和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 紫稍花 / 寓木類本文~了
[やぶちゃん注:この項は、実は、二〇〇八年七月に初期形を公開し、昨年二〇二四年八月に再校訂を行った、私のサイト版電子化注「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類 寺島良安」(「和漢三才圖會」中の水族部電子化プロジェクトの『おまけ』の巻)の「龍類」の仮想龍族の一種「吉弔(きつちやう)」の附属項『紫稍花(ししやうくは)』(歴史的仮名遣の誤りは原文のママ)で(凡例の仕儀が、この「植物部」とは異なっているので、一部、補正した)、
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吉弔の精なり。多く、鹿と游び、或いは、水邊に于《おい》て遺瀝す。流-槎(うきゝ)に値(あ)へば、則ち、木の枝に粘(ねば)り着(つ)き、蒲槌(かまぼこ)の狀《かたち》のごとし。色、微《やや》青黃【又、寓木類に出づ。】。
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とあったため、そこで、一度、電子化注してある。しかし、スマホ等では、重量が大きいので、閲覧し難いことから、今回、それを元に、新たに、電子化注全体を再点検し、挿絵も、注も、新たにすることとした。]
ししやうくは
紫稍花
[やぶちゃん注:「ししやうくは」はママ。]
本綱孫光憲北夢瑣言云海上人言龍毎生二卵一爲吉
弔【狀蛇頭龜身乃龍屬】多與鹿游或于水𨕙遺瀝値流槎則粘着木
[やぶちゃん字注:「𨕙」は「邊」の異体字。]
枝如蒲槌狀其色微青黃復似灰色號紫稍花
陳自明婦人良方云紫稍花生湖澤中乃魚蝦生卵于竹
木之上狀如餹潵去木用之
【時珍曰二說不同近時房中諸術多用紫稍花皆得于湖澤其色灰色而輕鬆恐非眞者當以孫說爲止】
紫稍花【甘温】 益陽秘精療陰痿遺精白濁
△按紫稍花江州琵湖中亦有之狀如蒲槌而小褐色蓋
合于陳氏之說今用者多此也褐卽黃黒色近于紫則
紫稍花名應之【又出于龍下】
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ししやうくは
紫稍花
「本綱」に曰はく、『孫光憲が「北夢瑣言」に云はく、『海上の人の言《いへ》る、「龍、毎《つね》に、二卵を生ず。一《いつ》は、吉弔と爲り【狀《かたち》、蛇の頭《かしら》、龜の身《み》、乃《すなは》ち、龍屬なり。】、多く、鹿と游び、或いは、水邊に于《おい》て遺瀝して、流-槎(うきゝ)に値《あ》≪へば≫、則ち、粘着(ねち《ねちと》つ)きて、木の枝に蒲(がま)の槌(ほ)の狀《かたち》のごとし。色、微《やや》、青黃、復《また》、灰色に似て、『紫稍花』と號す。」≪と≫。』≪と≫。』≪と≫。
陳自明が「婦人良方」に云はく、『紫稍花は、湖澤の中に生ず。乃《すなはち》、魚・蝦《えび》、卵(たまご)を、竹木の上に生み、狀《かたち》、餹潵《みづあめ》のごとし。木を去りて、之れを用ふ。』≪と≫。
『【時珍が曰はく、『二說、同じからず。近時、房中の諸術に、多く、紫稍花を用ふ。皆、湖澤に得。其の色、灰色にして、輕鬆《けいしよう》≪にして≫[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、『ふわふわとかるく』とルビする。]、恐《おそらく》は、眞の者に非ず。當に孫が說を以つて、正と爲すべし。』と。】。』≪と≫。
『紫稍花【甘、温。】』『陽を益し、精を秘し、陰痿・遺精・白濁を療《りやう》ず。』≪と≫。
△按ずるに、紫稍花、江州琵湖[やぶちゃん注:琵琶湖。]の中にも亦、之れ、有り。狀《かたち》、蒲-槌《がまのほ》のごとくにして、小《ちいさ》し。褐(きぐろ)色。蓋し、陳氏が說に合ふ。今、用ふる者、多くは此れなり。褐〔(きぐろ)〕は、卽ち、黃黒色≪にして≫紫≪に≫近《ちかし》。則《すなはち》、「紫稍花」の名、之れに應ず【又、「龍」の下に出づ。】。
