「和漢三才圖會」植物部 卷第八十四 灌木類 平地木
からたちばな 小青樹
しゝくはす 通仙木
平地木
俗云唐橘
又云之々久和須
草本花詩譜云平地木高一尺余葉深綠子紅甚若棠梨
下綴且托根多在甌蘭之傍巖堅幽𠙚似更可佳
△按平地木深山陰𠙚有之大抵六七寸高者至三四尺
葉似珊瑚樹葉而長五六寸四五月開小白花六七月
結子五六顆攅生正紅色性怖日亦悪霜雪䑕喜食之
人栽盆中翌年秋復青色後如舊若橙重歳也然三月
宜摘子新花實繁美種子昜生
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からたちばな 小青樹《しやうせいじゆ》
しゝくはず 通仙木《つうせんぼく》
平地木
俗、云ふ、「唐橘《からたちばな》」。
又、云ふ、「之々久和須《ししくわず》」。
「草本花詩譜」に云はく、『平地木《へいちぼく》、高さ、一尺余。葉、深綠にて、子《み》、紅。甚だ、「棠梨《とうり》」のごとし。下≪なる莖《くき》は≫綴《つづり》[やぶちゃん注:横方向に下に向かって伸び。]、且つ、托-根《ひげね》、多≪く≫、「甌蘭《おうらん》」の傍《かたはら》に在《あり》。巖堅《いはたに》≪の≫幽𠙚《ゆうしよ》[やぶちゃん注:暗い所。]≪に≫似《に》≪たる處ならば≫、更に佳《よし》。』≪と≫。
△按ずるに、平地木は、深山≪の≫陰𠙚≪に≫、之れ、有り。大抵、六、七寸、高き者は、三、四尺に至る。葉は、「珊瑚樹」の葉に似て、長さ、五、六寸。四、五月、小≪さき≫白≪き≫花を開く。六、七月、子《み》を結《び》、五、六顆《くわ》、攅-生(すゞな)りて、正紅色。性、日《ひ》を怖れて、亦、霜・雪を悪《い》む。䑕《ねずみ》、喜んで、之れを食ふ。人。盆≪の≫中《うち》に栽≪ゑ≫、翌年の秋、青色に復《かへ》り、後《のち》、舊(もと)のごとし。「橙《だいだい》」≪の≫歳《とし》を重《かさ》ぬるがごとし。然れども、三月、宜しく、子を摘むべし。新《あらた》に、花實、繁《しげり》、美なり。子を種《うゑ》て、生じ昜《やすし》。
[やぶちゃん注:これは、日中ともに、
双子葉植物綱ツツジ目サクラソウ科 Primulaceae ヤブコウジ亜科ヤブコウジ属カラタチバナ Ardisia crispa
である。「維基百科」の同種の「百兩金」を見よ。「カラタチバナ」の画像検索をリンクさせておく。邦文の当該ウィキを引く(注記号はカットした)。漢字表記は『唐橘』。『葉は常緑で冬に赤い果実をつけ美しいので、鉢植えなど栽培もされる。同属のマンリョウ(万両)』(ヤブコウジ属マンリョウ Ardisia crenata )『に対して、別名、百両(ヒャクリョウ)ともいう』。『従来の新エングラー体系、クロンキスト体系では、ヤブコウジ科』Myrsinaceae『の種としていた』。『樹高は』二十センチメートルから一メートル『になる。茎は直立して円柱形、単純であまり分枝しない。樹皮は茶褐色で、若いときに粒状の褐色の微毛が生える。葉は互生し、葉身は狭卵形で、長さ』八~二十センチメートル、『幅』一。五~四センチメートル『になり、約』八『対の側脈があり、先端は次第にとがって』、『鈍頭になり、基部は鋭形、縁には不明瞭で低い波状の鋸歯があって』、『鋸歯間に腺点がある。葉は葉質が厚く、表面は鮮緑色、無毛で光沢があり、裏面も無毛であるが』、『ときに多少細かい鱗片毛がある。葉柄は長さ』八ミリメートルから一センチメートル『になる』。『
花期は』七『月頃。花序は散形状になり、葉腋または葉間にある早落性の鱗片葉の腋につき、花序柄の長さは』四~七センチメートル『で斜上し』、十『個ほどの花を下向きにつける。花冠は白色、浅い皿状で深く』五『裂し、花冠裂片は長さ約』五ミリメートル『の卵形で、外面は無毛で腺点があり、花柄の長さは約』一センチメートル『になり、微毛が生える。萼は深く』五『裂し、萼裂片は狭長楕円形で長さ約』二ミリメートル『になり、多少の腺点がある。雄蕊は』五『個あり』、『花冠裂片よりやや長く、葯は狭卵形になる。雌蕊は』一『個で花冠よりやや長く、子房はほぼ球形で無毛。果実は液果様の核果で径』六~七ミリメートル『の球形となり』、十一『月頃に赤色に熟し』、『翌年の』四『月頃まで残る。中に』一『個の大型の種子が入る』。『日本では、本州(福島県以西・新潟県以西)、四国、九州、琉球に分布し、常緑樹林の林内に生育する。国外では中国大陸、台湾に分布する』。