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« 和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 附 苞木類 箟竹 | トップページ | 和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 附 苞木類 棘竹 »

2024/11/20

和漢三才圖會卷第八十五 寓木類 附 苞木類 篠

 

Sasa

 

[やぶちゃん注:キャプションがある。図の上部右方に「兒篠」(ちごささ)の葉の、同左方に「馬篠」(むまざさ)の葉の拡大図が添えられてある。そして、左中段の岩の下に、小さく、「五枚」「篠」と記すのであるが、ゴマイザサ(=現行のクマイザザ。注の最後を参照)の葉の絵は、恐らく、そのキャプションの下の小さなものを指しているものと思われる。]

 

さゝ   筱【同】 小竹

     【和名之乃

      一云佐々】

 

 

和名抄云篠細細竹也

△按篠叢生如草俗用笹字出𠙚未詳凡篠有數種

  有馬山いなのさゝ原風吹はいてそよ人に忘れやはする

[やぶちゃん注:この一首は、「後拾遺和歌集」所収の「大弐三位」の一首だが、第四句目は「いてそよ人を」が正しい。訓読文では訂した。

馬篠【俗云久末佐佐】 葉大一枝六七葉其大者一尺許廣二寸至

 秋出縱文㸃黃白色甚美本草所謂龍公竹葉若芭蕉

 者恐此類矣

兒篠【知古佐々】 高尺許葉最細長八九枚生於項有白縱

[やぶちゃん注:「項」は「頂」の誤字、或いは、誤刻。今まででも、しばしば認められる。訓読では訂した。

 理如線青白相交甚可愛本草所謂龍𮈔竹指此等乎

燒葉篠 【夜木波佐佐】高不過尺葉端周如枯焦故名之

五枚篠 【五末伊佐佐】高尺餘葉㴱青色似篠竹葉而短毎莖

 五葉叢生能繁茂植庭院玩之所謂越王竹高止尺餘

 者此等之類乎

 

   *

 

さゝ   筱《ささ》【同じ。】 小竹《しやうちく》

     【和名「之乃《しの》。

      一《いつ》≪に≫云ふ、「佐々《さゝ》」。】

 

 

「和名抄」に云はく、『篠《ささ》は、細い細《こまか》なる竹なり。』≪と≫。

△按ずるに、篠、叢生して、草のごとく、俗、「笹」の字を用《もちふ》。≪その「笹」の字は、≫出𠙚《でどころ》、未だ、詳≪かなら≫ず。凡そ、篠、數種、有《あり》。

  有馬山

   いなのさゝ原

     風《かぜ》吹《ふけ》ば

        いでそよ人を

             忘れやはする

馬篠(むまざゝ)【俗、云ふ、「久末佐佐《くまざゝ》」。】 葉、大≪にして≫、一枝、六、七葉、其の大≪なる≫者、一尺許《ばかり》、廣さ、二寸。秋に至《いたり》、縱文㸃《たてもんてん》、出《いで》、黃白色。甚《はなはだ》、美≪なり≫。「本草≪綱目≫」に所謂《いはゆる》、『「龍公竹」の葉、芭蕉のごとし。』と云ふは[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]、恐らくは、此の類≪ならん≫。

兒篠(ちご《ざさ》)【「知古佐々(ちござさ)」。】 高さ、尺許《ばかり》。葉、最も、細長《ほそなが》く、八、九枚、頂上に生ず。白き縱理(たつすぢ)有りて、線(いと)のごとし。青・白、相交《あひまぢりて》、甚だ愛すべし。「本草≪綱目≫」に謂ふ所の『龍𮈔竹《りゆうしちく》』は、此等《これら》を指すか。

燒葉篠(やきは《ざさ》) 【「夜木波佐佐《やきばささ》」。】高さ、尺に過ぎず、葉の端《はし》、周《まは》り、枯焦《かれこげ》たるがごとし。故、之れ≪に≫名《なづく》。