[やぶちゃん注:以下で証明するするが、これは、植物でも、「寓木類」でもない、動物である。淡水カイメン(海綿)の一種で、具体的には、
カイメン(海綿)動物門尋常カイメン綱単骨カイメン目タンスイカイメン(淡水海綿)科ヨワカイメン Eunapius fragilis (Leidy, 1851)
である。海綿動物門 Poriferaの内でも普通海綿分類学研究は非常に活発な分野で、時々刻々とタクソン名に変化が起こっている。私が所持する新旧の水生動物図鑑類(二十冊を超える。但し、私の嗜好から海産無脊椎動物のものがメイン)を見ても、それぞれが、目レベルから異なっており、ややこしい。上に示した分類学名は「琵琶湖生物多様性画像データベース」の同種のページ(執筆者は渡辺洋子氏と益田芳樹氏で、二〇二〇年三月に更新されている)のものである。その「特徴」の「海綿体」には、『不規則な平板状から塊状で護岸壁、古タイヤ、水生植物の茎などに着生する。体表には多数の凹凸がある。藻類の共生によって緑色になることがあるが、ふつう汚れた黄褐色である。複数の芽球が集まって共通の芽球殻に包まれ芽球の塊を形成し、この芽球の塊が体の底部に敷石状に並ぶ。冬期は芽球を残して体は崩壊する』とあり、「芽球」には、『芽球は個体の底部に層状に形成される。共通の芽球殻の中に2~3個から数個の芽球が入る』とし「骨片」の項には、『骨格骨片は両針体(両方の先が尖る)で平滑。長さ約170~230µm、直径6~11µm。芽球骨片は先端が丸いか、または尖った有棘の棒状体で、長さ75~145µm、直径5~15µm。遊離小骨片はない』とある。琵琶湖「湖内での分布」には、『全域の湖岸および平湖、西の湖、東部承水溝、雄松内湖で採集された』とされ、「その他」に、『本種は世界中の淡水域に広く分布する。古びわ湖層の堅田累層から本種の化石が出土する』とある。
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷四十三」の「鱗之一」「龍類」にある([090-18b]以下)「弔」(「釋名」の冒頭に「吉弔」とある)の「釋名」の終りで「精名紫稍花」と記した後に語られた部分からのパッチワークである。この際、「弔」の全文を以下に掲げておく。前掲した私の「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類 寺島良安」の「吉弔」も合わせて参照されたい。一部に手を加えた。
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弔【拾遺】
釋名吉弔【時珍曰弔舊無正條惟蘇頌圖經載吉弔脂云龍所生也陳藏器拾遺有予脂一條 引廣州記云予蛇頭鱉身膏主蛭刺云云今攷廣州記及太平御覽止云弔蛇頭龜身膏至輕利等語並無所謂蛇頭鱉身子膏主蛭刺之說蓋弔字似予龜字以鱉至輕利三字似主蛭刺傳冩訛誤陳氏遂承其誤耳弔既龍種豈有鱉身病中亦無蛭刺之證其誤可知今改正之】精名紫稍花
集解【藏器曰裴淵廣州記云弔生嶺南蛇頭龜身水宿亦木棲其膏至輕利以銅及瓦器盛之浸出惟雞卵殻盛之不漏其透物甚于醍醐摩理毒腫大騐須曰姚和衆延齡至寶方云吉弔脂出福建州甚難得須以琉璃瓶盛之更以樟木盒重貯之不爾則透氣失去也孫光憲北夢𤨏言云海上人言龍每生二卵一為吉弔多與鹿游或于水邉遺瀝值流槎則枯着木枝如蒲槌狀其色微青黄復似灰色號紫稍花坐湯多用之時珍曰按裴姚二說相同則弔脂卽吉弔脂無疑矣又陳自明婦人良方云紫稍花生湖澤中乃魚蝦生卵干竹木之上狀如餹潵去木用之此說與孫說不同近時房中諸術多用紫稍花皆得于湖澤其色灰白而輕鬆恐非真者當以孫說爲正或云紫稍花與龍涎相類未知是否】
弔脂【一名弔膏】氣味有毒主治風腫癰毒※[やぶちゃん注:「※」=「疒」+(「やまいだれ」の中に)「隱」。]疹赤瘙瘑疥痔瘻皮膚頑痺踠跌折傷内損瘀血以脂塗上炙手熱摩之卽透藏器治聾耳不問年月每日㸃入半杏仁許便差【蘇頌 出延齡方】