『いずれも常緑小低木で、冬に赤い実をつけるマンリョウ(万両)、センリョウ』(千両:センリョウ目センリョウ科センリョウ属センリョウ Sarcandra glabra )、『本種(百両)、ヤブコウジ』(「十両」とも呼ぶ。ツツジ目サクラソウ科ヤブコウジ亜科ヤブコウジ属ヤブコウジ Ardisia japonica )『とともに、正月の縁起物とされる。鉢植えにされ、庭木にも利用される。果実が白色または黄色に熟す園芸品種もある』。『江戸時代の寛政年間に、葉に斑が入ったものの栽培が流行し、高値で取り引きされた。江戸時代後期や明治時代にも流行したことがある。その後は大きな流行は見られない。現代は新潟県、島根県を中心に栽培されている』。以下、「下位分類」に三種の変種・品種が掲げられてある。
○シロミタチバナ Ardisia crispa f. leucocarpa (『果実が白く熟す品種』)
○キミタチバナ Ardisia crispa f. xanthocarpa(『果実が黄色く熟す品種』)
○ヤクシマタチバナ Ardisia crispa var. caducipila(『若いときに葉柄および葉の裏面に小刺毛のある変種で、本州(和歌山県)と九州(屋久島)に分布する』)
「通仙木」この異名は生き残っていない模様である。「朱」色の実が遊仙思想と通じる。
「しゝくはず」「猪食はず」であろう。イノシシが食わないかどうかは不明。
「草本花詩譜」東洋文庫の書籍注に、『本文に汪躍鯉の撰とあるも不明。『画譜』の中の『草木花譜』の一巻のことであろうか。『八種画譜』の中では『新鐫』(しんせん)『草本花詩譜』となっている。』とある。ここで言っている「画譜」は「八種畫譜」で、明の黄鳳池の編。「唐詩五言畫譜」・「新鐫六言唐詩畫譜」・「唐詩七言畫譜」・「梅竹蘭菊四譜」・「新鐫木本花鳥譜」・「新鐫草本花詩譜」・「唐六如畫譜」・「選刻扇譜」から成るものを指す。早稲田大学図書館「古典総合データベース」のここで、黄鳳池編「新鐫草本花詩譜」が視認でき、当該部は、図が、ここの左丁で、解説が、ここの右丁である。字を起してみると、
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平地木
髙不盈尺葉深緑子紅甚若棠梨下綴且托根多在甌蘭之傍巖堅幽𠙚似更可佳
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で完全に一致する。
「棠梨《どう》」「維基百科」の「杜梨」を見よ。ここは「棠梨」から転送されてある。これは、
バラ目バラ科サクラ亜科ナシ属ホクシマメナシ Pyrus betulifolia
である。「跡見群芳譜」の「樹外来植物譜」の「とり(杜梨)」のページに、『中国(遼寧・華北・陝甘・江蘇・安徽・浙江・江西・湖北)に野生分布』するとあり、『中国では、古来寺廟・墓苑・庭園などに植えてきた。実は小さく、菓子を作ったり』、『酒を醸したりするのに用いるほか、果実・枝葉を薬用にする』。「詩経」の「国風」・「召南」・「甘棠」『に、「蔽芾(へいひ)たる甘棠、翦(き)る勿(なか)れ伐(き)る勿れ、召伯の茇(やど)りし所」と』あり、また、「爾雅」『釈木に、「杜、甘棠。〔今の杜棠なり。〕〈疏。杜、甘棠。○釈いて杜は一名甘棠なるを曰う。郭云う、今の杜棠なりと。下に云う、杜は赤棠、白き者は棠と。舎人曰く、杜は赤色、名は赤棠、白き者は亦名は棠。然らば則ち其の白き者は名は棠、赤き者は名は杜。甘棠たり、赤棠たりと。詩・召南に云う、蔽芾たる甘棠と。小雅に云う、有杕の杜と。伝に、杜は赤棠なりと云うは、是なり。〉」と、また「杜、赤棠。白き者は棠。〔棠、色異なれば、其の名異なり。〕〈疏。杜、赤棠。白き者は棠。○釈いて曰く(缺文か)。郭云う、棠、色異なれば其の名異なりと。樊光云う、赤き者は杜と為す。白き者は棠と為すと。陸機疏に云う、赤棠と白棠と同じきのみ。但し子(み)、赤白美悪有り。子 白色なるは白棠、甘棠なり。酢きこと少なく滑美なり。赤棠の子、渋くして酢く、味無し。俗語に云う』、『渋きこと杜の如しとは是なり、と。赤棠、木理靭かにして、又以て弓幹を作るべし。〉」と。』とあった。なお、★東洋文庫訳では、『棠梨(やまかいどう)』とルビしているが、これは完全な誤りである。「ヤマカイドウ」は、バラ目バラ科ナシ亜科リンゴ属ノカイドウ Malus spontanea の異名であり、このノカイドウは、日本固有種で、しかも、宮崎県と鹿児島県県境付近に広がる霧島連山にのみに自生する種だからである。ウィキの「ノカイドウ」を見られたい。
