和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 占斯
くすのきの 炭皮 良無極
やどりぎ
占斯
チヱン スウ
本綱占斯樟樹上寄生樹大䘖枝在肌肉其木皮狀如厚
[やぶちゃん字注:「䘖」は「銜」(含む・口に銜(くわ)える)の異体字。]
朴似色桂白其理一縱一横今市人以胡桃皮爲之非真
占斯【苦温】 治血癥月閉令女人有子治小兒蹇不能行又
能治癰腫諸惡瘡
木占斯散 治發背腸癰疽痔婦人乳癰諸產癥瘕無
有不療服之腫去痛止膿消已潰者便早愈也
占斯 甘草【炙】厚朴【炙】細辛 栝樓 防風 乾薑
人參 桔梗 敗醬【各一兩爲散酒服方寸匕晝七夜四以多爲善】
此藥入咽當覺流入瘡中令化爲水也癰疽灸不發敗
壞者尤可服之內癰在上者當吐膿血在下者當下膿
[やぶちゃん字注:「內」は「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、「內」とした。]
血其瘡未壞及長服者去敗醬【一方】加桂心
*
くすのきの 炭皮《たんぴ》
やどりぎ 良無極《りやうむきよく》
占斯
チヱン スウ
「本綱」に曰はく、『占斯《せんし》は、樟(くす)の樹の上に寄生《きせい/やどりぎ》す。樹、大にして、枝を䘖《ふく》≪み≫、肌・肉、在り。其の木皮、狀《かたち》、「厚朴《こうぼく》」のごとくして、色、「桂白」に似る。其の理(すぢ)、一縱一横≪なり≫。今、市人《いちびと》、「胡桃(くるみ)」の皮を以つて、之れと爲《なす》は、真≪に≫非《あら》ず。』≪と≫。
『占斯【苦、温。】』『血癥月閉《けつちやうげつけい》[やぶちゃん注:東洋文庫訳に割注して、『(結滞した血が塊りとなり、障害をおこす症。月経停止がおこる)』とある。しかし、「癥」は、中医学の用語で「腹部の内にある『しこり』」の意で、特に「形がはっきりと判り、硬く、痛みの場所が固定しているものを指すとあったので、そうした腫瘍様のものである。]を治し、女人《によにん》をして、子を有らしむ。小兒の蹇《あしなへ》≪して≫、行≪くこと≫能《あたは》ざるを治す。又、能く、癰腫[やぶちゃん注:東洋文庫訳に割注して、『悪性のできもの』とある。]・諸惡瘡を治す。』≪と≫。
『木占斯散《もくせんしさん》』『背≪に≫發≪せる≫腸癰[やぶちゃん注:前部は返り点がないが、返して訓じた。確かに、「本草綱目」では「腸癰」とあるのだが、どうも背中に外部視認で発症する腸の悪性の腫瘍という言うのは、臨床的に不審な謂いである。東洋文庫訳では、「𤻈癰」となっており、この「𤻈」は「瘍」と同義であるから、「背部に生じた悪性の腫瘍」の意であろう。]・疽痔《そじ》[やぶちゃん注:東洋文庫訳に割注して、『(化膿しない悪性の腫物や痔)』とある。]、婦人の乳癰《にゆうよう》[やぶちゃん注:東洋文庫訳に割注して、『(乳腺炎)』とある。]、諸《もろもろ》≪の≫產≪に於ける≫癥瘕《さんか》[やぶちゃん注:東洋文庫訳に割注して、『(腹中の腫瘤)』とある。]を治す。之れを服すれば、療《れう》せざること、有る無し。腫《はれ》≪を≫去り、痛《いたみ》、止《やみ》、膿≪を≫消《け》し、已に潰《つぶる》る者、便《すなは》ち、早く愈ゆなり。』≪と≫。
『占斯・甘草【炙る。】・厚朴【炙る。】・細辛・栝樓《かつらう》・防風・乾薑《かんきやう》・人參《にんじん》・桔梗《ききやう》・敗醬《はいしやう》【各一兩、散酒《さんしゆ》にして爲《つく》り、方-寸-匕《ちやさじ》を≪を以つて≫服す。晝、七たび、夜、四たび、多くを以つて、善しと爲《な》す。】。』≪と≫。
『此の藥、咽《のど》に入≪れば≫、當に瘡《かさ》≪の≫中に流入して、化して、水と爲《な》さしむるを覺《おぼゆ》なり。癰疽、灸も發《あらはさ》ず、敗壞《はくわい》[やぶちゃん注:東洋文庫訳に割注して、『(できものが破れて悪化する)』とある。]する者、尤《もつとも》之れを服すべし。內癰《ないよう》≪にして≫、上に在る者は、當に膿血《うみち》を吐《はき》、下に在る者は、當に膿血を≪肛門より≫下す。其の瘡、未だ、壞《くえ》ざる≪もの≫、及び、長く服する者は、「敗醬《はいしやう》」を去る[やぶちゃん注:後述する「生薬『敗醬』を摂取しないこと。」という禁忌注意である。]。【一方。[やぶちゃん注:別な処方。]】、「桂心《けいしん》」を加≪ふ≫。』≪と≫。
[やぶちゃん注:「占斯 Viscum」でも、「占斯 Viscum クスノキ ヤドリギ Camphora officinarum」でも、全く掛かってこない。「本草綱目」では、「樟樹」とするから、これは、
