「和漢三才圖會」植物部 卷第八十四 灌木類 牡荊
なまゑのき 黃 小荆
楚
牡荊
【和名奈末江乃木】
本綱古者刑杖以荊故字从荆又云荆楚之地員多産此
而名之今𠙚𠙚山野多之𬋈采爲薪年久不𬋈者其樹大
如盌有青赤二種青者爲荆赤者爲楉嫩條皆可爲莒𥭒
[やぶちゃん注:「莒」は「芋・里芋」の意で、「本草綱目」では「筥」(はこ)であるので、訓読では訂した。]
其木心方其枝對生一枝五葉或七葉其葉如榆葉長而
尖有鋸齒五月杪閒開花成穗紅紫色其子大如胡妥子
而有白膜皮褁之
牡荆子【苦温】除骨閒寒熱通胃氣止欬逆下氣炒焦爲
末飮服治心痛及婦人白帶【防已爲之使畏石膏】
△按牡荆本朝古者有之今無
金荊 生南方山中大者十圍盤屈瘤蹙文如美錦色如
眞金玉人用之貴如沈檀此荆之別種也
*
なまゑのき 黃荆《わうけい》 小荆《せうけい》
楚《そ》
牡荊《ぼけい》
【和名、「奈末江乃木」。】
「本綱」に曰はく、『古《いにしへ》は、刑杖《けいじやう》に、荊を以つてす。故、字、「荆」に从《したがふ》。又、云ふ、荆楚の地[やぶちゃん注:現在の湖北省・湖南省に相当する旧地方名。古えの「楚」の国相当。]、此れを多産するに因りて、之れを名づく。今、𠙚𠙚《しよしよ》の山野に、之れ、多し。𬋈(《き》こり)、采りて、薪《まき》と爲す。年久《としひさしく》、𬋈(き)らざれば、其の樹、大(ふと)く、盌《わん》[やぶちゃん注:大き目の高さのある椀。]のごとし。青・赤、二種、有り、青き者を「荆」と爲《な》し、赤き者を「楉《じやく》」と爲す。嫩《わかき》條《えだ》、皆、筥《はこ》・𥭒《かご》と爲すべし。其の木の心《しん》、方《はう》[やぶちゃん注:四角。]なり。其の枝、對生す。一枝≪に≫五葉、或いは、七葉。其の葉、「榆(にれ)」の葉のごとく、長くして、尖り、鋸齒、有り。五月、杪《こづえ》の閒《あひだ》、花を開き、穗を成す。紅紫色。其の子《み》、大いさ、「胡妥子[やぶちゃん注:「本草綱目」の誤字と推定されるので、読みは附さない。後注を参照されたい。]」のごとく、白≪き≫膜≪のごとき≫皮、有りて、之れを褁(つつ)む。』≪と≫。
『牡荆子《ぼけいし》【苦、温。】骨≪の≫閒の寒熱を除き、胃の氣を通利《つうり》し、欬逆《がいぎやく》を止め、氣を下す。炒焦《いりこが》して、末《ます》と爲《なし》、飮服《いんぷく》すれば、心痛、及び、婦人の白帶《こしけ》を治す【「防已《ばうい》」を、之れが「使《し》」と爲《な》す。「石膏」を畏《い》む。】。』≪と≫。
△按ずるに、牡荆、本朝に古《いにしへ》は、之れ、有り。今は、無し。
『金荊《きんけい》』『南方≪の≫山中に生ず。大なる者、十圍《とおかかへ》≪あり≫、盤屈瘤蹙《ばんくつりうしゆく》≪して≫、文《もん》、美(うつく)しき錦《にしき》のごとく、色、眞金《しんきん》のごとし。玉人(たますり)[やぶちゃん注:宝玉を作る職人。]之れを用ふ。貴(たかき)こと、「沈(ぢんかう)」・「檀(せんだん)」のごとし。此れ、荆の別種なり。』≪と≫。
[やぶちゃん注:「牡荊《ぼけい》」は「維基百科」の「牡荆」により、
双子葉植物綱シソ目シソ科ハマゴウ(浜栲・浜香)亜科ハマゴウ属ニンジンボク (人参木) Vitex negundo var. cannabifolia
である。邦文では、「跡見群芳譜」の「花卉譜」の「にんじんぼく(人参木)」が画像もあり、最適である。そこに『漢名』を『牡荊(ボウケイ, mŭjīng)』とあり、『「人參木ノ和名ハ其葉形ニ基ク」(『牧野日本植物図鑑』)。すなわち』、『葉の形がオタネニンジン』(御種人参:所謂「朝鮮人参」、セリ目ウコギ科トチバニンジン属オタネニンジン Panax ginseng のこと)『に似ることから』とある。そして、『河北・華東・兩湖・兩廣・四川・貴州・雲南に分布』するとし、』『日本には、享保』(一七一六年~一七三六年)『年間に渡来』したと、小野蘭山述の「本草綱目啓蒙」(文化三(一八〇六)年)を出典とする(因みに、本「和漢三才圖會」の成立は正徳二(一七一二)年で、上記の渡来よりも前である)。『暖地では庭木として栽培』されていたとあるのだが、その前の「訓」の項に、「本草和名」に『蔓荊』が載り、『和名波末奈美比 殖近江國』とあることが示され、さらに、かの「延喜式」に『牡荊子』が載り、それを『ヲトコバラ』と記してあるとするのである。最後に『中国では、ニンジンボク(牡荊)をはじめ、いくつかのハマゴウ属の植物を薬用にする』ともある(太字は私が附した)。
