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2024/08/26

「神威怪異竒談」(「南路志」の「巻三十六」及び「巻三十七」)正規表現電子化注「巻三十六」 豊永郷下土居村怪獣

[やぶちゃん注:凡例・その他は初回を見られたい。底本の本篇はここ。]

 

   豊永郷(とよながう)下土居村(しものどゐ)怪獣(あやしきけもの)

 寬保二戌(みづのえいぬ)年六月、豊永郷下の土居村に、怪敷(あやしき)獸(けもの)、出(いづ)

 頭(かしら)は、牛の如く、大(き)さ八尺廽(まはり)[やぶちゃん注:頭部の廻り二メートル四十二センチメートル。]も有(ある)らんと、みゆ。

 首より上は、毛、赤く、又、角も、なし。

 首より下は、又、毛、黑し。

 胴の廽り、弐(に)丈[やぶちゃん注:六・〇六メートル。]も有(ある)らん。

 背は、くゞみ、手は短く、足は長し。

 人の如く、立(たち)ても、步む也。

 村の小川へ來り、深き所にて、水を浴(あび)ては、川原(かはら)へ、上(あが)り、休む。

 終日(ひねもす)、如此(かくのごとく)す。

 力(ちから)も、强きものと見えて、岩肌を起(おこ)す。

 村の者、恐れて、三町[やぶちゃん注:三百二十七メートル。]斗(ばかり)、隔(へだて)て見るに、獸(けもの)、一日(いちにち)、有(あり)。

 翌日、隣村(となりむら)へ行(ゆき)、又、一日、有(あり)て、他村(ほかのむら)へ行(ゆき)、次㐧次㐧に、他(ほか)へ行(ゆき)て、終(つひ)に行方不知(ゆくへしれず)と也(なり)。

 一説に、𫪉龜の類(たぐひ)也。

 勝賀瀨山(しやうがせやま)にも、折々、出(いづ)る、と也。

「旱(ひでり)、續けば、出(いで)て、川辺(かはべ)に、のぼるもの也。」

とぞ。

 

[やぶちゃん注:「豊永郷(とよながう)下土居(しものどゐ)村」現在の長岡郡大豊町(おおとよちょう:グーグル・マップ・データ)の旧豊永郷。近世では、現在の大豊町の内、北西部を除く大部分の地域を指す。「下土居村」は「ひなたGPS」の戦前の地図で確認でき、国土地理院図では、現在は「東土居」と「西土居」に分かれて地名が存続している。現在の土讃線「豊永駅」を含む吉野川上流右岸である。ロケーションは、さらに拡大した、この東土居と西土居の間に流れる「南小川」(みなみおがわ:両地図で明記されてある)が吉野川に流れ込む箇所である。

「寬保二年六月」グレゴリオ暦一七四二年七月二日から七月三十日相当。

「牛の如く」妖獣「川牛」がある。私の『柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「河童駒引」(22) 「川牛」(2)』の本文及び私の注を見られたい。そこでは、以下で述べるように、この妖獣の正体をニホンスッポンに同定している

「翌日、隣村(となりむら)へ行(ゆき)、又、……次㐧次㐧に、他(ほか)へ行(ゆき)て」先の地図で判る通り、下土居が吉野川への合流点であるから、まず、この南小川を遡上して、姿を消したということである。この川は概ね、グーグル・マップ・データ航空写真で示すと、国道四百三十九号(概ね右岸)に沿って流れがあり、京柱峠(きょうばしらとう)の手前で南東に折れたところ(小桧曽山(こびそやま)北西麓)が源流である。ざっくりと流域距離を実測してみたところ、十四・五キロメートルはある。但し、この川には十三の分流があるので、そのどこかに潜り込んだ可能性もある。

「𫪉龜」実は、これは、「近世民間異聞怪談集成」を採用したのだが、底本では、上部に「口口」を並べ、「一」を引いたように見え、国立公文書館本27)に至っては、それを「龜」に下方で合体させた一字のように書かれてある。ネットでも「𫪉」の読みさえも判らず、万事休すであったが、調べるうち、国立国会図書館デジタルコレクションの「土佐鄕土民俗譚」(寺石正路著・昭和三(一九二八)年日新館書店刊)の「第廿一 山猫並怪獸」の章の、「其七十六 怪獸」の冒頭の第一段落に、本篇が載るのを見出し、そこでは『羆(ひぐま)の類なりしか』(文末表現の微妙な相違が気になる)とあった。しかし、狭義のヒグマは北海道にしかいないから、これはツキノワグマということになる(現在は、徳島県三好市東祖谷菅生(ひがしいやすげおい)にピーク(千九百九十五メートル)を持つ剣山(つるぎやま)周辺にしか生息していない四国では絶滅危惧種である。しかし、この漢字の下部(一字として考えた場合)は「熊」の崩し字では絶対になく、やはり「龜」である。また、本篇を現代誤訳したものが、サイト「座敷浪人の壺蔵」の「あやしい古典の壺」の「豊永郷の怪獣」としてあるが、そこでは、『これは鼈(すっぽん)の仲間で』となっている。鼈の異体字にこの奇体な漢字はないが、叙述全体からは、「首より上は、毛、赤」いとか、「首より下は、又、毛、黑」いとし、「胴の廽り、弐(に)丈」という辺りに不審部分もあるが(沖縄県読谷村の「沖縄ハム総合食品」のスッポン養殖場で、甲長四十センチメートルで、体重七・九六キログラムが見つかっている)が、そもそも村人は恐れてかなり遠くから観察したものであるから、カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科キョクトウスッポン属ニホンスッポン Pelodiscus sinensis の超大型個体を見間違えたとするのが、最も現実的ではあると思われる。

「勝賀瀨山(しやうがせやま)」既出既注であるが、再掲しておくと、現在の高知県吾川(あがわ)郡いの町(ちょう)(三村が二〇〇四年に合併して、その中の「伊野村」の名を継承して、ひらがな化したもの)の勝賀瀬地区。「勝賀瀨山」の山名は確認出来ないが、同地区内のピークとしては、「ひなたGPS」の国土地理院図の「602.8」が有力候補となろう。しかし、ここは四十一キロメートル以上南西に離れており、両地区の水系は繋がっていない。但し、ニホンスッポンは、陸上でも驚くべき速さで、長い距離を陸歩行出来る文字通り「怪獣並み」の離れ業をすることが可能であり、やや離れた別個の水系群を繋ぎながら遡って、この吉野川上流まで来ることは「絶対にない」とは、断言は出来ない。まあ、別な巨大個体とする方が現実的ではあるが。それに、古くから食用にされたニホンスッポンの近世の怪奇談は、実はかなりメジャーによくあるのである。絵入りの私の「北越奇談 巻之五 怪談 其五(すっぽん怪)」を見られたい。

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