五枚篠《ごまいざさ》 【「五末伊佐佐《ごまいざさ》。】高さ尺餘《あまり》。葉、㴱青色《しんせいしよく》。篠竹《ささだけ》の葉に似て、短く、莖、毎《ごとに》、五葉、叢生《さうせい》して、能く、繁茂す。庭院に植え、之れを玩《もてあそ》ぶ。所謂《いはゆ》る、「越王竹、高さ、止(たゞ)、尺餘。」と云ふは[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]、此等《これら》の類《るゐ》か。

 

[やぶちゃん注:この「篠」は、まずは、

広義の「ササ」=「笹」=「篠」=「筱」=「筿」=「小竹」、

則ち、

イネ目イネ科タケ亜科 Bambusoideaeに属する植物の中で、その茎に当たる「稈」(かん)を包んでいる葉鞘が、枯れる時まで残るものの総称

である。参照したウィキの「ササ」によれば(注記号はカットした)、『タケ(竹)やササは多くの草本類と同じく茎にあたる稈には年輪がみられないが、一方で木本類のように堅くなる性質がある』。『植物学上はイネ科タケ亜科のうち、タケは』、『稈が成長するとともにそれを包む葉鞘が早く脱落してしまうものを』指し、『ササは』、『枯れるまで稈に葉鞘が残るものをいう。マダケなどタケの場合は』、『芽(タケノコ)の段階にはあった葉鞘が成長すると剥がれ落ちるが、ササ』類『の場合は』、『成長しても』、『葉鞘はそのままである』。(★☞)『タケとササの分類は』、『必ずしも標準和名と一致しない。分類上、ヤダケ』(前項「箟竹」を見よ)『は稈に皮がついたままなのでササ、オカメザサ』(タケ亜科オカメザサ属オカメザサ Shibataea kumasaca )『は皮が脱落するのでタケに分類される』(☜★)。『地下に匍匐茎を伸ばし、密集した群落を作る。一面に生えた場合、これを笹原という』。『笹のよく生える条件として、日本ではいくつかのパターンがある。一つはパイオニア植物として振る舞う場合である。よく河川周辺や道端などにネザサ類が出現する。これは、草刈りや川の氾濫などによる不定期な攪乱』『に強いためである。また、寒冷地では森林の伐採や山火事跡地でササが優占植生となり、木本類の更新を阻害して無立木地となる例がよくある。ササの優占を打破するためにブルドーザーなどで人為的な掻き起こしを行い、あえて鉱質土壌を露出させて樹木の実生の定着に適した環境を造成することがある』。『もう一つはブナ林の下生えで、日本のブナ林では林床でササ類が優占する例が多い。その種は地域によって異なり、太平洋側ではスズタケ』(スズタケ属スズタケ Sasamorpha borealis )『日本海側ではチシマザサ』(ササ属チシマザサ Sasa kurilensis )『の場合が多い』。『ササは放置すると』、『藪になってしまうが、生物多様性の観点からは小動物の隠れ家や昆虫の食草となっている』。『一方で』、『ササの繁茂は地中の水分を吸い上げて土壌を乾燥化させたり、日光を遮って他の植物の光合成を妨げたりする面もある』。『正確な開花周期は未解明で、約』六十『年から』百二十『年と言われている』。『非常に多くの種がある』。(★☞)『日本のタケ類のほとんどが中国渡来であるのに比べ、ササ類は土着の種が多く、しかも地方変異が多い』(☜★)。以下、甚だ多いので、種名の学名は一部の代表種を除き、追記しない(引用先には学名は冒頭の属名以外には附されていない。それにシノニムがあること、代表種を頭に引き上げたので、引用元とは異なる。項目ではなく、注で解説した関係上煩雑になるので、リンクは張らなかった。冒頭の総論「竹」から、前の「箟竹」で数種について解説をしてある)。頭の属名指示を太字とした。

○メダケ(雌竹)属Pleioblastus  メダケ Pleioblastus Simonii ・カンザンチク・リュウキュウチク・タイミンチク・ケネザサ・カムロザサ・ゴキタケ・アカネザサ・ギボウシノ・ハコネダケ・アズマネザサ

