葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版 七面鳥になつた男
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここから。]
七面鳥になつた男
七面鳥の飛ぶのを仕事のやうに見てゐたジヤツク●フエイは、或る日、獨りでかう云つた。
「おれだつて飛べないわけはない。翼さへあれやなんでもない。なに、おれが賴めば、おれの七面鳥が、どれか翼を貸してくれるだらう」
處で、まづ彼は、腕で空氣を擊つ練習をした。彼のまはりに、風と埃とが起るほど早く、腕で空氣をうつのである。
足の方はどうかと云ふと、足は獨りでに步いてゐる。これも泳ぐ時のやうに使へばいゝわけである。
そこで彼は、死にかけてゐた一羽の七面鳥をつかまへて、その翼を引拔いた。それから、それをしつかり臂《ひぢ》に括りつけて、愈々一大飛躍を試みやうとした。
彼は草原の中で、自分の七面鳥が逃げ狂ふ間を、走り𢌞り、跳ね上りした。翼を拔かれた七面鳥は、血で眞つ赤になつて、渦を卷いてゐた。時々彼は尻餅を搗いた……試にしである[やぶちゃん注:ママ。「試しに」の誤植。]。
「これでよし」彼は云つた「さあ、一つやつて見るか」彼は川岸の一本の古柳を選んだ。幹の節《ふし》くれを傳つて容易に登ることができる。枝を拂つた頭が、丁度自然の小さなプラツトフオームになつてゐた。
下には、濁つた川が深い眠りを眠つてゐるやうに見えた。そして、寄つてはすぐ消える輕い皺は、夢を見て笑つてゐるのかと思はれた。
「若しおれが、最初一囘飛び損なつても」ジヤツクは言つた「水浴びをするだけのことだ。痛かつたところで知れたもの、上等な寢臺の上へ落ちるのと違ひはない」
準備ができた。
七面鳥の群《むれ》は、ゴロゴロ啼きながら、彼の方に首を伸ばしてゐた。そして、翼を拔かれた七面鳥は、草叢の中で息を引取らうとしてゐた。
「いゝち!」と、ジヤツクは柳の木の上に立ち上つて、臂を擴げ、踵《かかと》をそろへ、眼を、やがて舞ひ上らうとする雲の彼方に注いで、云つた。
「にいツ!」と、また彼は、長く息を吸ひ込んで云つた。
「さん」は云はないで、決然として空中にからだを投げ出した。空と水との間に飛び込んだ。七面鳥の番をしてゐたジヤツク●フエイの姿を、それから見たものはなかつた。
[やぶちゃん注:「七面鳥」『「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「七面鳥」』の本文と私の注を見られたい。なお、その「二」のパートは本作の後の方に出てくる。
「柳」原文は“saule”。本邦の場合は、殆んどの読者が「しだれ柳」、キントラノオ目ヤナギ科ヤナギ属シダレヤナギ Salix babylonica var. babylonica、をイメージしてしまうが、フランスの場合、一般的な柳は、セイヨウシロヤナギ Salix alba であろう。フランスの「Van den Berk UK Limited」公式サイト内の同種のページに多数の画像があるので、見られたい。まず、我々の想像し得る「柳」とは、ほぼ埒外の形状である。]
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