和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 雷丸
[やぶちゃん注:竹の類の右下方(半分)と、三個の雷丸が描かれてある。]
らいぐはん 雷實 雷矢
竹苓
雷丸
【苓矢屎三字
古通用】
ルイワン
[やぶちゃん注:「らいぐはん」はママ。]
本綱雷丸今出於房州金州生山谷及土中竹之苓也無
有苗蔓葉大小如栗狀如豬苓而圓皮黑肉白甚堅實其
[やぶちゃん注:「豬」は「猪」の異体字。]
赤者有毒殺人
雷斧雷楔皆霹靂擊物精氣所化而此亦殺蟲逐邪猶雷
之丸也故名雷丸
雷丸【苦寒有小毒】 殺三蟲逐毒氣除小兒百病主癲癇狂走
久服令人陰痿
遯齋閑覽云有人毎發語腹中有小聲應之漸聲大有
道士曰此應聲䖝也伹讀本草取不應者治之讀至雷
[やぶちゃん注:「䖝」は「虫(蟲)」の誤字の慣用字。]
丸不應遂頓服數粒而癒【藍汁亦治應聲䖝詳于藍草之下】
△按猪苓【楓木之餘氣所結也】雷丸【竹之餘氣所結】二物共未知必其然乎
而猪苓自廣東南京福州舶毎年將來凡至一二千斤
雷丸自處處唐舩及咬𠺕吧舶所將來凡至五六百斤
價亦賤然則中華外國共有之不珍物也明焉然日本
朝鮮共竹不少而雷丸無出是亦與琥珀之辨同矣
藥肆以大風子油呼雷丸油販之誤也故令禁誤稱
*
らいぐはん 雷實 雷矢《らいし》
竹苓《ちくれい》
雷丸
【「苓《れい》」・「矢《し》」・「屎《し》」
の三字は、古《いにし》へ、通用
ルイ ワン ≪せし物なり≫。】
「本綱」に曰はく、『雷丸、今、房州[やぶちゃん注:現在の湖北省。]・金州[やぶちゃん注:同前で陝西省。]より出《いづ》。山谷、及び、土中に生《しやうずる》、竹の苓《りやう》なり[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、「苓」に割注して『(竹の余気の結したもの)』とある。]。苗・蔓・葉、有《ある》こと、無し。大小≪有りて≫、栗のごとく、狀《かたち》、「豬苓《ちよれい》」のごとくにして、圓《まろく》、皮、黑《くろし》。肉、白し。甚だ、堅實なり。其の赤き者、毒、有りて、人を殺す。』≪と≫。
『雷斧《らいふ》・雷楔(《らい》せつ)、皆、霹靂(かみなり)の、物を擊つ物を《✕→の》精氣の化《け》する所にして、此れも亦、蟲を殺≪し≫、邪を逐《おひ》、猶を[やぶちゃん注:ママ。]雷《かみなり》の丸《たま》のごとし。故、「雷丸」と名づく。』≪と≫。
『雷丸【苦、寒。小毒、有り。】』『三蟲《さんちゆう》を殺し、毒氣を逐《お》ふ。小兒の百を病を除き、癲癇・狂走[やぶちゃん注:過剰な驚愕反応を示す神経症、或いは、脳の器質障害に拠る異常な突発的無目的な遁走行動を指す。外傷後ストレス障害でも発生する。]を主《つかさど》る。久≪しく≫服すれば、人をして陰痿(《いんの》なへ[やぶちゃん注:ママ。「なえ」が正しい。「いんい」「陰萎」で、「インポテンツ」(ドイツ語:impotentz)=ED(英語:erectile dysfunction:「エレクタイル・ディスファンクション」。勃起障害)を現在は限定的に指すが、古くは広く「子供が出来なくなること」を指した。]≪にせ≫しむ。
『「遯齋閑覽《とんさいかんらん》」に云はく、『人、有りて、語《ことば》を發《はつ》≪する≫毎《ごと》に、腹中に、小≪さき≫聲、有りて、之れに、應(こた)ふ。漸(ぜんぜん)に、聲、大なり《✕→大《おほ》きになれり》。道士、有りて、曰はく、「此れ、『應聲䖝《わうせいちゆう》』なり。伹(ただし)、「本草」[やぶちゃん注:本草書。]を讀ましむ。應(こた)へせざる者、取《とり》て、之れを、治せよ。」≪と≫。讀《よみ》て、「雷丸」に至≪り≫て、應へず。遂に、頓《とみ》に、數粒《すつぶ》を服して、癒《いゆ》。』≪と≫。』[やぶちゃん注:これは、「本草綱目」の「雷丸」の項の「發明」中にある、時珍の記載になるものである。]≪と≫。【藍汁、亦、應聲䖝を治す。「藍草」の下《もと》に詳らかなり。】[やぶちゃん注:この割注は良安が附加したものであって、「本草綱目」にはない。]。
△按ずるに、猪苓【楓木《ふうぼく》の餘氣、結せる所なり。】≪と≫、雷丸【竹の餘氣、結する所≪なり≫。】≪とすれども≫、二物共《とも》、未だ知らず、必《かならず》、其れ、然《しかる》か。而して、猪苓は、廣東(カントウ)・南京《ナンキン》・福州(フクチウ)より、舶《ふね》、毎年、將來する。凡そ、一、二千斤≪に≫至≪る≫[やぶちゃん注:明治初期に規定された一斤六百グラムで換算すると、六百~一・二〇〇キログラム相当。]。雷丸は處處《しよしよ》の唐《もろこし》の舩《ふね》、及び、咬𠺕吧(ジヤガタラ)[やぶちゃん注:インドネシアの首都ジャカルタの古称。また、近世、ジャワ島から日本に渡来した品物に冠したところから、ジャワ島のこと。]≪の≫舶《ふね》より、將來する所、凡《およそ》、五、六百斤に至《いたり》、價(あたひ)も亦、賤(やす)し。然《さ》れば、則ち、中華・外國、共に、之れ、有りて、珍物ならざること、明《あきらか》なり。然《しか》るに、日本・朝鮮、共に、竹、少《すくな》からず。而《れども》、雷丸、出ること、無し。是《これ》も亦、琥珀の辨と同じ。