本邦のクスノキ科ニッケイ(肉桂)属クスノキ Cinnamomum camphora と同一種
を指すが、では、クスノキにのみ、特異的に寄生するヤドリギは見当たらない。本邦の記事で、日本のクスノキに見かける広義のヤドリギ類の一種として、ビャクダン目 Santalalesヤドギリ科Viscaceaeヤドリギ属 Camphora ではない、
◎オオバヤドリギ科Loranthaceaeオオバヤドリギ属オオバヤドリギ Scurrula yadoriki (シノニム: Taxillus yadoriki )
が認められるものの、クスノキに特異寄生するわけではないようである。比定候補としては、これを挙げておくこととはする。なお、ウィキの「ヤドギリ科」によれば、『被子植物の科。すべて半寄生植物からなり、他の樹木の枝に着生する。いわゆる「ヤドリギ類」に含まれる。APG植物分類体系ではビャクダン科に含めているが、クロンキスト体系では独立の科とし、世界の熱帯から温帯に分布する約』七『属』四百五十『種を含めている。新エングラー体系等ではオオバヤドリギ科など、いわゆるヤドリギ類を含めている』とあり、ウィキの「オオバヤドリギ科」には、『すべて半寄生の低木からなり、他の樹木の枝に着生する。いわゆるヤドリギ類に含まれる。世界の熱帯から温帯(特に南半球)に約』七十『属』九百四十『種が分布する。 古い分類(新エングラー体系等)では』、『他のヤドリギ類とともにまとめ』て、『ヤドリギ科としていたが、クロンキスト体系等では独立の科とし、現在のAPG分類体系でもビャクダン科(旧ヤドリギ科を含む)とは別系統として認めている』として、以下に実に七十九属がリストされてある。前項の「桑寄生」では、下部の引用の中に登場しているが、具体には解説しなかったので、ここで、よしゆき氏のサイト「松江の花図鑑」の「オオバヤドリギ(大葉寄生木)」のページの記事を引用させて戴く。多数の写真もある。
《引用開始》
半寄生常緑低木
関東地方南部以西〜沖縄のツバキ、モチノキ、マサキ、ヤブニッケイ、ハイノキ、ネズミモチ、ウバメガシ、イヌビワ、スギなどの常緑樹に寄生する。ややつる性で、高さは80〜100cmになる。樹皮は灰白色。茶褐色の縦縞と赤褐色の横長の皮目が目立つ。新枝には赤褐色の星状毛が密生する。葉は普通対生する。葉身は長さ2〜6cm、幅1.5〜4.5cmの卵形〜広楕円形で、全縁。革質で厚く、裏面は赤褐色の星状毛が密生する。花は両性。葉腋に筒形の花が2〜7個つく。花被は長さ約3cm、外面には赤褐色の星状毛が密生し、内面は緑紫色、上部は4裂してそり返る。果実は液果。長さ7〜8mmの広楕円形で赤褐色の星状毛が密生する。花期は9〜12月。(樹に咲く花)
学名は、Scurrula yadoriki
オオバヤドリギ科オオバヤドリギ属
《引用終了》
なお、オオバヤドリギの分布については、複数の信頼出来る記事を見るに、関東南部以西・韓国(済州島)、及び、中国に分布することが確認出来た。ともかくも、「占斯」の実態を知っておられる方があれば、是非御教授されたい。
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十七」の「木之四」「寓木類」にある([090-18b]以下)「占斯」のパッチワークである。
「厚朴《こうぼく》」中国で言うこれは、モチノキ目モチノキ科モチノキ属モチノキ亜属ナナミノキ Ilex chinensis 。先行する「厚朴」の私の考証注を参照されたい。
「桂白」不詳。言っておくと、ユキノシタ目カツラ科カツラ属カツラ Cercidiphyllum japonicum ではない。先行する「桂」を見よ。
「胡桃(くるみ)」ブナ目クルミ科ノグルミ(野胡桃)属ノグルミ Platycarya strobilacea 。
「木占斯散《もくせんしさん》」「百度百科」の「木占斯散」を見られたい。「薬物組成」に異同がある。「栝樓」がなく、代わりに、後に出る「桂心」がある。
「甘草」マメ目マメ科マメ亜科カンゾウ属 Glycyrrhiza。当該ウィキによれば、『漢方薬に広範囲にわたって用いられる生薬であり、日本国内で発売されている漢方薬の約』七『割に用いられている』とある。
「細辛」薄葉細辛(コショウ目ウマノスズクサ科カンアオイ属ウスバサイシン Asarum sieboldii の別名。また、その根や根茎を乾燥させたもの。辛みと特有の香りがあり、漢方で鎮咳・鎮痛薬に使う。
