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2024/09/17

「神威怪異竒談」(「南路志」の「巻三十六」及び「巻三十七」)正規表現電子化注「巻三十六」 鷲𤔩人并吉本蟲夫歌

[やぶちゃん注:凡例・その他は初回を見られたい。底本の本篇はここ私は「目録」で注して、『「𤔩」は、この場合は「摑(つか)む」の意。「近世民間異聞怪談集成」では、「蟲」(そちらの表記は「虫」)を右補正注して『(義)』とする。これは当該話で再検討する。』と述べた。国立公文書館本の「目録」(6)でも同じく「蟲夫歌」である。後注で結論を述べる。

 

     鷲𤔩人(わし、ひとをつかむ)并(ならびに)吉本蟲夫歌

 立田故庵、先年、北山分(ぶん)へ、病用(びやうよう)に行(ゆか)れしに、民間(みんかん)なれば、一ト間の內、囲庵裏(ゐろり)に健(すこや)か成(なる)老人、火に當り居(をり)ける。亭主の父也。

 故庵、老人は能(よき)年と見ゆるが、

「達者そう[やぶちゃん注:ママ。]に見ゆる。」

抔(など)と云ひければ、脇より、答へけるは、

「此老人には珍敷(めづらしき)咄(はなし)御座候。此者、親は、猟師にて御座候。此老人、幼少の頃、襁褓(ムツキ)に包み、戶口に差置(さしおき)、夫婦とも、庭にて、銘〻(めいめい)、働居(はたらきをり)候處、山辺(やまべ)にて候へば、鷲、一羽(いちは)來り、小兒(しやうに)を𤔩(つか)みて、飛上(とびあが)り候を、親、見付(みつくる)否(いなや)、鐵鉋(てつぱう)を、ひつさげ、出(いで)て見候へば、遙(はるか)、上(うへ)の、髙き木の上に、留(とま)り居(をり)候。

『最早、子は捨物(すてもの)に仕(つかまつり)、責(せめ)ては、敵(かたき)を打(うつ)て、報(むくひ)を爲申度(なしまうしたく)。』

存(ぞんじ)、狙(ねら)ひて打(うち)候へば、雲井(くもゐ)はるかに飛上(とびあが)り、弥(いよいよ)、

『是非なき事。』

に、おもひ、夫婦ともに、啼(ナキ)さけび居(をり)候處に、ふしぎに、空より、何かはしらず、舞落(まひおち)候故、

「扨は。玉が當りて落(おつ)るものならめ。責(せめ)ては、敵(かたき)を打(うつ)て、嬉敷(うれしき)事也。』

と存(ぞんじ)、落(おち)たる所へ、かけ付見(つけみ)候へば、幸(さひはひ)に、子は、「むつき」ごしに、つかみ候へば、少(すこし)も、疵(きず)、不附(つかず)して、笑居(わらひをり)ける。鷲は、死(し)して居(をり)申候。不思義[やぶちゃん注:ママ。]成(なる)命を助(たすか)り候。則(すなはち)、此老人にて候。」

と語りける、とぞ。[やぶちゃん注:以下の「附けたり」の話柄は底本でも、改行されてある。]

 本山鄕(もとやまがう)の内にて、有りし[やぶちゃん注:「話し」の略。]。村名は忘れたり。

 十四、五歲の子、三歲斗(ばかり)成(なる)小兒をつれて、山中(さんちゆう)に遊び居(をり)けるを、何やら、來(きた)り、小兒を、𤔩(つか)みて、迯去(にげさ)りぬ。惣分(そうぶん)[やぶちゃん注:これは、「総て」の意で、「辺り一帯(は普段から)」ということであろう。]、霧深き所ゆゑ、何(なん)にて有(あり)けん、不知(しらず)、終(つひ)に、行方(ゆくへ)しれざりし也(なり)。

 里人、

「鷲にて、あるべし。」

と、いへり。

 此時、吉本外市(よしもとそといち)、本山鄕の庄屋にて有(あり)し。此事(このこと)を聞(きき)て、哥(うた)を、よみける。

  はへばたてたてばあゆめと撫(なで)し子の

      床夏(とこなつ)ならで秋うせにけり

  白銀(しろがね)にこがねに玉にかへぬ子を

      ものにとられしおやの心は

 

[やぶちゃん注:「立田故庵」「たつたこあん」と読んでおく。如何にも医師らしい通称ではある。

「北山分」「北山」は現在の高知県長岡郡本山町(もとやまちょう)北山(グーグル・マップ・データ航空写真)であろう。吉野川上流左岸の山間地である。「ひなたGPS」で戦前の地図も見られたい。「分」は「ぶん」で、北山地区の持ち分の地の意であろう。山中で飛地(とびち)があった可能性もあり、その「飛地分」の意かも知れない。

「本山」は前と同じロケーションで、現在の高知県長岡郡本山町(もとやまちょう)。

 さて、標題の「蟲夫」では、意味が全く通らない。ここで言っておくと、実は、「近世民間異聞怪談集成」本文では、短歌を作った庄屋の名を『青本外市』と起こしているのだが、底本、及び、国立公文書館本47)を見ても、これは「青(靑)」ではなく、「𠮷」(底本)・「吉」(国立公文書館本)の崩し字である(またまた、素人並みの誤判読だ!)。さて。「近世民間異聞怪談集成」が補正傍注する「義夫」とは「ぎふ」で、これ、「義」=「義俠」で「義の夫(をのこ)」の意なのであろう。この本山郷の庄屋吉本外市が、この鷲に子を攫われた父母の悲しみを汲んで、この二首を詠じたのを、「義侠心に富んだ御人(ごじん)」として作者が讃えて標題とした――ということであるようである。

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