さて。良安が、附言で、『牡荆、本朝に古《いにしへ》は、之れ、有り。今は、無し。』と、不思議なことを断定して言っているのが、私には甚だ不審なのだが、この「本草和名」と「延喜式」の記載が、確かに、現行の樹木種としてのニンジンボクであるとするなら、
「嘗つてある植物が本邦に分布していたが、江戸時代には絶滅していた。」
という驚くべき記載となるのだが、こんなことは、近代のニホンオオカミやニホンカワウソ、トキの絶滅なら、腑に落ちるが、植物種で、これは、ちょっと他に聴いたことがない叙述で、信じ難いのである。而して、この二書の記載は、中国から漢方薬として貢献されたところの漢方生剤の当時の漢名の意味を聴き、それらしい日本語に訳した生剤和名なのではないかとも考えた。
しかし、良安が和名として掲げた「奈末江乃木」を調べると、やはり、「跡見群芳譜」の「樹木譜」の「はまごう」を見ると、
ハマゴウ属ハマゴウ Vitex rotundifolia
を指すことが、「訓」の項に、「延喜式」に『蔓荊子に、「ハマハフ」と』とあることで明らかとなるのである。また、「倭名類聚抄」に『蔓荊は「和名波末波非」と、荊は「奈末江乃木」と』あることまで判明する。さらに、「辨」の記載の中で、
「蔓荊」はミツバハマゴウ Vitex trifolia (当該ウィキによれば、『鹿児島県トカラ列島(世界北限』『)の平島・宝島』から『沖縄県先島諸島にやや稀にみられる』とする)
であることが判った。
ここで、ウィキの「ハマゴウ」を引いておく(注記号はカットした)。『常緑小低木で砂浜などに生育する海浜植物。別名ハマハヒ、ハマハイ、ハマボウ』。『和名ハマゴウは、一説には葉を線香の原料にしたことから「浜香」の名が生まれ、これが転訛してハマゴウになったといわれる。古書には「ハマハヒ」の記述が見られ、海岸に茎が這うように生えるところから名付けられたものと考えられている。また』、『植物分類学者の牧野富太郎の説によれば、「これは、その実をホウと呼んで薬用にしているところからハマホウが転じたものだろう」としており』、「牧野植物図鑑」『では』、『そのとおり「ハマホウ」として記載し、一名をホウ、ハマボウと載せている。植物生態学者の辻井達一は、「ハマゴウのハマはむろん浜だろう」と述べている』。『地方名は、ハマボウ』、『ハマカズラなどと呼ばれている。花の付き方や色が似ているので、ハギ(萩)に見立ててハマハギの名もある。中国植物名(漢名)は、單葉蔓荊、単葉万荊(たんようまんけい)』。『学名の属名 Vitex(ヴィテックス)は、ラテン語で「結ぶ」を意味し、長く這って伸びた枝が砂浜を縦横に結んでいる様子から来ている』。『日本では、北海道を除く本州・四国・九州・琉球諸島(沖縄)に分布し、海岸の砂浜に群生する。内陸の淡水湖である琵琶湖沿岸にも生育する。日本国外では、中国の沿岸、朝鮮、東南アジア、ポリネシアなどの南太平洋、オーストラリアの海岸の砂地に分布する』。『砂が吹き飛ばされて何メートルも横に伸びた茎が露出する場合もある。砂に埋もれても負けずに伸びるのは』、『海浜植物として重要な適応である。風の強い海岸では、茎は這って生育地を広げ、落葉後にその様子が見えることがある』。『海岸の砂地に群生することが多い落葉低木。長く伸びる茎は地面を這い、半ば砂に埋もれて伸びる。枝は』四『稜があり、ところどころで地上に突き出して直立または斜上し、木本ではあるが』、『高さは』一『メートル』『以下のものが多い。