藥肆(くすりや)に、「大風子《だいふうし》の油《あぶら》」を以つて、「雷丸の油」と呼んで、之れを販(う)るは、誤《あやまり》なり。故《ゆゑ》、誤り稱することを禁ぜしむ。
[やぶちゃん注:「雷丸」は、竹に寄生する、
サルノコシカケ科カンバタケ属ライガンキン Polyporus mylittae の茸(きのこ)の菌体
を指す。直径一~二センチメートルの塊状を成し、回虫・条虫等の駆虫薬にされる。実は、既に、先行する「楓」で、一度出ており、注も上記の太字部分を出してある。「富山大学和漢医薬学総合研究所」の「伝統医薬データベース」「雷丸」の情報を引用すると、『生薬ラテン名』は『Omphalia』で、『薬用部位』は『菌核』。『選品』・『品質』は、『外皮は黒褐色か』、『栗褐色で』、『處々に凹窩』(おうか)『のある顆粒状塊で、よく枯れた』、『きめの細かい硬いもの程良い』とある。『主要成分』は『Proteolytic enzyme』とする。これは、辞書「英ナビ」のここによれば、『プロテアーゼ』・『タンパク質分解酵素』・『タンパク分解酵素』とあり、『タンパク質分解として知られる作用により』、『タンパク質が』、『より小さいペプチドとアミノ酸に分解するのを触媒する酵素』とあった。『薬理作用』は『條虫駆除作用』と『瀉下作用』とし、『臨床応用』では、『條虫駆除薬として応用する』。一『日』三『回』、一『日』十五~二十グラム『を』三『日連用する』とあり、『頻用疾患』の条には、『回虫駆除』と『腸内寄生虫』に薬効があると記す。古くは「神農本草經」に出ており。『中医分類』でも『駆虫薬』とされてある。『薬能』項には、『殺虫消積』とし、『条虫』・『鈎虫』・『蛔虫』の駆除、『虫積腹痛』や『小児疳積に用いる』とする。『備考』欄『ライガンキン Polyporus mylittae Cook. et Mass.(=Omphalia lapidescens Schroeter)の菌核を乾燥したもの』であり、『この菌は一般にタケ類の根茎に寄生するが,ときに棕櫚(Trachycarpus sp.)やキリ(Paulownia tomentosa Steud.)などの枯れた樹の根際にも寄生する』(学名が斜体でないのは、ママ)とあった。邦文ウィキはないので、「維基百科」の「雷丸」を見ると、『食用茸(キノコ)で、中国では経口駆虫薬として使用されており、オーストラリアのアボリジニの食糧の一種でもある』とあり、学名は『形態学的特徴に基づいて』、ギリシャ語の』『「孔空き」+「頭」で、「穴空きのキャップ」に由来する』とあった。『雷丸には、褐色腐朽木材腐朽菌である菌核菌が地下にあり、ニュージーランド、オーストラリア南部、中国に分布している。オーストラリアでは』、『「天然麵包」(Native Bread)』(「ネイティブ・ブレッド」)『として知られており、アボリジニの食べ物の一つである』。シノニムは『 Omphalia lagidescens (Horan) Cohn & Schroet., 1891; Polyporus mylittae Cooke & Massee, 1892; Polyporus mylittae Sacc., 1893』を示してある。『医学的価値』の項には、『雷丸は、回虫・条虫・鉤虫など、さまざまな寄生虫を殺すために使用出来る。その有効成分は中性プロテアーゼで、腸内環境内の寄生虫タンパク質(サナダムシの頭節など)を効果的に分解し、死滅させることが可能である』。「神農本草經」『には『「雷丸」、味、苦冷。主に』(ヒト寄生虫である)『三蟲を殺し、毒氣・胃中の熱を逐ふ。男子には利するも、女子には利ならず。摩膏』(塗布薬)『と作』(な)『し』、『小兒の百病を除く。山谷に生ず』とある。「本草綱目」には、『雷斧・雷楔、皆、霹靂擊物精氣所化。此物生土中、無苗葉而殺蟲逐邪、猶雷之丸也。」とあって』、『これらは、なべて等しく、それが殺虫効果があると認められてある』と言った具合に書かれてある。形状が、今一つ、捉え難いので、学名のグーグル画像検索をリンクさせておく(同キノコでないものの写真もあるので、注意されたい)。