○アズマザサ(東笹)属 Arundinaria(シノニム: Sasaella   アズマザサArundinaria  ramosa ・スエコザサ・トウゲザサ・サドザサ・タンゴシノチク・ヤブザサ・アリマシノ

○ササ(笹)属 Sasa  クマザサ(隈笹) Sasa veitchii var. veitchii ・ヤコザサ・ウンゼンザサ・オオクマザサ・ニッコウザサ・アポイザサ・オオササ・オオバザサ・ミヤマザサ・チマキザサ・クマイザサ・チシマザサ・オクヤマザサ・イブキザサ・トクガワザサ・キンキナンブスズ・ミカワザサ・タキザワザサ

○スズタケ(篶竹)属 Sasamorpha  スズタケ Sasamorpha borealis  ・ケスズ(注:「篶」の字は「煤けたように黒みを帯びた細い竹」を指す)

○ヤダケ属 Pseudosasa  ヤダケ Pseudosasa japonica ・ヤクシマダケ

○インヨウチク属Hibanobambusa インヨウチクHibanobambusa tranquillans(本種はマダケ属 Phyllostachys とナリヒラタケ属 Semiarundinaria 、或いは、上記ササ属との交雑種と推測されている)

以下、『ほかに・葉の幅が広いイネ科植物には・ササの名を持つ例が多い。代表的なものを以下に挙げるが、最もササに似ているのはササクサ』(イネ科ササクサ属ササクサ Lophatherum gracile )『である』として、チゴザサ・チヂミザサ・ササクサ・ササガヤ・ササキビを挙げ、次いで、『それ以外にも、細長くてある程度幅のある葉をササになぞらえる例は多々ある』として、以下を掲げる。ササノハスゲ(カヤツリグサ科)・ササバモ(ヒルムシロ科)・ササバサンキライ(サルトリイバラ科)・ササユリ(ユリ科)・ササバハギ(マメ科)。

『「和名抄」に云はく、『篠《ささ》は、細い細《こまか》なる竹なり。』』「和名類聚鈔」の「卷第二十」の「草木部第三十二」の「竹類第二百四十六」にある。国立国会図書館デジタルコレクションの寛文七 (一六六七)年板の当該部で、訓読する。

   *

篠(しの[やぶちゃん注:右ルビ。]/さゝ[やぶちゃん注:左ルビ。])  蔣魴《しやうばう》が「切韻」に云はく、『篠【「先」「鳥」の反。和名、「之乃《しの》」。一《いつ》≪に≫云≪ふ≫「佐々《ささ》」。俗に「小竹」の二字を用《もちひ》て、之《これ》を「佐々」と謂ふ。】は、細き細竹なり。』≪と≫。

   *

「有馬山いなのさゝ原風吹《かぜふけ》ばいでそよ人を忘れやはする」「後拾遺和歌集」の「卷第十二 戀二」に所収する、大弐三位(だいにのさんみ:藤原賢子(けんし/かたいこ:言わずもがな、紫式部の娘)の一首(七〇九番)、

   *

   かれがれなる男(をこと)の、

   「おぼつかなく。」など、いひ

   たるに詠める

 有馬山(ありまやま)

    猪名(ゐな)の笹原(さゝはら)

   風吹けば

      いでそよ人を

     忘れやはする

   *

この一首は、「かれがれなる男」、則ち、「暫く、来なかった男」から、不安をかこつ手紙を受け取った大弐三位が、男の身勝手な言い草を、優雅な歌で嫌味を込めて言い返した歌とされている。『新日本古典文学大系』版の同歌集の久保田淳氏の脚注によれば、一首の意味は、『有馬山の近くの猪名の笹原に風が吹くと、笹原は』、『そよ』そよ『と音を立てます。そうですよ、そのように私はあなたのことを忘れるものですか。』とある。「有馬山」・「猪名」は孰れも摂津の歌枕。「有馬山」とは特定の山ではなく、広域の山々の総称で、兵庫県伊丹市等に広がる野であった「猪名野」の背景の山々南東に当たる摂津国の猪名川(いながわ)に沿った平地で、現在の兵庫県川辺郡猪名川町(いながわちょう:グーグル・マップ・データ)・尼崎市・伊丹市・川西市の広域に相当する(高校の「百人一首」の附属教材等では有馬温泉地域の山の総称とするが、採れない)。古くは、この辺りは、一面に笹が生えていた。「小倉百人一首」で五十八番に選ばれた歌として知られる。

