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« 和漢三才圖會卷第八十七 山果類 目録・梨 | トップページ | 和漢三才圖會卷第八十七 山果類 棠梨 »

2024/12/20

和漢三才圖會卷第八十七 山果類 鹿梨

 

Mamenasi

 

ありのみ  䑕梨 山梨

      陽檖 赤羅

鹿梨

      【詩曰有隰樹

       檖者是也】

やまなし  【俗云阿利乃美】

 

本綱鹿梨野梨也大如杏【味酸濇氣寒】其木文細宻如羅赤

者文急白者文緩

△按鹿梨枝有刺其子如大棗味酸濇不堪食伹爲聖靈

 祭果耳故名聖靈梨

  六帖世の中をうしといひてもいつこにか身をはかくさん山

                      なしの花

 

   *

 

ありのみ  䑕梨《そり》   山梨《さんり》

      陽檖《やうすゐ》 赤羅《せきら》

鹿梨

      【「詩」に曰はく、『隰《さは》には

       樹檖(じゆすゐ)有り』とは、是

       れなり。】

やまなし  【俗、云ふ、「阿利乃美《ありのみ》」。】

 

「本綱」に曰はく、『鹿梨《ろくり》は、野梨《のなし》なり。大いさ、杏《あんず》のごとし【味、酸、濇《しぶし》。氣は寒。】其の木の文《もん》、細宻(こまや)かにして羅《ろ[やぶちゃん注:「絽」の当て音(オン)。]/うすぎぬ》のごとし。赤き者は、文、急《きふ》なり。白き者は、文、緩《ゆる》し。』≪と≫。

△按ずるに、鹿梨《やまなし/ありのみ》の枝に、刺《とげ》、有り。其の子《み》、大きなる棗《なつめ》のごとく、味、酸《す》≪くして≫濇(しぶ)く、食ふに堪へず。伹《ただし》、聖靈祭(しやうりやう《さい》)の果(くはし)[やぶちゃん注:「菓子」。供物とする果物。]と爲《す》るのみ。故に、「聖靈梨《しやうりやうなし》」と名づく。

 「六帖」

   世の中を

      うしといひても

    いづこにか

      身をばかくさん

           山なしの花

 

[やぶちゃん注:この「鹿梨」は、「維基百科」の「豆梨」に、『又名鹿梨(圖經本草)、陽、赤梨(爾雅)、糖梨、杜梨(貴州土名)、梨丁子(江西土名)』、『生長於中國大陸山東、河南、江蘇、浙江、江西、安徽、湖北、湖南、福建、廣東、廣西及越南北部。適宜溫暖潮濕氣候,常見於海拔80-1800米的山坡、平原或山谷雜木林中。』とあることから、前の「梨」でもちょっと掲げた、

双子葉植物綱バラ目バラ科ナシ亜科ナシ属マメナシ(豆梨) Pyrus calleryana

であることが判る。日本語のウィキ「マメナシ」を引く(注記号はカットした)。『別名がイヌナシ』(犬梨)で、『三重県ではイヌナシと呼ばれることが多い』。『朝鮮半島、中国、ベトナム北部と日本の東海地方に分布している。同様の分布域であるシデコブシ、シラタマホシクサなどとともに東海丘陵要素(周伊勢湾要素)植物と呼ばれている。日当たりのよい湿地や溜め池などの周辺に分布する』。『アメリカ合衆国には観賞用及びナシの台木として導入されたが、日本とは逆に広く野生化して問題となっている』。『三重県の桑名市「多度のイヌナシ自生地」』(ここ。グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)『は国の天然記念物に指定されている』。『愛知県には小幡緑地、八竜湿地、尾張旭市の長池などの自生地が点在して』おり、『小牧市の「大草』(おおくさ)『のマメナシ自生地」』(同地の太良上池(だいらかみいけ)がそこ)『は愛知県の天然記念物に指定されている』。『ナシの原種ではない。木の高さは』八~十メートル『ほどになる』。『葉は広卵形から卵形または卵状長楕円形で、長さが』四~九センチメートルである。『直径』二・五センチメートル『ほどのサクラに似た白い花をつける。開花時期は』四『月。花は栗の花に例えられる匂いを放つ。果実は黄褐色の直径』一センチメートル『程のニホンナシに似た形状で、円形の小さい皮目が多数ある。果実が熟した後は、黒色になり落下することが多い。果実には渋みがあり、美味しいものではない。氷期の遺存植物とされている。東海地方で』四百六十『程の個体数が確認されていて』、四十六『株が最大の群落(多度の自生地)』、七『株以上の自生地が』十五『箇所、多くの自生地が』五『株以下、孤立木であることが調査されている。遺伝子の解析等で栽培されているニホンナシと同様に自家受粉ではほとんど結実しないことが確認されていて、自家不和合であると考えられている』とある。