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十七」の「木之四」「寓木類」にある([090-13a]以下)「雷丸」のパッチワークである。
「雷斧《らいふ》」石器時代の遺物である「石斧」(せきふ)や「石槌」(せきつい)等を指す。雷雨の後などに、たまたま、地表に露出して発見されたところから、『雷神の持ち物』と考えて名づけられたもの。「雷斧石」「雷鎚」、本邦では「かみなりのまさかり」等と呼んだ。
「雷楔(《らい》せつ)」同前で石製の斧の内で、所謂、楔(くさび)型をしたもの。「日文研データベース」の「外像」の『「日本の古代の石器.雷斧すなわち稲妻.この図版すべて実寸の半分の大きさ.1.くさび形先端(諸刃).ここに示された雷斧の最大例.蛇紋石.2.くさび形先端(諸刃).碧玉.3.くさび形先端(諸刃).長方形の横断面.角石.4.くさび形先端(諸刃).粘板岩....」 の拡大画像全26枚のうち7枚目を表示』を見られたい。雷斧と雷楔の明確な考古学的な区別は存在しない。
「三蟲《さんちゆう》」東洋文庫訳では、割注して、『(蛔(かい)虫・蟯(ぎょう)虫・寸白(すんぱく)虫)』とする。その『蛔(かい)虫』は、
線形動物門双腺綱旋尾線虫亜綱回虫(カイチュウ)目回虫上科回虫科回虫亜科カイチュウ属ヒトカイチュウ Ascaris lumbricoides
を指し、『蟯(ぎょう)虫』は、
旋尾線虫亜綱蟯虫(ギョウチュウ)目蟯虫上科蟯虫科 Enterobius 属ヒトギョウチュウ Enterobius vermicularis
で、『寸白(すんぱく)虫)』は、略して「すんばく」「すぱく」「すばく」「すんばこ」とも呼び、まず、「条虫(じょうちゅう)などの寄生虫」、また、「その虫によって起こる下腹部の痛む病気」を指し、別に、寄生虫由来ではなく、「特に婦人の下腹部の痛む病気、又は、婦人の生殖器疾患の総称」でもあった。現在の研究では、条虫(所謂、「サナダムシ(真田虫)」)類、例えば、ヒトに寄生する、
扁形動物門条虫綱真性条虫亜綱円葉目テニア科 Taeniidae テニア属ムコウジョウチュウ(無鉤条虫) Taenia saginata 等の断裂した切片による命名
ではないかと考えられている。詳しくは、私の「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚘(ひとのむし)」を見られたい。
「遯齋閑覽《とんさいかんらん》」北宋の陳正敏(生没年未詳)の随筆。全一巻であったが、佚書となり、幾つかの書物に引用が残っている。奇病「應聲蟲(わうせいちゅう)」病の現存する中国最古の記載の一つとされる。「應聲蟲」は、古くは、『柴田宵曲 妖異博物館 「適藥」』があり、新しいものでは、新字新仮名の『柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「応声蟲」』を見られたい。孰れもオリジナル注も完備してある。
『藍汁、亦、應聲䖝を治す。「藍草」の下《もと》に詳らかなり』これは、「和漢三才圖會」の「卷第九十四」の「濕草類」の「藍」の項の中の「藍ノ汁」の中にある。国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版の当該部をリンクさせておく。
「猪苓」菌界担子菌門真正担子菌綱チョレイマイタケ目サルノコシカケ科チョレイマイタケ属チョレイマイタケ Polyporus umbellatus 。前項の「猪苓」を見よ。
「楓木《ふうぼく》」先行する「楓」を見られたい。何度も注意喚起しているが、良安はムクロジ目ムクロジ科カエデ属 Acer のつもりで認識しているが、中国語のそれは、全くの別種である、ユキノシタ目フウ科フウ属フウ Liquidambar formosanaを指す。
『「大風子《だいふうし》の油《あぶら》」を以つて、「雷丸の油」と呼んで、之れを販(う)るは、誤《あやまり》なり。故《ゆゑ》、誤り稱することを禁ぜしむ』これは、先行する「楓」で、良安は既に語っている。「大風子の油」大風子油(だいふうしゆ)のこと。当該ウィキによれば、キントラノオ目『アカリア科(旧イイギリ科)ダイフウシノキ属』 Hydnocarpus 『の植物の種子から作った油脂』で、『古くからハンセン病の治療に使われたが、グルコスルホンナトリウムなどスルフォン剤系のハンセン病に対する有効性が発見されてから、使われなくなった』とあり、『日本においては江戸時代以降』、「本草綱目」『などに書かれていたので、使用されていた。エルヴィン・フォン・ベルツ、土肥慶蔵、遠山郁三、中條資俊などは』、『ある程度の』ハンセン病への『効果を認めていた』とある。]