葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版 商賣上手の女
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここから。]
商賣上手の女
マリイ●マドレエヌは白木《しらき》のテーブルの後《うし》ろで貧乏ゆすりをしてゐる。そして、相手をそらさない笑顏を作りながら、熱心に手眞似身振りをして喋舌《しやべ》り續ける。彼女は、人參、大根、葱、トマトをすすめ、それからハンケチの底で莢《さや》をむいた豌豆《えんどう》、籠《かご》に入れた鳥類《てうるゐ》を薦めるのである。
値切るものがあると、彼女は、おとなしく、それで、しつこく頑張るのである。機敏に眼を働かして、品物を撰《よ》る指の怪しげな働き方を監視し、いざとなれば、素早く、意地のきたない蠅を追ふやうに、その指を撥《は》ね退《の》けようと身構え[やぶちゃん注:ママ。]てゐる。
すると、彼女の裳《もすそ》[やぶちゃん注:スカート。]の中で、時には嗄(しやが)れた叫び聲、時にはまた激しい羽ばたきが聞こえる。マリイ●マドレエヌは一方の脚《あし》にからだの重みをかけるやうに、からだを屈めるのである。
「あばれてゐるんですよ」――彼女は言う。「まだ時間があります。ひどくしちやいけませんからね、さうすると血が出てしまふんです。ですから、そつと踏んでゐるんです。それで羽ばたきをしなくなつたらやめるんです。あんまりはやく殺してしまつちやいけませんからね。頭に傷をつけると、買手がないでせう。だから、木靴《きぐつ》を脫いでするんです。こら」
マリイ•マドレエヌは一寸《ちよつと》裳をまくつて見せる。そして、今、相手が買つたばかりの家鴨《あひる》の嘴《くちばし》を見せる。兩手は品物を賣る爲めに明けて置かなければならないので、彼女は足でそれを絞め殺してゐるのである。
[やぶちゃん注:「それからハンケチの底で莢をむいた豌豆、」原文は“petits pois fraîchement écossés au fond d’un mouchoir,”で、これは、訳すなら、「ハンカチの底にある、皮をむいたばかりのエンドウ豆、」である。岩波文庫改版では、『それから莢(さや)をむきたての豌豆(えんどう)をハンケチへ入れて見せ、』と改訳している。]
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