「和漢三才圖會」植物部 卷第八十四 灌木類 宻䝉花
みつもうくは 水錦花
宻䝉花
[やぶちゃん注:「みつもうくは」はママ。「宻䝉花」は「密蒙花」に同じ。]
本綱宻䝉花蜀中及利州甚多樹高𠀋餘葉冬不凋似冬
青葉而厚背白有細毛又云不佀冬青柔而不光潔不㴱
[やぶちゃん注:「㴱」は「深」の異体字。]
緑其花細碎數十房成一朶冬生春開微紫色
花【甘平微寒】 入肝經氣血分治青肓膚翳赤腫眵淚消目
[やぶちゃん注:「肓」は「盲」の良安の誤写。訓読では訂した。]
中赤脉小兒疳氣攻眼羞明怕日良
*
みつもうくは 水錦花《すいきんくわ》
宻䝉花
[やぶちゃん注:「みつもうくは」はママ。]
「本綱」に曰はく、『宻䝉花、蜀中《ちゆう》[やぶちゃん注:この場合は現在の四川省成都市(グーグル・マップ・データ。以下同じ)附近を指す。]、及び、利州[やぶちゃん注:現在の四川省広元市一帯。]、甚だ、多し。樹の高さ、𠀋餘。葉、冬、凋まず、「冬青(まさき)」の葉に似て、而《しかも》、厚く、背、白く、細毛、有り。又、云ふ、「『冬青』に佀《に》ず、柔《やはらか》にして、光潔《くわうけつ》ならず。≪又、≫㴱緑《しんりよく》ならず。其の花、細かに碎《くだ》け、數十房≪を以つて≫一朶《ひとふさ》を成す。冬、生じ、春、≪花を≫開く。微紫色≪なり≫。』≪と≫。』≪と≫。
『花【甘、平、微寒。】 肝經の氣≪分≫・血分に入りて、青盲(あきじり)・膚翳《ふえい》・赤腫《せきしゆ》・眵淚(やになみだ)を治す。目≪の≫中《なか》≪の≫赤《あかき》脉《みやく》を消し、小兒≪の≫、疳氣≪に據(よ)つて≫眼を攻《せ》め≪られ≫、明《あかる》≪きを≫羞(は)ぢ[やぶちゃん注:周囲が明るい状態を嫌がり。]、日《ひ》[やぶちゃん注:太陽光。]を怕(をそ[やぶちゃん注:ママ。])るゝに、良し。』≪と≫。
[やぶちゃん注:この「宻䝉花」(蜜蒙花)とは、
シソ目ゴマノハグサ科フジウツギ(藤空木)属ワタフジウツギ Buddleja Officinalis
である。東洋文庫もそれを割注で『(フジウツギ科ワタフジウツギ)』と出している。この種を植物学的に日本語で詳細記載する記事は存在しないので、まず、「維基百科」の「密蒙花」を見ると、落葉低木で、小枝は、やや四角形を成し、灰白色の毛で密に覆われ、卵形から長楕円形の葉が集まり、葉の縁は、やや鋸歯状を成し、葉裏は灰白色から黄色の星状の細毛で密に覆われている。毛は総体の各部にあり、花の香りがよく、淡黃の花冠で、筒状になった内側は黄色を呈する。分布はミャンマー・ベトナム・ブータン、中国の安徽・甘粛・広東・江蘇・陝西・湖北・四川・雲南・山西・広西・福建・湖南・チベット自治区・河南・貴州など、中国本土全体に広く分布し、標高二百メートルから二千八百メートルの高地まで植生する。一般には、川沿い・日当たりの良い斜面・森林の端・村の隣りの茂み・石灰岩の山地などに植生するが、未だ人工的に導入されて栽培されていない、といった記載がある。同種の英語のウィキでは、『湖北省西部・四川省・雲南省を原産』としている。日本語のウィキでは、「フジウツギ属」があるので、引くと(注記号はカットした)、同属は『ゴマノハグサ科』Scrophulariaceae『の植物の属である。花が美しいので園芸用に栽培され、属名からブッドレア(ブッドレヤ)と呼ばれることが多い。世界に約』百『種あり、ほとんどは常緑または落葉性の低木だが、一部に高さ』三十メートル『に及ぶ高木や、草本もある。ヨーロッパ・オーストラリアを除く温帯・熱帯に分布する。多くは芳香があり、また蜜が多いので』、『よく』、『蝶が吸蜜に訪れる。