「馬篠(むまざゝ)」ササ属クマザサ(隈笹) Sasa veitchii var. veitchii 。当該ウィキを引く(注記号はカットした)。漢字表記は『隈笹、山白竹』。注で、『「熊笹」と書かれることがあるが、これは誤用である』とある。『山地に生育する、大型のササ類一般を』漠然と『指す場合も多い』。『日本特産の笹(キュー植物園系のデータベース World Checklist of Selected Plant Familiesによれば』、『サハリン州の千島列島や樺太 にも見られる』とある)。『九州、中国地方、京都府の一部の山地に生える。葉に白い隈取りがあることが名前の由来で、漢字で「隈笹」と書かれる。標準和名をクマザサとよぶ植物は、高さが』一~二『2メートル』『になる大型のササで、葉は長さが』二十『センチメートル 』『を越え、幅は』四~五センチメートル。『特徴になっている葉の白い隈取りは』、『若葉にはなく、葉が越冬するとき』、『縁が枯れて』、『隈取りになる』。『非常に変異が多く、原名亜種は京都に産するものである。多くの変種が北日本の日本海側を中心に分布する。変種としてオオザサ Sasa veitchii var. grandifolia やチュウゴクザサ Sasa veitchii var. hirsuta がある』。但し、『チュウゴクザサはクマザサや俗称としてのクマザサのような整った隈取りにはならない』。『種としては上記のものがクマザサであるが、それ以外にも近似の種が多く、分類は混乱している面もある』。『日本のブナ林では林床に大型のササ類が密生することが多く、これらもまとめてクマザサと言われることもある。チシマザサ Sasa kurilensis 、スズタケ Sasamorpha borealis 、クマイザサ Sasa senanensis 、チマキザサ Sasa palmata 、ミヤコザサ Sasa niponica などのクマザサと同じササ属 Sasa の笹が往々にしてクマザサ扱いされる。一般的に、多雪の日本海側ではチシマザサ、クマイザサ、チマキザサが、少雪の太平洋側ではスズタケや小型のミヤコザサがその位置を占める』。『葉の隈取りを愛でて、庭園や公園に栽培されることもある。葉の部分は、さわやかな香りと、さっぱりした味があり、飲料用、薬用などに利用される』。『笹の葉には優れた抗菌作用・防腐作用があるため、昔から笹寿司(石川・富山および長野・新潟)やちまき、日本料理に使われている』。『旧飛騨国(現岐阜県北部)では隈笹の実が野麦(のむぎ)と呼ばれ、野麦峠という地名もある。凶作の年にはその実を食べて飢えをしのいだという』。『胃炎、口内炎に効果があるとされ、ビタミンKが多く含まれていることから、歯周病予防、口内炎予防、口臭予防に良いともいわれている。ビタミン、ミネラルなどの栄養素がバランス良く含まれており、漢方では万病に効く薬草として扱われている。葉を薬用するときは収穫はいつでもよく、採集したら細かく刻んで天日干しする。一般に見られるチマキザサなども同様に薬用にできる』。『乾燥した葉をフライパンや鍋などで炒ってから、煎じて健康茶として飲まれたり、エキスが健康食品として市販されている。これは高血圧、糖尿病などに効果があるとされるが、ヒトに対する有効性について信頼できるデータはないようである。クマザサの葉を淡竹葉(たんちくよう)という生薬名でいうこともある(ただし、淡竹葉を他植物とする場合もある)。民間療法で』一『回』二十『グラムほどの新鮮な葉をミキサーで砕いて、青汁を作って』、一『日』二『回服用する用法も知られている。胃腸の熱を冷ます薬草効果があるため、胃腸の冷えやすい人や妊婦には使用禁忌だと言われている』とある。

