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2024/09/14

「神威怪異竒談」(「南路志」の「巻三十六」及び「巻三十七」)正規表現電子化注「巻三十六」 野根村魔所

[やぶちゃん注:凡例・その他は初回を見られたい。底本の本篇はここ。]

 

     野根村魔所(ましよ)

 㙒根山は、國中(くになか)の髙山(かうざん)と覺ゆ。

 一とせ、岩佐へ行(ゆき)しは、四月の初(はじめ)也。

「遲櫻の盛(さかり)也。」

とて、人々に誘れて、安倉峠(あぐらたうげ)へ、花見にゆきしに、東は甲浦山(かんおうらやま)、南は羽根・吉良川山(きらがはやま)の谷々の遲櫻は、降積(ふりつも)る雪のごとく、北は、柳瀨山、見え、安倉の在所を見落[やぶちゃん注:ママ。](みおろ)しぬ。

 扨(さて)、甲浦山を打越見(うちこしみ)れば、阿波の二子島、手近(てぢか)く見へ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]、東南に當り、紀伊路・熊㙒崎までも見へぬ。

 南の海原(うなばら)に鯨の鹽吹上(ふきあぐ)る抔(など)、見へて、景色、いはん方なし。

 鳥の聲、珎敷(めづらしく)、常に三宝鳥(さんぱうてう)・水乞鳥(みづこひどり)抔(など)も居(を)るとかや。

「かゝる髙山なれば、徃古(わうこ)は『魔所』と云へる所も多かりし。」

とぞ。

 今、御殿の有所(あるところ)を「鳥越」といふ。

 魔所を開(ひらき)て、御殿を建(たて)られしが、其頃は、常に、空中に人聲(ひとごゑ)し、或(あるい)は、機織(はたおり)・紡車(クルマ)の音抔、有(あり)。

 御殿の門(もん)を、夜毎(よごと)に、弐、三町[やぶちゃん注:二百十八~三百二十七メートル。]が外(そと)へ、取除ヶ有之由(とりのけ、これ、ある、よし)。

 依之(これによつて)、重き御祈禱、有(あり)、御殿の下へ、壺、一つ、門の方(かた)ヘ、一つ、埋め玉ひしより、かゝる怪異も止みけるとかや。

 

[やぶちゃん注:「野根村」既に何度も出た野根山街道を東に下った旧野根村。「ひなたGPS」の戦前の地図で「野根村」の表示北西と南東で確認出来る。かなり広域な(但し、内陸部は殆んどが山間である)村域であったことが判る。現在の東洋町(グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)全域と、ほぼ一致するようである。同町内に今も「野根」を冠した「野根甲」・「野根乙」・「野根丙」地区がある。

「㙒根山」同じく既出のここ

「岩佐村」現在の安芸郡北川村安倉(あぐら:グーグル・マップ・データ航空写真)。野根山街道の中の全き山間地であるが、藩政時代には番所が置かれた。南西で谷を隔てて野根山(同前)がある。恐らく、「岩佐」は非常に古い広域村名と思われ、今回、「ひなたGPS」の戦前の地図で「野根山」を拡大してみたところ、山頂から南西に少し下った尾根部分に「岩佐」の地名を見出すことが出来た。現在は、鬱蒼たる森林で林道は確認出来るが、人家はない(航空写真)。しかし、「ひなたGPS」をさらに拡大して見ると、「岩佐」の直下のせまい尾根の上部分の、地区境界の線の東北と南西の箇所に接近して人家の記号が打たれてあるのが判った。これを見るに、野根山街道の側道で、ここにこそ、抜け道を警備する番所があった痕跡ではなかろうか?

「甲浦山」「ひなたGPS」の戦前の地図の『甲(カンノ)浦町の北後背の標高『196.3』のピークか。

「羽根」「ひならGPS」の野根山の南西に、南西に下る渓谷があり、その川が羽根川である。

「吉良川山」この山名は見出せないが、高知県室戸市北西部に吉良川町乙と吉良川町甲があるので、この地区の広域の中の有意なピークであろう。

「柳瀨山」これは思うに、方角から見て、現在の高知県安芸郡馬路村魚梁瀬(やなせ)のどこかのピークと推定される。

「阿波の二子島」現在の甲浦(かんおうら)の中の南東海上にある、高知県と徳島県の県境界に存在する無人島の二子島である。「ひなたGPS」で確認されたい。注意が必要なのは、そこから東北直近(直線で約五キロメートル)の、徳島県海部郡海陽町の那佐湾の湾奥にある二つの無人島も、これまた、同名の二つの無人島「二子島」があるので、混同されないように!

「熊㙒崎」これは、現在の和歌山県東牟婁郡串本町にある紀伊半島最南端の潮岬(しおのみさき)のことを指していよう。

「三宝鳥」「姿のブッポウソウ」で知られるブッポウソウ目ブッポウソウ科ブッポウソウ属ブッポウソウ Eurystomus orientalis の異名。「三寶(寳・宝)」は、仏教で、最も尊ばねばならぬ「仏・仏の教えを説いた経典・その教えをひろめる僧」を指す「佛法僧」であり、これは「仏の教え・仏法」を指し、「三尊」とも言う。しかし、ということは、「声のブッポウソウ」、フクロウ目フクロウ科コノハズク属コノハズク Otus sunia も、ここには、いる、と考えなくてはいけない。この、とんだ「鳥違い」が判明したのは、驚くべきことに、昭和一〇(一九三五)年のことであった。何度も書いているが、「小泉八雲 仏教に縁のある動植物  (大谷正信訳) /その3」をリンクさせておく。その私の注の冒頭のそれを見られたい。

「水乞鳥」カワセミ科ショウビン亜科 Halcyoninae ヤマショウビン属アカショウビン(赤翡翠) Halcyon coromanda の古い異名。小学館「日本国語大辞典」の初出例は「日本紀略」の正暦元(九九〇)年の条を挙げる。

「紡車(クルマ)」この読みは底本にはなく、国立公文書館本(44)にあったものを採用した。「糸巻き車」のことである。黒澤明の「蜘蛛巣城」を思い出すな。

「御殿」不詳。安倉地区に限定してよいなら、星神社となる。「北川村観光協会」公式サイト「きたがわさんぽ」の「木積(こつも)の星神社」に、『ひっそりと神秘的な雰囲気の魅力ある場所にある星神社。すぐ下の岩屋様には磨崖仏があります』。『星神社の境内にある観音堂には妙見菩薩立像と両脇仏があり、伝説の残るつり鐘があります。また、天狗の伝説は有名です』とあり、サイト「アソビュー!」の「木積星神社」には、『星神社』としつつ、旧『金宝寺観音堂』とあり、二『年に』一『度、奇数年の正月』八『日に行われる【お弓祭り】は千年余の昔から悪魔退散、五穀豊穣を願って一度も絶えることなく続く地域をあげての盛大な伝統行事』であり、また、同神社の『【お弓祭り】は高知県無形文化財にも指定されて』おり、『羽織、袴で正装した射手』十二『人が独特のスタイルで』、一千八『筋の矢を通すその様は時代絵巻そのもので』ある、とある。……天狗……悪魔退散……一千八筋の矢を通す……この神社の感じが濃厚にしてきた…………]

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