆、カジノキとコウゾを全くの別種としては、弁別していなかったと私は考える。例えば、本書の成立よしごく少し早く書かれた貝原益軒の「大和本草」では、「カジノキ」に相当する「項」はなく、国立国会図書館デジタルコレクションの「卷之十 木之上」の「楮」の項では、『紙ヲ漉ク木也一名カウゾ一名カヂノ木猶其種類アリ』と冒頭に記している。これは、この二つの名が一般に「楮」に当てられており、それとは別に似た種類や、似て非なる種類があり、又、違った種だが、紙の原材料となる植物(所謂、「楮」と並び称せられる和紙原料の「三椏」=バラ亜綱フトモモ目ジンチョウゲ科ミツマタ属ミツマタ Edgeworthia chrysantha )や「雁皮」=ジンチョウゲ科ガンピ属ガンピ Diplomorpha sikokiana :益軒のそれでは「楮」のすぐ後の次のコマに「和品」「ガンヒ」がある)があるといった意味だろう。いや、何より、ウィキの「カジノキ」には、『和名「カジノキ」は、コウゾが古くは「カゾ」といい、本種はそれが転訛した名だといわれている』。『古い時代においてはヒメコウゾとの区別が余り認識されておらず、現在のコウゾはヒメコウゾとカジノキの雑種といわれている』(この言い方が非常に気になる。これは、今も学術的には論争があると言った感じがするのである。しかし、そうなると、ますます面白い。近代になって突然に雑種が生まれたと考えるのは無理があるから、現代でも両種を同じだとする学者がいるということになるからである)。『また、江戸時代に日本を訪れたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトも』、『この両者を混同してヨーロッパに報告したため』、『今日のヒメコウゾの学名が』、 Broussonetia kazinoki 『となってしまっている』とあるのを見ても、私の推定は外れていないと思うのである。
なお、英文の同属のページを見ると、“ Broussonetia × kazinoki Siebold – Japan, Korea, and the Ryukyu Islands ”とあるのだが、これは誤りである。「維基百科」にはカジノキ相当の「楮構」があって、そこには、別名を「楮」(これまた、困ったちゃんの別名やなぁ)・「小構樹」とし、『中国の西南・華南等の地に分布し、宅地の近傍にも植生している』とあり、さらに、『中国で宋・金・元代に発行された「會子」・「寳錢」などの紙幣は、殆んどがこの樹皮から作った紙で出来ており、「楮幣」と呼ばれていた』とあった。英語のウィキも当てにならんな。
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「木之三」の「楮」([088-11b]以下)のかなり分量があるところからのパッチワークである。
『「𣪊」に从《したがひ》、「木」に从≪ふ≫。「五穀」の「穀」は、「禾」に从≪ふ≫』は「本草綱目」には、ない。どこから引き出してきたかは、調べてみたが、判らなかった。何らかの、中国の辞書であろうとは思われる。この「𣪊」の字は、「K'sBookshelf 辞典・用語 漢字林」のこちらによれば、『㱿』=『𣪊』・『𣪛』で、音は『カク』・『コク』とし、『ものの表面を覆(おお)って中にあるものを保護している堅(かた)い外皮ガイヒ、カニ(蟹)やエビ(海老)などの甲羅コウラ、貝類や卵などの外皮、果実や実の表面の堅い外皮など、同「殼」』とし、また、『吐(は)く、口から声やものを外に出す』の意とする。
「楊梅(やまもゝ)」良安が「本草綱目」の引用で和名をルビされると、今までの異種同漢字問題の関係上、反射的に神経症的になるのだが、幸い、これは、ブナ目ヤマモモ科ヤマモモ属ヤマモモ Morella rubra であった。ほっとした。「維基百科」の「楊梅」を参照されたい。
