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2025/01/22

和漢三才圖會卷第八十七 山果類 佛手柑

 

Busyukan

 

[やぶちゃん注:挿絵の中央の水辺の岸には、二枚の「嫩葉」(わかば)のキャプション附きの絵が添えてある。]

 

ぶ しゆ かん 枸櫞 香櫞

       【不之由加牟】

佛手柑

 

 

本綱佛手柑樹似朱欒而葉尖長枝閒有刺植之近水乃

生其實狀如人手有指有長一尺四五寸者皮如橙柚而

厚皺而光澤其色如𤓰生縁熟黃其肉甚厚白如蘿蔔而

[やぶちゃん字注:「縁」は誤刻であろう。「本草綱目」に随い、訓読文では「綠」に訂正した。

鬆虛其核細其味不甚佳而清香襲人置衣笥中則數日

不歇若安芋片十蒂而以濕紙圍䕶經久不廢或擣蒜罨

[やぶちゃん字注:「本草綱目」を見るに、「十」は「於」の誤りで、また、「廢」も「癟」の誤りである。訓読文では、孰れも訂した。

其蒂上則香更𭀚溢又浸汁浣葛紵勝似酸漿多產閩廣

間雕鏤花鳥作𮔉煎果食置之几案可供玩賞寄至北方

人甚貴重

皮瓤【辛酸温】下氣除心頭痰水

[やぶちゃん注:以上、割注した通り、「漢籍リポジトリ」の「卷三十」の「果之二」の「枸櫞」([075-40a]以下)の「釋名」と「集解」をパッチワークしたものなのだが、「本草綱目」の当該部と対比すると、あってはならな致命的な誤りが複数あるのである。これは、今までの中でも、最も劣悪なものと指弾してよい。

△按凡柑橘柚之類皆怕寒佛手柑特甚而其樹如値寒

 則枯或雖不枯不實冬月則用稃蔽根晝則可受陽也

 其樹似柚有刺葉全不似柚柑之輩而稍大淡青色筋

 理顯然畧似多羅葉而不尖四五月生新葉時嫩葉褐

 色以爲異三才圖會之佛手柑圖葉形尖本草時珍亦

 謂尖長者未審

 

   *

 

ぶ しゆ かん 枸櫞(きろえん) 香櫞《かうえん》

 

       【「不之由加牟《ぶしゆかん》」。】

佛手柑

 

[やぶちゃん注:「ぶしゆかん」はママである。江戸期の知られた本草書類でも、「ぶしゆかん」と記されてある。「枸櫞」の読みはママ。但し、「キロエン」の「ロ」は、原本では字が潰れており、推定である。「キヨエン」・「キユエン」・「キコエン」かも知れない。しかし、現行の拼音では“jǔ yuán”であり、これは、「ヂィー・ユァン」であるから、「キユエン」が近いかも知れない。因みに、国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版も、活字版であるが、「ロ」に左角から右へ斜めに傷のようなものが入っており、まるで原本を真似た如くである。因みに、東洋文庫訳では『くえん』と訳者が振っている。「枸」は音「ク」或いは「コウ」である。なお、この原文、送り仮名の擦れた箇所が多く、以上の中近堂版に、かなり頼った。

 

「本綱」に曰はく、『佛手柑は、樹、朱欒《しゆらん》に似て、葉、尖《とがり》、長く、枝≪の≫閒《あひだ》に、刺《とげ》、有り[やぶちゃん注:ウィキの「ブッシュカン」のこの写真で、先の赤い棘が確認出来る。]。之れを、近き水≪邊《みづべ》≫に植れば、乃《すなはち》、生ず。其の實の狀《かたち》、人の手の指、有るがごとし。長さ、一尺四、五寸なる者、有り。皮は、橙《たう/だいだい》・柚《いう》のごとくにして、厚《あつく》、皺(しは)みて、光-澤《つや》≪あり≫。其の色、𤓰《うり》のごとく、生《わかき》は、綠《みど》りに、熟《じゆくせ》ば、黃なり。其の肉、甚だ、厚《あつく》、白にして、蘿蔔《だいこん》のごとくにして、鬆虛《しようきよ》なり[やぶちゃん注:細かな隙間があって、サクサクしているさまを言う。]。其の核《さね》、細《こまか》にして、其の味、甚《はなはだ》、佳《か》ならず。而≪れども≫、清香《せいか》あり、人に襲《おそ》ふ[やぶちゃん注:人が重ね着する衣服を指す。]≪ところの≫衣笥《いし》[やぶちゃん注:和服を入れる「簞笥(たんす)」。]の中に置けば、則《すなはち》、數日《すじつ》、歇《や》まず。若《も》し、芋片を蒂《へた》に安《やすん》じて、濕≪り≫紙を以《もつて》、圍䕶《ゐご》すれば[やぶちゃん注:周囲を保護してやれば。]、久《ひさしき》を經て、癟《しなぶる》≪こと≫、せず。或いは、蒜《にんにく》を擣《つき》て、其の蒂の上に罨《おほ》へば、則《すなはち》、香《かをり》、更≪に≫、𭀚溢《じゆういつ》す。又、汁を、浸《ひたし》、葛紵《くづぬの》を浣(あら)へば、酸漿《ほほづき》に勝れり[やぶちゃん注:原文の、ここにある「似」を生かすなら、「勝れるに似たり」、或いは、「酸漿に似て、勝れり」とでも読むところだが、どうも文字列に違和感がある。思うに、これは、「本草綱目」の誤字で、「似」ではなく、「以つて、酸漿《ほほづき》に勝れり」なのではあるまいか?]。多く、閩《びん》[やぶちゃん注:現在の福建省を中心とした古名。]・廣[やぶちゃん注:現在の広東省・広西省。]の間に產≪し≫、花鳥《くわてう》を雕鏤《てうる》≪し≫、𮔉煎果《みつせんくわ》と作《な》して、食《くふ》。之れを几案《きあん》[やぶちゃん注:机。]に置き、玩賞《ぐわんしやう》に供《きやう》すべし。北方の人に、寄至《きせい》すれば[やぶちゃん注:贈ってやれば。]、甚だ貴重≪と≫す。』≪と≫。

