茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版「形象篇」「第二卷」 「孤兒の歌」
孤兒の歌
私は何人でもなく、何人でもないだらう。
今私は存在には尙ほ小さ過ぎる、
しかし後になつても矢張り。
お母さんだち、お父さんだち、
あはれむで下さい。
いたはり育てる甲斐はなくも、
でも私は刈取られる。
誰も私を用ひ得ない。今は早過ぎるし、
明日は遲過ぎる。
私はただこの一つの著物を持つきりだが
それは薄くなりまた色があせる。
しかしそれは長い間保(も)つてゐる
恐らくは神樣の前でもなほ。
私はただこの僅かな髮をもつてゐる。
(いつも同じだつた。)
嘗て一人の最愛のものだつた。
いま彼はもう何にも愛しない。
[やぶちゃん注:「何人」「なんぴと」。
「今私は存在には尙ほ少さ過ぎる、」は、実は、原本では、「今私は存在には尙ほ少さ過ぎる、」となっている。岩波文庫の校注に、後の再版『「詩集」で「小さ」に訂正された』とあるので腑に落ちたので、特異的に修正した。]
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