サポニンを多く含むので有毒ともいう』(とあるが、複数の漢方サイトを見ると、「密蒙花」と称し、主要成分をフラボンとフラボノールとし、解熱・消炎・眼病(緑内障・赤腫流涙・鳥目等)の薬に使用されていることが判り、「本草綱目」が処方対象として挙げる疾患と一致する)。『葉は長さ』一~三十センチメートル『で細長く、ほとんどは対生。花は長さ』一センチメートル『ほどの筒状で、花びらの先が』四『裂し、長さ』十~五十センチメートル『の密な円錐花序をなす。花の色は種類により白、桃色、赤、紫、橙色、黄色などいろいろある。果実は蒴果で、多数の種子を含む』。『日本にはフジウツギ B. japonica とウラジロフジウツギ B. curviflora が自生する。フジウツギ(藤空木)の名は花序の様子や色が藤に似ていること』による、とある。『数種が園芸用に栽培されており、特によく栽培されるのがフサフジウツギ(ニシキフジウツギ)B. davidii である。これは極端に寒い地域を除いて』、『栽培しやすく、野生化することも多い。フサフジウツギは中国原産とされるが、秩父で野生状態で発見されたため、チチブフジウツギの別名がついている』。『そのほか』、『オレンジ色の B. globosa や、ライラック色の B. alternifolia 、また B. × weyeriana (B. globosa × B. davidii )などの交雑種が栽培される。沖縄県では中国原産のトウフジウツギ B. lindleyana がよく栽培されている』。『属学名はイギリス国教会宣教師で植物学者だったアダム・バドル Adam Buddle』(一六六〇年~ 一七一五年)『にちなむ』が、『正しくは" Buddleia "になりそうだが、リンネが" Buddleja "と書いたため』、『これが正式名として定着した』とある。『ブッドレアは花木の中では、実生からの栽培が最も簡単なものの一つである。春まきで翌年から開花することが多い。ただ、木本としては比較的短命で、数年で枯れることもある。タネが入手しやすいのは、B. davidii の空色系と青・白・ピンクなどが混ざったもの、それに B. globosa である』。『種まきは』四『月頃に行う。タネはかなり細かいが、一袋にかなりの量が入っているので、苗床などの播き、覆土はせずにそっと手のひらで押さえ、細めのじょうろで丁寧に水やりをするようにする。発芽までに』十『日から半月くらいかかる。混み合ったところは間引き、本葉が出てきたら一度仮植えし』一メートル『位の間隔に定植する。春から秋まで日向または半日陰になる、水はけの良いところを好む。 移植をする際は、ひげ根が土と離れやすいので、注意が必要である』とあった。
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「木之三」「灌木類」の「宻䝉花」([088-73b]以下)のパッチワークである。
「冬青(まさき)」バラ亜綱ニシキギ目モチノキ科モチノキ属ソヨゴ Ilex pedunculosa 。当該ウィキによれば、『和名ソヨゴは、風に戦(そよ)いで葉が特徴的な音を立てる様が由来とされ、「戦」と表記される。常緑樹で冬でも葉が青々と茂っていることから「冬青」の表記も見られる』。但し、『「冬青」は常緑樹全般にあてはまることから、これを区別するために「具柄冬青」とも表記される。中国植物名でも、具柄冬青(刻脈冬青)と表記される』とある。なお、東洋文庫訳では、割注で『(灌木類。ナナメノキ)』とする。この「ナナメノキ」は、モチノキ目モチノキ科モチノキ属モチノキ亜属ナナミノキ Ilex chinensis の異名で、中文ウィキの「冬青属」相当では、確かに狭義の「冬青」をナナミノキに宛ててはある。となれば、厳密には現代では、日中で同属異種ということになるが、明代に、それを確然と区別していたとは、私には思われないので、これ以上、ディグはしない。