「葉に、澀《しぶき》毛《け》、多し」ウィキの「カジノキ」に、『葉は大きく、楕円形から広卵形で』、『若木では浅く』三~五『裂し、表面に毛が』、『一面に生えて』、『ざらつく』とある。
「其の木、腐(くさ)りて後《のち》、菌-耳(くさびら)を生ず。味、甚だ佳好《かかう》なり」調べてみると、一本の野生のカジノキの倒木上で採取された菌界担子菌門ハラタケ亜門ハラタケ綱ハラタケ目タマバリタケ科エノキタケ属エノキタケ Flammulina velutipes の野生種間の遺伝的差異についての論文があった。わざわざ特異的な発生を素材に選ばれるとは思われないので、これで決まりとしておく。ウィキの「エノキダケ」(榎茸)にも、『エノキ、カキ、コウゾ』(☜)、『イチジク、コナラ、クヌギ、クワ、ポプラ、ヤナギ、ケヤキ、ヤブツバキ、シイ、カシ、ユズリハなどの広葉樹の枯れ木や切り株に寄生する木材腐朽菌(腐生性)』とあった。
「白及《はくきゆう》」単子葉植物綱キジカクシ目ラン科セッコク亜科エビネ連 Coelogyninae 亜連シラン属シラン Bletillastriata のことか。これ、及び、ラン科 Orchidaceae の一部の種に見られる茎の節間から生じる貯蔵器官である偽球茎(偽鱗茎:英語:pseudobulb)は、漢方生薬「白及」(ハッキュウ)と称し、止血や痛み止め・慢性胃炎に処方される。
「楮實《ちよじつ》」『一《いつ》≪に≫、「楮桃《ちよたう》」と名づく。又、「穀實《こうじつ》」と名づく。陰痿』「を治す」中文の「抖音百科」の「楮桃」を閲覧。写真と学名でカジノキと判った。その「功能主治」の項に『肾虚』と『阳痿』とあった。前者は「腎虛」で、漢方で、腎水(精液)が涸渇し、身体が衰弱すること。房事過度によって発症する性的衰弱症であり、後者の「阳」は「陰」の簡体字であるから、「impotenz」「ED」である。
「木綿(ゆふ)」「木-綿-繈(ゆふだすき)」ウィキの「木綿(ゆう)」を引く(注記号はカットした)。『木綿(ゆう)とは、楮(こうぞ)のことであり、それを原料とした布のことである。楮の木の皮を剥いで蒸した後に、水にさらして白色にした繊維である』。『伊勢神宮の神事など麻を原料として単に木綿(ゆう)と記される。神宮式年遷宮や他の神社でも遷座では頭に巻いたり、たすき掛けにして用いられる。真麻木綿(まそゆう)とも』。『古代、日本に木綿(もめん)が伝わらなかった時代には、麻を主としつつも、様々な植物が糸・布の原料として利用された。楮もその一つで、そこからとった「ゆう」(旧仮名遣いで「ゆふ」)が「木綿」と書かれた。これを織って作った布は太布(たふ)、栲(たえ/たく)、栲布(たくぬの)などと呼ばれる。ただし、太布は藤蔓(ふじつる)からとった布も含む。また、木綿(ゆう)から作られた造花を木綿花(ゆうはな)と言う』。『神道においては木綿(ゆう)を神事に用いる。幣帛として神に捧げるほか、紙垂にして榊に付けた木綿垂(ゆうしで)、冠に懸けた木綿鬘(ゆうかずら)、袖をかかげる襷に使用した木綿襷(ゆうだすき)である』。『木綿鬘は、厳重な斎戒の表象であり、実際には麻を用いて頭に直接巻き、神宮式年遷宮にて、また他の神社でも遷座の際に用いる。木綿襷は、同じく遷宮・遷座の際にかけ、ここでも実際には麻を使い、宮司が左右の肩から斜めに両脇にかけ、それ以下の者は左肩から右脇にかける。伊勢神宮の神事においては、木綿鬘や木綿襷、大麻(おおぬさ)には木綿(ゆう)と』『あるが』、『麻を用い、玉串や大麻の麻苧を木綿(ゆう)と呼ぶ。木綿襷は、最も古い事例では』、五世紀の『允恭天皇』四『年』『の』九『月に盟神探湯(くがたち)を行った際に各人がつけた』とあり、伊勢神宮の内宮の皇大神宮に於ける神御衣祭(かんみそさい)で木綿鬘を頭に巻いた神職らの写真がある。]
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