太い茎の樹皮は縦にひび割れる。上部の枝先などの茎は毛が密生し、角張っている』。『葉は対生し』、普通は『単葉で、まれに』三『出複葉になるものもある。葉身は楕円形から広卵形で、長さ』三~六センチメートル、『幅』二~四センチメートル、『縁は全縁、裏面は白銀色の毛で被われ、香りがある。葉柄は長さ』五~十『リメートル』『になる』。『花期は夏から初秋にかけて(日本では』七~九『月)。枝先に円錐花序をつけ、芳香のある青紫色の小さな花を咲かせ、目立つ。萼は長さ』三~四ミリメートル『の鐘形で』五『歯がある。花冠は長さ』一・二~一・六センチメートル『になる漏斗状で』、五『裂し』、『唇形になり、下部の裂片が他の裂片よりはるかに大きい。雄蕊は』四『個、花柱は』一『本で』、『花冠を突き抜け、柱頭が』二『裂する。果実は球形の核果で、直径は』五『ミリメートル』『ほどの小さなもので』、『臭いがあり』、十『月に結実して』、『熟すと』、『淡黒色になり、水に浮き』、『海流に流される。黒い果実は冬でも枝に残ることがある』。『冬芽は対生し、楕円形や半円形で毛に覆われており、冬芽の下に枝に沿って柄が伸びて、その下に副芽をつける。葉痕は心形で維管束痕が』一『個』、『つく。全体にユーカリの葉に似た芳香がある』。十~十一『月ごろに採集した果実を天日干し乾燥したものは、蔓荊子/万荊子(まんけいし)と呼ばれる生薬で、強壮、鎮痛、鎮静、感冒、消炎作用がある。蔓荊子散などの漢方薬に配合される』。八~九『月ごろの開花期の茎葉を採取し』、『長さ』三~五センチメートルに、『粗く刻んで』、『陰干ししたものを蔓荊葉(まんけいよう)という』。「中国高等植物図鑑」に『よると、蔓荊(まんけい)といって神経症疼痛(しんけいしょうとうつう)に効くと記されている。灰汁は染料になる』。『葉や小枝には精油』『が含まれており』、『浴湯料にすれば』、『血行促進作用があり、果実は消炎、解熱、強壮の目的で漢方薬の処方に配剤されている』。『民間療法では、風邪で熱があるとき、頭痛がするときに』、『煮詰めた煎じ液(水性エキス)を』『服用する用法が知られている。妊婦は服用禁忌とされている。また、肩こり、腰痛、筋肉痛、冷え症などには茎葉や蔓荊子を布袋に入れて浴湯料にして風呂に入れる』。『昔は、葉をいぶして蚊遣りに用いたり、あるいは香として用いられた。茎葉は、シキミの樹皮や葉、モクレンの樹皮などを粉末にして混ぜ合わせ、安線香を製造するための原料にした』。『南西諸島にはよく似たミツバハマゴウ』(既注)『が普通。形態的にはよく似ているが、海岸ではなく内陸のひなたにはえ、低木状になる』とある。
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「木之三」「灌木類」の「牡荆」([088-59b]以下)の独立項のパッチワーク。
「荆楚の地」現在の湖北省・湖南省、古代の楚の国に相当する。
「榆(にれ)」(=「楡」)は日中ともに、双子葉類植物綱バラ目(或いはイラクサ目)ニレ科ニレ属 Ulmus で問題ない。
「胡妥子《こすいし》」これは「本草綱目」でもこの漢字になっているが、これは、原書自体の誤りで「胡荽子(コスイシ)」が正しい。今や、食材・香辛料として英語の「コリアンダー」(coriander)ですっかりメジャーになった、セリ目セリ科コエンドロ属コエンドロ Coriandrum sativum である。当該ウィキを引く(注記号はカットした)。によれば、『和名コエンドロは鎖国前の時代にポルトガル語 coentro(コエンドロ)から入った古い言葉である。「コスイ」「コニシ」はコエンドロが用いられる以前の呼称で、『和名抄』にコニシの名があり、すでに平安時代に栽培されていた。江戸時代の』出版された日本最古の農書で、宮崎安貞が著した「農業全書」(元禄一〇(一六九七)年)『には、胡荽を「こずい」と読ませており、南蛮の語に「こえんとろ」というとあり、薬効を述べている。