「秋に至《いたり》、縱文㸃《たてもんてん》、出《いで》、黃白色。甚《はなはだ》、美≪なり≫」と、良安は、「それが美麗である」と言っているのだが、これには、私は大きな疑問がある。これを、単に隈取りの現象を指しているのなら、文句は言わない。しかし、良安は「隈取」と言わず、「縱文㸃」、則ち、笹の葉の縦方向に有意な筋状の線状紋が生ずる(これだけなら、まあ、「隈取」と採ってやっても我慢は出来る)というだけでなく、「㸃」=点状の何らかの有意な白でも黄でもない「斑点」が生ずると言っているから(としか私は採れない)である。試みに、ネットを調べると、「農研機構」公式サイト内の「花き研究所」(「花き」は「花卉」のこと)の「花き病害図鑑」の「ササ類」の「ごま黒やに病」のページがあり、感染する植物名にはクマザサを筆頭にして、『ヤダケ、スズタケ、チシマザサ、ミヤコザサ』を挙げ、「病徴写真」があって、『葉表に黒色で光沢のある盛り上がった斑点が形成される。病斑の周辺は黄化する』とあるのである。無論、我々の美意識からは、「隈取り」が美しいし、このような病変した葉を、我々は「甚だ、美なり」とは言わないだろうが、判らんぞ! 竹の黒斑や、病変個体を愛玩している日本人は、今も、ゴマンといるのだ! 私は、毅然として、これは「ごま黒やに病」に罹患したクマザサであると、信じて疑わないのである! 因みに、リンク先には、病原菌を、子嚢菌門フンタマカビ綱核菌綱クロカワキン目Phyllachoralesクロカワキン科 フィラコラ属Phyllachora tetraspora とする(無性世代は Leptostromella 属とされる)。

『「本草≪綱目≫」に所謂《いはゆる》、『「龍公竹」の葉、芭蕉のごとし。』と云ふ』 「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十七」の「木之五」の「苞木類」の「竹」の「集解」の[090-20b]の六行目後半に出る。しかし、中文サイトを引くと、複数の記載に伝説上の竹の名とするので、良安の推定見解には同意出来ない。

「兒篠(ちご《ざさ》)」これは、イネ科チゴザサ属チゴザサ Isachne globosa であろう。「維基百科」の同種は「柳葉箬」である。当該ウィキを引く(注記号はカットした)。『小型のササのような姿の植物で湿地に群生する』。『多年生の草本。根茎は横に伸び、そこから直立する茎(稈)を出す。直立する茎は高さ』三十~六十センチメートル『になる。直立する茎に出る葉身は披針形で長さ』四~九センチメートル、『幅』四~八ミリメートル『ほど、主脈はあまり目立たず、葉の縁はやや固くなってざらつく。葉舌は』一『列の長い毛の形になる』。『花期は』六~八『月で、茎の先端に円錐花序を直立させる。円錐花序は長さ』三~六センチメートル『で、枝は屈曲して小穂を単生するか』、一、二『回』、『分枝して小穂をつける。分枝はやや細く、それが大きい角度を取ってまばらに広がる。小穂には柄があり、その途中に淡黄色の帯状をした腺がある。小穂はほぼ楕円形だが先端に向けてやや幅が広まっており、また』、『基部に向かって細まっていて、長さ』二~二・二ミリメートル、『淡緑色から紫を帯びて淡紫色のものまでがある。また花柱も紅紫色。花柱は開花時には頴の外へ突き出し、美しく見える』。『和名は稚児笹で、その姿が細く』、『小型であることによる』。『この類の小穂は』二『個の小花からなり』、二『個は』、『ほぼ同大で腹背に扁平で、いずれも両性花である。包穎は広楕円形で紙質、小穂とほぼ同長かやや短くなっており、はっきりしない脈が』、『数本』、『走る。護穎は硬くてやや革質、楕円形で縁が内側に巻き、その内側に内穎を抱える。内穎も革質で』、『やや平坦、熟すと淡黄色となる。果実が成熟した際には内穎と護穎は果実を抱えてそのまま脱落し、柄の上には包穎だけが残る。なお』、二『つの小花のうち』、『上のものは両性花で結実するが、下方のものは雄性で結実しないと記述される例があるが、多くの場合に両方共に結実する』。『日本では北海道から琉球列島までと広く分布し、国外では中国、東南アジア、オーストラリアにまで分布がある』。『普通種であり、水湿地に出現してよく群生を作る。水田の畦や溝などにもよく出現し、休耕田では一面に群落を作ることが珍しくない』。『本属の植物は東南アジアを中心に世界の暖地に生育し、約』六十『種がある。日本では本種の他に以下の』二『種がある。いずれも本種より遙かに小型の植物で混同することはまずない』とある。