「栝樓《かつらう》」「維基文庫」の清代に書かれた「植物名實圖考(道光刻本)」の「第二十二卷」の「栝樓」の独立͡項があり、その図(上下二図)の実(下方。これ)を見るに、これは実の形状から見て、本邦のカラスウリの類と似ているものの、実の形状が異なる。調べたところ、これはカラスウリ属 Trichosanthes kirilowi 変種キカラスウリ Trichosanthes kirilowii var. japonica によく似ている。まず、邦文の当該ウィキを見られた上で、中文の同原種 Trichosanthes kirilowi のページを見られたい。そこにはしっかり「栝蔞」とあり、さらに「瓜蔞」「栝樓」の異名も記してある。なお、言っておくと、このキカラスウリは、学名から察せられる通り、日本固有種であり、北海道から九州に自生している。
「防風」セリ目セリ科ボウフウ属ボウフウ Saposhnikovia divaricata の根及び根茎を乾燥させた生薬名。但し、本種は中国原産で本邦には自生はしない。。
「防已《ばうい》」長くなるから、「酸棗仁」で既出既注してあるので、そちらを見られたい。
「乾薑《かんきやう》」セリ目セリ科ボウフウ属ボウフウ Saposhnikovia divaricata の根及び根茎を乾燥させた生薬名。但し、本種は中国原産で本邦には自生はしない。。
「防已《ばうい》」植物名はキンポウゲ目ツヅラフジ科ツヅラフジ属オオツヅラフジ Sinomenium acutum 。漢字名「大葛藤」。漢方薬としては、先行する「酸棗仁」の私の注を見られたい。
「人參《にんじん》」「朝鮮人參」。セリ目ウコギ科トチバニンジン属オタネニンジン Panax ginseng 。
「桔梗《ききやう》」キク目キキョウ科キキョウ属キキョウ Platycodon grandifloras の根を乾燥させた生薬名。当該ウィキによれば、『鎮咳、去痰、排膿作用があるとされ』、『代表的な漢方処方に桔梗湯(キキョウ+カンゾウ』(マメ目マメ科カンゾウ属スペインカンゾウ Glycyrrhiza glabra の乾燥させた根を基原植物とする生薬名)『)がある』。『炎症が強い場合には石膏と桔梗の組み合わせがよいとされ、処方例として小柴胡湯加桔梗石膏がある』とあった。
「敗醬《はいしやう》」マツムシソウ目オミナエシ(女郎花)科オミナエシ属オミナエシ Patrinia scabiosifolia 、及び、同属オトコエシ Patrinia villosa は両種ともに、臭いが、「腐った豆醬(とうしょう)」(豆で作った醬(ひしお))に似ているため、中国では「敗醬」の名があり、オミナエシやオトコエシを生けたあとの水には、悪臭がある。薬として消炎や排膿などに用いられた(以上は一部を平凡社「世界大百科事典」の「オミナエシ」の記載に拠った。ウィキの「オミナエシ」には、十『月頃に地上部の茎葉を切り除いて根を掘り、天日乾燥させたものは生薬となり、敗醤根(はいじょうこん)と呼んでいる』。『消炎、排膿、浄血作用があり、婦人病に用いられる』。一『日量』十『グラムの敗醤根を、水』五百『cc』を、『とろ火で半量になるまで煎じ』、三『回に分服する用法が知られている』とあり、『また、花のみを集めたものを黄屈花(おうくつか)という。これらは生薬として単味で利用されることが多く、あまり漢方薬(漢方方剤)としては使われない(漢方薬としてはヨク苡仁、附子と共に調合したヨク苡附子敗醤散が知られる)』とあった。一方、ウィキの「オトコエシ」には、『薬用植物としては古くから知られたもので、『神農本草』(西暦五百年成立)『にも記述が見られる。消炎や排膿、できものや浮腫などに効果があるとされた』。『ただし、木村・木村』(一九六四年)『では』、『敗醤は確かに本種とされてきたが、実際には本種には薬効はないとする。他方、オミナエシには確かに効果があり、薬効成分も知られている。また敗醤の名も中国では別の種に当てられているという』とあった。
「散酒《さんしゆ》」恐らく、配合した生薬の粉末を溶かし込んだ酒のことであろう。
「桂心《けいしん》」双子葉植物綱クスノキ目クスノキ科ニッケイ属ニッケイ Cinnamomum sieboldii の樹皮の外皮を除いた生薬名。]
« 和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 桑寄生 | トップページ | 和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 紫稍花 / 寓木類本文~了 »