紫稍花氣味甘溫無毒主治益陽祕精療眞元虛憊陰痿遺精餘瀝白濁如脂小便不禁囊下濕癢女人陰寒冷帶入丸散及坐湯用【時珍如又和劑玉霜丸注云無紫稍花以木賊代之】
附方【新二】陽事痿弱【紫稍花生龍骨各二錢麝香少許爲末𮔉丸梧子大每服二十丸燒酒下欲解飲生薑甘草湯 集簡方】陰癢生瘡【紫稍花一兩胡椒半兩煎湯温洗數次即愈總㣲論】
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「孫光憲」九五〇年前後を生きた五代十国時代の政治家にして学者。後唐の荊南三代及び宋に仕えた。彼の著作「北夢瑣言」は唐末から五代の士大夫階級の人々の逸話集。引用部は、「維基文庫」の「逸文卷四」に以下のようにある(コンマを読点に代えた)。
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南人采龜溺、以其性妒而與蛇交。或雌蛇至、有相趁鬥噬、力小致斃者。采時取雄龜置瓷碗及小盤中、於龜後以鏡照之。既見鏡中龜、即淫發而失溺。又以紙炷火上㶸熱點其尻亦致失溺、然不及鏡照也。得於道士陳釗。又海上人雲龍生三卵、一為吉吊也。其吉吊上岸與鹿交、或於水邊遺精、流槎遇之、粘裹木枝、如蒲桃焉、色微青黃、復似灰色、號紫稍花、益陽道、別有方說。
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「蒲槌」単子葉植物綱ガマ目ガマ科ガマ Typha latifolia の穂。
「陳自明」(一一九〇年~一二七〇年)は南宋の医師。健康府明道書院医論(現在の国立医大教授)となる。嘉煕元(一二三七)年 に中国医史にあって初めての産婦人科学の集成である、本文に引用された「婦人良方(大全)」を完成した。
「餹潵」「餹」は「飴」(あめ)の意。「潵」は「廣漢和辭典」には所収せず、不詳であるが、東洋文庫版では、この二字に『みずあめ』とルビを振る。
「輕鬆」の「鬆」は音「ショウ・シュ・ソウ・ス」で、「緩い・粗い・虚しい」という意であるから、「極めて軽量で、質がすかすかとして空隙が多いこと」を言うのではあるまいか。
「當に孫が說を以つて正と爲すべし」とは、時珍は陳自明の記述する淡水産のエビや魚類の卵塊=紫稍花は紫稍花の贋物であって、正しい紫稍花は、あくまで、孫光憲の説いた吉弔の遺精の方に違いない、というのである。私もこれを指示するものである。
「精を秘し」とは、精力(多分に性的な意味合いに傾いた意味で)を内にしっかりと守らせ、という意味か。
「陰痿」は陰萎・インポテンツ。
「遺精・白濁」「遺精」は「夢精」のことを指す。近代以前は多分に異常なものと考えられていた。「白濁」は病的な白濁した小便を言うらしい(次の注参照)。
以上の叙述、及び、私の電子テクスト栗本丹洲「栗氏千蟲譜 巻十」に現われた「紫稍花」の記載、そして遂に発見した、あの知る人ぞ知る四目屋の「代替療法事典」の以下の記載(何度も検索したが、現在は存在しないようである)を見よ!(一部句読点等を補正した)
《引用開始》
紫稍花(ししょうか):温(無毒(/甘 別名:紫霄花・紫梢花
タンスイカイメン科の動物、脆針(ゼイシン)海綿(和名:ヨワカイメン)の乾燥群体。秋~冬に川床・湖畔に樹枝や水草に付着する、長さ3~10cm・直径1~2.5cm、灰白色・灰黄色の棒狀または塊状を採取、天日乾燥、海綿体の繊維を粉末状にしたものする。江蘇・江南が主産地。
成分:スポンギン・スポンギニン・リン酸塩・炭酸塩など。
陽を益し精を渋らす効能。陽痿・遺精・(小便)白濁・帯下・小便不禁・陰嚢湿疹を治す。塗布により痒みを生ずる。
処方例:1日0.5~1.5銭を粉末にし、丸剤・散剤として服用。
外用:(失禁・陰嚢下湿痒・陰部寒冷による帯下)温かい煎液で局部を洗う。
《引用終了》]