葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版 鶸(ひわ)の巢
[やぶちゃん注:底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
鶸(ひわ) の 巢
庭の櫻の叉になつた枝の上に、鶸の巢があつた。見たところ、それは綺麗なまん丸によくできた巢で、外側は一面に毛で固め、内側はまんべんなく生毛(うぶげ)で包んである。その中で、四つの雛が卵から出た。わたしは父にかう云つた。
「あれを捕つて來て、自分で育てたいんだけれどなあ」
わたしの父は、これまで度々《たびたび》、鳥を籠に入れて置くことは罪惡だと說いたことがある。が、今度は、多分同じことを繰り返すのがうるさかつたのだらう。わたしの向つて一口も返事をしなかつた。數日後、私は彼に云つた。
「しようと思やわけないよ。はじめ、巢を籠の中に入れて置くの。その籠を櫻の木に括《くく》りつけて置くだらう。さうすると、親鳥が籠の目から食ひ物をやるよ。そのうちに親鳥の必要がなくなるから」
わたしの父は、此の方法について、自分の考へを述べようとしなかつた。
さう云ふわけで、わたしは籠の中に巢を入れて、それを櫻の木に取り附けた。わたしの想像は外《はづ》れなかつた。年を取つた鶸は、靑蟲を嘴《くちばし》にいつぱい咬《くは》へて來ては、わるびれる樣子もなく、雛に食はせた。すると、わたしの父は、遠くの方から、わたしと同じやうに面白がつて、彼等の花やかな往《ゆ》き來《き》、血のやうに赤い、また硫黃《いわう》のやうに黃色い色の飛び交ふ樣を眺めてゐた。
或る日の夕方、わたしは彼に云つた。
「雛はもう可なりしつかりして來たよ。放しといたら飛んで行つてしまふぜ。親子揃つて過ごすのは今夜つきりだ。あしたは、家の中へ持つて來る。僕の窓へ吊《つる》しとくよ。世の中に、これ以上大事にされる鶸はきつとないから、お父さん、さう思つてゐておくれ」
わたしの父は、此の言葉に逆はうとしなかつた。
翌日になつて、わたしは、籠が空になつてゐるのを發見した。わたしの父も、そこにゐた。わたしのびつくりしたのを見て知つてゐる。
「もの好きで云ふんぢやないが」――わたしは云つた。「どこの馬鹿野郞が此の籠の戶を開けたのか、そいつが知りたいもんだ」
[やぶちゃん注:「鶸」「父」等については、『「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「鶸(ひわ)の巢」』の私の注を見られたい。]
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