また、カメムシ』(昆虫綱カメムシ目カメムシ亜目 Heteroptera)『とよく似た独特の匂いのため、別名「カメムシソウ」と呼ばれることもある。中国植物名は「芫荽」、漢名では「香荽」「芝茜」とも書かれる』。『一般には、英語に従って、果実や葉を乾燥したものを香辛料としてコリアンダー(英語: coriander)と呼ぶほか』、一九九〇『年代ごろから、エスニック料理店の増加とともに、生食する葉を指してパクチー(タイ語』『)と呼ぶことが多くなった』。『また、中華料理に使う中国語由来で』、『生菜をシャンツァイ』(中国語:香菜)『と呼ぶこともあり、日本でもコウサイとよばれていた。中華料理にも使われることから、俗に』「中国パセリ」『とも呼ばれるが、パセリ』(=セリ目セリ科オランダゼリ属(又はオランダミツバ属)オランダゼリ Petroselinum crispum )『とは別の植物である。中国へは張騫が西域から持ち帰ったとされ、李時珍の』「本草綱目」には『「胡荽」(こすい)の名で記載がある』。『英名コリアンダー(coriander)は属名にもなっているラテン語のコリアンドルム(coriandrum)から変化したフランス名のコリアンドル(coriandre)に由来し、さらに古代ギリシア語コリアノン』(ラテン語転写:koriannon)へ遡る。後者の原語を指して「ギリシア語でカメムシを意味する」などと紹介されることが非常に多いが、これは誤りで、コリアノン』『もまた「コリアンダー」を指す言葉である』とあった。
「欬逆《がいぎやく》」咳(せき)や吃逆(しゃっくり)が起こる症状。風邪を指す場合もある。
「白帶《こしけ》」膣から出る粘性の液体で、色は透明か、乳白色、或いは、やや黄色みを帯びるが、ここでは、それが、病的に長期間に亙って出る症状を指す。
「防已《ばうい》」植物名はキンポウゲ目ツヅラフジ科ツヅラフジ属オオツヅラフジ Sinomenium acutum 。漢字名「大葛藤」。漢方薬としては、先行する「酸棗仁」の私の注を見られたい。
「使《し》」主薬を補助する薬。
「金荊《きんけい》」「荆の別種なり」不詳。ハマゴウ属に中文名で金沙荆 Vitex duclouxii というのは、ある。但し、同属で巨樹になるというのは、どうも不審であり、学名でグーグル画像検索してみても、そんな巨木は見当たらない。この「圍」というのは、全草体の広がりの大きさであろう。しかし、金に見紛うほどの色の花は上がっていない。
「盤屈瘤蹙《ばんくつりうしゆく》」東洋文庫訳では、この漢字文字列に『ごつごつおとうねりまがって』とルビを振っている。
「沈(ぢんかう)」双子葉植物綱アオイ(葵)目ジンチョウゲ(沈丁花)科ジンコウ(沈香)属ジンコウAquilaria agallocha 。先行する「沉香」を見られたい。
「檀(せんだん)」ルビはして欲しくなかったな。「檀」だけなら、日中ともに双子葉植物綱ニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マユミ Euonymus sieboldianus Blume var. sieboldianus なんだが、「センダン」と振った良安のそれは、双子葉植物綱ムクロジ目センダン科センダン属センダン Melia azedarach var. subtripinnata になっちまうからだ。先行する「檀」、及び、「楝」を参照されたい。良安は当然、マユミじゃなくて、センダンを誤って想起していることになるから、全くのアウトなのである。]
« 葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版 魚 | トップページ | 葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版 ポピイ »