 「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十」の中で続く「果之二」の冒頭の「梨」の次の「鹿梨」([075-5a]以下)のパッチワークである。

 なお、ここで良安が添える和名の異名である「ありのみ」は、民俗社会によく見られるネガティヴな意との音通を忌んで「なし」≒「無し」を嫌って、反対の『「有り」の実』と転じたものである。

 『「詩」に曰はく、『隰(さは)には樹檖(じゆすい)有り』とは、是れなり』これは、「詩經」の「秦風(しんぷう)」の「晨風(しんぷう)」の一節。例によって、所持する恩師である乾一夫先生(惜しくも亡くなられた)の編になる明治書院『中国の名詩鑑賞』「1 詩経」(昭和五〇(一九七五)年刊)を参考にした。それによれば、『自分の夫あるいは恋人を思い慕う、婦人の恋歌』とある。但し、後の方で、『朱子は、この詩をもって、婦人が夫の不在を嘆くものとみている。役』(えき)『に行って久しく帰らぬ夫を思ふ婦人たちの歌であったかもしれぬし、あるいは未婚の女性の恋歌であっても不都合はあるまい』ともある。なお、この「隰(さは)」の「さは」は「澤(沢)」であるが、この場合は、水のある沼沢の意味ではなく、「澤」の持つ原義である「低い位置にある湿った土地」を指している。因みに、この一行は「本草綱目」の「鹿梨」の「釋名」にあるものを、良安が引いて手を加えたものであって、彼のオリジナルなものではない。

   *

 

  晨風

 

鴥彼晨風

鬱彼北林

未見君子

憂心欽欽

如何如何

忘我實多

 

山有苞櫟

隰有六駮

未見君子

憂心靡樂

如何如何

忘我實多

 

山有苞棣

隰有樹檖

未見君子

憂心如醉

如何如何

忘我實多

 

   *

 

  晨風(しんぷう)

 

鴥(いつ)たる彼(か)の晨風

鬱(うつ)たる彼の北林

未だ君子を見ざれば

憂心(いうしん)欽欽(きんきん)たり

如何(いかん)ぞ如何ぞ

我(われ)を忘すること實(じつ)に多き

 

山には苞櫟(はうれき)有り

隰(しつ)には六駮(りくはく)有り

未だ君子を見ざれば

憂心樂(い)ゆる靡(な)し

如何ぞ如何ぞ

我を忘すること實に多き

 

山には苞棣(はうてい)有り

隰には樹檖(じゆすゐ)有り

未だ君子を見ざれば

憂心醉(ゑ)ふがごとし

如何ぞ如何ぞ

我を忘すること實に多き

 

   *

以下、先生の訳を引く。

 

   《引用開始》

 

赤・青いろどるあの錦鶏、こんもり茂ったあの北林。あなたのお顔を見ないから、憂いの心がむすぼれる。なんでなんで、私をかくまでひどく忘れたの。

山にはむらがりはえた櫟(くぬぎ)があり、阪下には大きく伸びた赤梨がある。あなたのお顔を見ないから、憂いの心はいえません。なんでなんで、私をかくまでひどく忘れたの。

山にはむらがりはえた郁李(いくり)があり、阪下には高く仲び立った赤梨がある。あなたのお顔を見ないから、憂いの心は酒に酔ったよう。なんでなんで、私をかくまでひどく忘れたの。

 

   《引用終了》

 以下、幾つかの先生の語注を引きながら、注を附す。

・本詩題の「晨風」(乾先生の注に「晨」は「鷐」の省借とある。現行の「」は、乾先生の注を見、ネットで調べると、現行では、この漢字を、猛禽類のハヤブサの意を当てているようだが、坂下の湿地にハヤブサは如何にも似合わないぞ!)、訳の「錦鶏」は、キジ目キジ科  Chrysolophus 属キンケイ Chrysolophus pictus である。私は小学校で飼っていたそれの♂を反射的に思い出すのだが、本種は中国南西部からミャンマー北部を原産とする。

・「鴥」は、『「矞(いつ)」あるいは「霱(いつ)」の仮借で、青・赤の二色からなっていること。ここでは、鳥が赤や青などの色をそなえているをいう形容語』とある。乾先生は、最後に、『首章初句の「鴥たる彼の晨風」の語は、彩色あざやかな誰鶏をさすものであって、それは彼女が恋慕する〈彼〉の象徴であり、その「君子」の語を起こす措辞であったはずだ。』と締め括っておられる。同感である。