○ハイチゴザサ Isachne nipponensis(『地を這う植物で本種よりずっと小さく、背丈は』十センチメートル『程にしかならない』)

○アツバハイチゴザサ Isachne kunthiana(『ハイチゴザサに似て』、『やや葉が大きくて厚い。他に北村他』『にはオオチゴザサ I. subglobosa が取り上げられており、やや大きくて紫を帯びず』、二『つの小花のうち』、『下方のものが雄生で結実しない、との記述があるが、長田』『も佐竹他』『もこれには触れておらず、認めていないものと思われる。しかしYListにはこの種が認められている』)

『「本草≪綱目≫」に謂ふ所の『龍𮈔竹《りゆうしちく》』は、此等《これら》を指すか』「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十七」の「木之五」の「苞木類」の「竹」の「集解」の[090-20b]の六行目中央部に出る(「龍公竹」の前)。これも、同定し得る実在する竹のデータは全くない。やはり、良安の推定見解には同意出来ない。

「燒葉篠(やきは《ざさ》)」「夜木波佐佐《やきばささ》」残念ながら、クマザサの異名に過ぎない。

「五枚篠《ごまいざさ》」「五末伊佐佐《ごまいざさ》」これは、ササ属クマイザサ Sasa senanensis と思われる。ホーム・ページに『筑波大学生物学類の「植物分類学野外実習」は毎年』七『月半ば頃に菅高原実験センターで開講されます。この期間中にセンター付近(根子岳を含む)で見られた花(+ α)を集めてみました』とあるサイト「Flower of Sugadaira in July 菅平の花(7月限定)」(基本統括サイトが筑波大学生命環境群生物学類であるから、その関係者による作成サイト)の「クマイザサ 九枚笹」に、『北海道から九州の温帯域に分布。地下茎は長く横走し、そこから地上茎(稈)が立ち上がる。稈は高さ』一~二メートル、『直径』五~六ミリメートル、『中空、基部でまばらに分枝し、ふつう無毛だが、ときに逆向きの細毛がある。稈鞘は宿存性で革質、表面は無毛。葉は常緑、枝先に数個』(☜)『ずつつく(九枚笹)』(☜:されば、「五枚篠」でも問題ないことになる)。『葉鞘は革質、無毛。肩毛は放射状だが、しばしば欠如。葉身は披針状長楕円形』二十~二十五×四~五センチメートル、『やや革質、表面は』普通、『無毛、裏面には軟毛がある』。『小穂は長さ』二~二・五センチメートルで、四から七枚の『小花からなり、下部には』二『個の小形の苞穎がある。護穎は卵形、長さ』七~八ミリメートル、『鋭尖頭、縁に細毛があり』、七『脈がある。内穎は護穎より』、『やや長いか』、『同長、先は』二『裂し、竜骨の上部に細毛がある。鱗被は』三『個、薄膜質透明、卵形、縁毛がある。雄しべは』六『個。雌しべは』一『個、花柱は短く、柱頭は長く』三『裂して羽毛状。子房は上位、卵形』とある。

「越王竹、高さ、止(たゞ)、尺餘」「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十七」の「木之五」の「苞木類」の「竹」の「集解」の[090-20b]の五~六行目に出る。これ頭に出産地として『嚴州』とある。これは現在の湖南省沅陵県(グーグル・マップ・データ)だが、ここにクマイダケが植生するかどうか、調べるほど、俺は、お人よしじゃあ、ねえから、ここらで、退場するぜ。]

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