「托-根《ひげね》」東洋文庫のルビを採用した。髭根。
「甌蘭《おうらん》」東洋文庫の後注に、『花。『遵生八牋』第十六巻「四時花紀」に載っている。香り強く、一枝一花で紫花に黄心。また白花で黄心のものもある。背陰の処にうえるとよく活(つ)いて花を開く、とある。』とある。これは、調べた限りでは、単子葉植物綱キジカクシ目ラン科シュンラン属 Cymbidium の一種で、その中でも、
カンラン(寒蘭)Cymbidium kanran
であり、「維基百科」の同属のページ「蕙蘭屬」にある、「甌蘭」の名を中文名に含む二の品種が掲げられている、
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寒蘭原亞種 Cymbidium kanran f. kanran
紫花甌蘭 Cymbidium kanran f. purpurescens
綠花甌蘭 Cymbidium kanran f. viridescens
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に限定してもいいだろうと私は感じている。平凡社「改訂新版 世界大百科事典」の『カンラン (寒蘭) Cymbidium kanran Makino』に(コンマを読点に代えた)、『昔より東洋ランの』一『種として栽培されている』、『やや大型の地生ラン。シュンラン』(春蘭: Cymbidium goeringii )『と同属だが、花茎に花が多数つく。小型の偽球茎があり、その上に葉を』三~六『枚、叢生(そうせい)する。葉は線形で常緑。花茎は偽球茎の基部より側生し、高さ』三十~六十センチメートルで、三『~十数花を疎』(まばら)『につける。花は芳香があり、紫色を帯びた緑色、径約』六センチメートル。『萼片は開出し、線状披針形、長さ約』三~四センチメートル。『花弁はやや短く、線状披針形、長さ』二~三センチメートル。『唇弁はより短く、やや肉質で反り返り、通常、赤褐色の斑紋がある。距』(きょ:植物で、花の後ろに突き出した中空の角状のものを指す語。花弁や萼が変化したものでだる)『はない。花粉塊は蠟質で』二『個。本州南部、四国、九州、琉球、台湾の常緑樹林の林床に生える』(とあるが、複数の信頼出来る記載に原産の中に「中国南部」も含まれてある)。『観賞用に栽培され、花形や花色に変異が多く、気品のある花と香りを観賞する東洋ランの代表種である。紅・黄・白色などの複雑な色をもつ花変りや、葉面に覆輪や縞などの斑をもつ葉変りがあるが、カンラン独特の気品ある東洋的調和美は、全国的にその愛好者をひろめ、各地に熱心なランのグループがつくられている。山採りのちょっとした変異品にも品種名がつけられ、稀品(きひん)は高価で取引されていて、自生地の多くは壊滅してしまった。株分けで繁殖し、植替えの時期は春(』四~五『月)または秋(』十『月)。少し日陰の方が葉やけせず、美しい葉も観賞できる』。『近縁で多花性のものに、ホウサイラン(報(豊)才蘭)C.sinense(Andr.)Willd. やスルガラン(駿河蘭、別名オラン(雄蘭))C.ensifolium(L.)Sw. があり、どちらもカンランよりも、より温暖な九州西部やそれより南に分布する。また、カンランとシュンランの自然雑種と推定されるハルカンラン C.×nishiuchiana Makino が高知県から知られている。中国大陸南部に分布するスルガランやヘツカラン C.dayanum Reichb. fil. var. austro-japonicum Tuyama の類似種も、ソシンラン(素心蘭)などの名のもとに日本に導入され、珍重されている』とある。
「珊瑚樹」双子葉植物綱マツムシソウ目ガマズミ科ガマズミ属サンゴジュ変種サンゴジュ Viburnum odoratissimum var. awabuki 。先行する「珊瑚樹」を見よ。
「橙《だいだい》」双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科ミカン属ダイダイ Citrus aurantium 。]
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