・「苞櫟」「苞」は叢(むらが)るさま。「櫟」はブナ(椈)目ブナ科コナラ(小楢)属コナラ亜属クヌギ Quercus acutissima 。先生もこれに同定している。なお、本邦では、裸子植物門イチイ(一位)綱イチイ目イチイ科イチイ属イチイ Taxus cuspidata に、この「櫟」を当てるというとんでもないことをしているので注意が必要。

・「六駮」「六」は『長大なさま。あるいは、木の多いさま。』とあり、「駮」は『赤李』とある。バラ目バラ科スモモ亜科スモモ属スモモ Prunus  salicina で問題ない。「和漢三才圖會卷第八十六 果部 五果類 目録・李」を参照されたい。

・「棣」『郁李。にわうめ。バラ科の落葉小濯木。中国原産。』とある。この「棣」は、双子葉植物綱バラ目バラ科スモモ(李)属ニワウメ(庭梅)亜属 Lithocerasusニワウメ Prunus japonica を指す。漢字表記及び中国語では「郁李」(いくり)。当該ウィキによれば、『中国華北、華中、華南などの山地に自生し、日本へは江戸時代に渡来した』。『観賞用のために広く栽培されている』とあった。「本草綱目」によれば、「爾雅」出典である。なお、実は、項目標題の「扶栘」の「栘」も、このニワウメを意味する漢語である。先行する「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 扶栘」に「唐棣」が出る。

★「樹」先生の注に、『赤梨。山梨。毛伝に「樹は赤羅なり」といい、陸璣の『毛詩草木鳥獣虫魚疏』(『毛詩正義』所引)に「は一名赤羅、一名山梨」と説く。「羅」は「梨」と一声の転の関係にあり、「梨」の仮借。バラ科の落葉喬木。なお、『説文』所引の文では、「隰有樹𣔾」と「𣔾」に作り、「𣔾は羅なり」と説く。』とある。この『「羅」は「梨」と一声の転の関係にあ』るというのは、中国語に堪能な古い教え子に訊ねたところ、『何か音韻学の専門用語のようにも聞こえますが、何のことはない、『音が近い』と言っているだけのように思われます(漢文に通じた者は、とかく聞き慣れぬ漢語で表現する癖があるように思います。こういう風潮は迷惑なことです)。現代北京標準語では羅はluo2、梨はli2です。子音lが共通で、母音が異なる関係にあります(現代北京標準語の声調は同じ第二声ですが、その歴史的変遷について私は知識がありません)。中国発音の変化の歴史の影響を重層的に受けてきた日本漢語の発音でも「ラ」と「リ」であり、頭子音が同じで、母音が異なりますね。ただ、その近似関係を指摘しているだけのように思われます。』と明快な答えを、早朝から、答えて呉れた。さても。而して、「百度百科」の「鹿梨」で、「別名」として、「・赤羅・羅・山梨・陽檜・鼠梨・赤蘿・樹梨・酸梨・野梨・糖梨・杜梨」(簡体字を繁体字に代えた)を挙げてあるので、本マメナシ Pyrus calleryana に同定されていることが確認出来た。

・「如醉」『心をうばわれる。心がちぢに乱れることをいう語。』とある。

   *

「其の木の文《もん》、細宻(こまや)かにして羅《ろ/うすぎぬ》のごとし。赤き者は、文、急《きふ》なり。白き者は、文、緩《ゆる》し。」グーグル画像で調べたところ、サイト「TERRARIUM」の「バラ 科 Pyrus 属 マメナシ(豆梨) 種」の画像列の、一番左の花と葉を見せてある画像のものは、樹皮の模様が、大まかに緩やかだが、その右の個体は、ゴツゴツとして厳しい。

「鹿梨《やまなし/ありのみ》の枝に、刺《とげ》、有り」Katou氏のサイト「三河の植物観察」の「マメナシ 豆梨」のページに、一枚だけだが、痛烈なそれが、見られる。

「聖靈祭(しやうりやう《さい》)」「たま祭り」。盂蘭盆会のこと。

「六帖」「世の中をうしといひてもいづこにか身をばかくさん山なしの花」「六帖」は、平安中期に成立した類題和歌集「古今和歌六帖」のこと。全六巻。編者・成立年ともに未詳。「万葉集」・「古今集」・「後撰集」などの歌約四千五百首を、歳時・天象・地儀・人事・動植物などの二十五項・五百十六題に分類したもの。「第六 木」に所収する。「日文研」の「和歌データベース」のそれの、ガイド・ナンバー「04268」で確認した。]

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