『又、云ふ、「『冬青』に佀《に》ず、柔《やはらか》にして、光潔《くわうけつ》ならず。≪又、≫㴱緑《しんりよく》ならず。其の花、細かに碎《くだ》け、數十房≪を以つて≫一朶《ひとふさ》を成す。冬、生じ、春、≪花を≫開く。微紫色≪なり≫。』≪と≫。』と時珍が言った傍から反する記事を添えるというのは、特異点であり、真逆の記載を敢えて並置するのは、取りも直さず、時珍自身が、正直、「冬青」を現認して書いていないことを意味しているように感じられ、前注の私の最後の疑義が、ただの思い込みではない証左の有力な助っ人となっているように思われた。
「肝經」東洋文庫の後注に、『足の闕陰肝經。身体をめぐる十二経脈の一。巻八十二盧会の注一参照。』とある。先行する「盧會」の私の引用注を参照されたい。
「青盲(あきじり)」音は「セイマウ(セイモウ)」。これは、眼疾患でも難症で失明に至ることもある「靑そこひ」=緑内障を指す。しかし、この「青」は目の色ではなく、本邦の平安時代や江戸時代の文学作品で「淸盲」と記すところから、一見、すっきりとした眼球の状態ンであるのに、物が見えないということを意味しているものと思われ、まさに緑内障末期の外見上の様態を指したものと私は思う。
「膚翳《ふえい》」これは、中文の「A+醫學百科」の「膚翳」に、眼疾患の一つで、視野の中に、蠅の羽のような影が生じる疾患といった感じの内容が書かれている。当初、蠅のの羽から、私も物心ついた頃からあった、飛蚊症かと考えたが、蠅は翅が遙かに大きいから、「なるほど! 黄斑変性症か!」と横手を打った。現行では一種の症候群で、複数の疾患名に分れる。詳しくは、同ウィキのそれぞれのリンク先を見られたい。因みに、遺伝性疾患の「網膜色素変性症」も想起したことも言っておこう。それは、私が書いた「ノース2号論ノート1 ダンカンの疾患及び特別出演ブラックジャックについての注釈」で特定した疾患だからである。この私のカテゴリ「プルートゥ」は、二〇〇七年の古い論考集だが、未だにアクセスの非常に高いカテゴリである。
「赤腫《せきしゆ》」これは前後が総て眼病であるから、目の充血疾患を指すものであろう。東洋文庫では割注して、『(ほし目。角膜白斑症)』とする。しかし、その疾患は、角膜に白い混濁が生ずるもので、「赤腫」という漢字表記には、ちょっとしっくりこないし、臨床的にも昔でも「赤腫」とは言わんだろうと感ずる。血のように赤くなる症状が有意に見られるのは、感染性結膜炎(昔の「はやり目」)」やアレルギー性結膜炎、また、乳児血管腫・脈絡膜血管腫等が想起され、難治性の疾患では、角膜潰瘍(かいよう)・単純ヘルペス角膜炎・眼部帯状疱疹・急性閉塞隅角緑内障・前部ぶどう膜炎・強膜炎などが挙げられるであろう。
「眵淚(やになみだ)」これは、症状としての「目やに」(私の少年期までは「目くそ(目糞)」と言ったもんだ)や、それを含んだ濁った涙(液体)が滲出してくる症状であろう。
「目≪の≫中《なか》≪の≫赤《あかき》脉《みやく》」これは白目が赤くなる症状で、お馴染みの「充血」と「結膜下出血」が当たる。
「疳氣」これは所謂、「疳の虫」で、「かんげ」とも読み、外見上は、全身が痩せ、腹部が脹れる、小児の多様な症状を示す古い総称的な象徴疾患名である。実際には現在の心因性・内因性・外因性に起因する多くの症状を包含する。]
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