「神威怪異竒談」(「南路志」の「巻三十六」及び「巻三十七」)正規表現電子化注「巻三十六」 比江村百姓狼之毒
[やぶちゃん注:凡例・その他は初回を見られたい。底本の本篇はここから。狼の恐ろしさの関連で前話と直連関する怪異譚である。特に冒頭に第一話は、ちょっと聞いたことがない悲惨な結末である。]
比江村百姓狼之毒(おほかみのどく)
比江村の百姓、先年、大旱(おほひでり)にて、夜分に、田へ、水を仕掛(しかけ)に行(ゆき)、田に臥(ふし)て居(をり)ける。
其所(そのところ)は、山に近き所にて、尋常、夜分、狼(おほかみ)など來りける。
右の者、臥(ふし)たる上を、山犬(やまいぬ)、來り、飛越(とびこ)しに、
『何やら、「ひやり」と、かゝりし。』
と、覺へ[やぶちゃん注:ママ。]しに、半身(はんしん)、痒(シビレ)、口、噤(つぐ)み[やぶちゃん注:喋ることが出来ず。]、手足も、半身、屈(カヾミ)て、用に不立(たたず)、世渡(よわたる)手業(てわざ)も難成(なしがたく)して、終(つひ)に乞食と成(なり)けると也。
「惣(そう)じて、山犬に逢ふたる時、つまづき轉(ころば)ぬが、肝要也。山犬、跡(あと)・先(さき)へ行(ゆき)、若(もし)も、ころびぬれば、必ず、其上を、飛(とび)またぎ、小便を、しかくる。」
と、いへり。
「小便、かゝれば、一躰(いつたい)、すくむ。」
と也。
又、
「穢火(ゑくわ)を食して[やぶちゃん注:「穢れた火」ではなく、「穢れたもの(四足獣や蛇等であろう)を焼いて喰らって」の意であろう。]、山中を行けば、山犬、付(つく)る。」
と、いふ。
「先年、幡多郡(はたのこほり)上山の鄕士北次郞左衞門と云(いふ)者、穢火を食ふて、宿(やど)へ歸(かへり)けるに、山犬、三、四疋も、附來(つききた)り、跡へ、成(なり)、先へ、なりて、自分の家近くまで、附來(つけきたり)けるが、自分の犬、吠(ほえ)ければ、附(つき)、のきける。」
と也。
[やぶちゃん注:またしても、「近世民間異聞怪談集成」の判読のレベルの低さに呆れた。「噤み」の「噤」の字を、「喋」と起こしている。意味を考えても、読めないのは中学生でも判るぞ! しかも、崩し字は非常に綺麗なもので、国立公文書館本を見ても(42)、崩し字とは言えないはっきりした「噤」である。こんなのは、古文書のド素人でも間違えない! どう逆立ちしたら、こんな字起こしが出来るんダッツーの!!!
「比江村」現在の高知県南国市(なんこくし)比江(ひえ)。
「水を仕掛(しかけ)に行(ゆき)」これは、水を水路から引く仕事ではなく、周縁の百姓が水路を操作して盗みにくるの夜警するための行動であろう。
「幡多郡(はたのこほり)上山(かみやま)」複数回既出既注だが、再掲すると、「幡多郡」は高知県の西南部に当たる広域の旧郡名。但し、当該ウィキによれば、今も、天気予報などで、「幡多地域」と呼ばれているとある。旧郡域はそちらの地図を見られたい。その「上山(かみやま)」は、現在の高知県の四万十川上流の山間部に位置する、概ね大部分は、現在の高知県高岡郡四万十町(しまんとちょう)昭和や、その南東直近にある高知県高岡郡四万十町大正などを含む広域山間部の旧称である。]
「鄕士」これも再掲する。土佐藩では、藩の武士階級として「上士」・「郷士」という身分制度があり、「郷士」は下級武士で、暮らし向きも、ひどく貧しいものだった。但し、後の幕末の、土佐勤王党の武市半平太や坂本龍馬などの志士が現れている。
「北次郞左衞門」不詳。]
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