葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版 靑い木綿の雨傘
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここから。標題は「あをいもめんのあまがさ」。]
靑い木綿の雨傘
彼等は、樹の茂みを見かけ、草原の中を走つた。彼等は路を離れたばかりであつた。しかし、その樹の茂みまでは、まだ遠かつた。ポオリイヌとピエールはこれ以上先へは行けなかつた。戀心に頭がくらんで、草原のまんなかに、赤ちやけた草と陽《ひ》に褪せた花の中へ、からだを投げ出した。ポオリイヌが大きく擴げた雨傘の陰に二人はからだを投げ出した。
路に人影が見えないと、靑い木綿の雨傘は動かないでゐる。[やぶちゃん注:底本では、この一文は行頭から始まっているが、誤植と断じ、一字空けを施した。]
處で、誰かゞ一人やつて來た。
ポオリイヌは、いきなり指の先で傘の柄《え》を𢌞し出す。その間、ピエールは何もせずにゐる。
雨傘は、風車のやうに、おとなしく、柄を水平に、骨の先だけがぐるぐる𢌞るのである。その𢌞り方は、如何にも相手を脅迫するやうに、何事かと眼を丸くしてゐる旅行者の足取りに合せて、それが遲ければ遲く、步を早めれば早く𢌞るのである。
傘は二人の戀人を匿《かく》し、保護し、その透《すか》し入りの影で二人を覆つてゐる。と云ふのは、太陽の白い針が、そこかしこ、孔《あな》を明けてゐるのである。
やがて、止まる。
旅行者は、いつ時はツとしたが、氣を取り直して道を急ぐ。燒けつくやうな熱さに、知らず知らず腰を屈めると、組み合はされた四ツの足だけが、傘からはみ出してゐた。
[やぶちゃん注:本篇は、一九七三年岩波書店刊の岩波文庫のものと比較すると、第一段落の前半部が、有意に改訳されてあることが判る。そちらの第一段落を以下に示す。
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彼らは、路を離れるといきなり、原っぱをつっ切って、茂った木立ちのほうへ走って行こうとした。ところが、その木立ちは、あんまり遠すぎてなかなか行き着けそうにない。ポオリイヌとピエエルはもうこれ以上行くことはできない。恋心に頭がくらんで、草原のまんなかに、赤ちゃけた草と陽(ひ)に褪(あ)せた花の中へ、からだを投げ出した。ポオリイヌが大きく拡げた雨傘の蔭に二人はからだを投げ出した。
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この原文は、
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Ils n’ont que le temps de quitter la route, pour courir par le pré, vers les arbres épais. Mais les arbres sont encore trop loin. Pauline et Pierre ne peuvent plus aller. Ils se laissent tomber, défaillants d’amour, au milieu du pré, dans l’herbe rousse et les fleurs grillées, sous le parapluie de Pauline qu’elle ouvre tout grand.
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であって、逐語的な訳としては、この初版の方が、遙かに正しい。しかし、恋人たちの、はやる気持ちのリズムを映像的に効果的に表わすには、改訳版の方が、より良い、と言えると私は思う。]
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