『皮瓤《かはわた》【辛酸、温。】氣を下《くだ》し、心頭の痰水を除く[やぶちゃん注:意味不明。]。』≪と≫。

△按ずるに、凡そ、柑・橘・柚の類《るゐ》、皆、寒《かん》を怕(をそ)る。佛手柑、特に甚《はなはだしく》して、其の樹、如《も》し、寒に値《あ》へば、則《すなはち》、枯《か》る、或いは、枯れずと雖《いへども》、實のらず。冬月、則、稃(すりぬか)[やぶちゃん注:擂(す)った糠(ぬか)。]を用《もちひ》て、根を蔽《おほ》ひ、晝《ひ》るは、則、陽を受くべしなり。其の樹、柚《ゆず》に似て、刺、有り。葉、全く、柚・柑の輩《うから》に似ず、稍《やや》、大きく、淡青色。筋理(すじめ)、顯然として、畧《ちと》、「多羅葉《たらやう》」に似て、尖らず。四、五月、新葉《しんば》を生ずる時、嫩葉《わかば》≪は≫、褐(きぐろ)色≪となる≫、以つて、異と爲す。「三才圖會」の「佛手柑」の圖は、葉の形、尖る。「本草」≪の≫時珍も亦、『尖《とがり》て長し』と謂ふは、未-審(いぶか)し。

 

[やぶちゃん注:「佛手柑」は、「本草綱目」の「枸櫞(きろえん)」「香櫞」の原タイプ種は、「維基百科」の「枸櫞」がそれで、

双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科ミカン属シトロン(英語:citron /仏語:cédrat(音写「セドラ」)Citrus medica

で「異名」として十九種の学名を掲げてあるが、これらの学名は、英文ウィキの“Citron”を見るに、幾つかは「シトロン」のシノニムであることが判明する。

しかし、挿絵の実の形状、及び、項目名「佛手柑」、及び、「本草綱目」の引用で示されるのは、シトロンの変種である、

シトロン変種ブッシュカン Citrus medica var. sarcodactylis

に限定されてあることは明らかである。外国のリンク上手くなく、「維基百科」の「佛手柑」は、日本語の「ブッシュカン」に接続していないのは、困ったことである。まず、ウィキの「ブッシュカン」を引く(注記号はカットした。一部の太字・下線は私が附した)。『「カボス」「ユズ」などと同じ香酸柑橘類の一種である。レモンと類縁のシトロンの変種で、名前の由来はブッダ(仏陀)の手という意味』である。

『なお、高知県四万十川流域で栽培されている「ぶしゅかん」は、同じ香酸柑橘類の「餅柚」』(もちゆ)『と呼ばれる』全く異なる『品種』( Citrus inflata『であり、緑色で球状の果実である。ブッシュカンと区別するため、ひらがな表記としている。ブッシュカンを手仏手柑、ぶしゅかん(餅柚)を丸仏手柑(シトロン)と区別する場合もある』(全くの別種であるので、注意!)

『安徽省の鳳陽県には観音菩薩が当地の人たちを懲らしめるために化け』、『自ら切り落とした美女の手と言われている』。ブッシュカンは、『インド東北部原産』とするが、「維基百科」の「佛手柑」では、『主產於中國廣西、廣東、四川等地』とあり、『佛手柑起於中國、印度等亞洲地區。』とあるのが、私は正しいと思われる。『果実は芳香があり』、『濃黄色に熟し、長楕円体で先が指のように分かれる。名称は』、『その形を合掌する両手に見立て、「仏の手」と美称したもの。学名とは別に、英語では「Buddha's hand」「fingered citron」とも呼ばれる』。『主として観賞用に栽植されるが』、『食用に利用されることもある。観賞用では』、『茶の湯の席の生け花に用いられることも多い』(グーグル画像「Citrus medica var. sarcodactylus flower」を見られたい)。『正月飾りにする地域もある』。『食用にもするが』、『身が少ないので生食には向かない。一般的に砂糖漬けなどで菓子にしたり、マーマレードにするほか、乾燥させて食べる地域もある』。『また、果皮を乾燥させたものは枸櫞皮(くえんひ)と呼ばれ、芳香薬や矯味剤、矯臭剤に用いる。また、枸櫞皮から枸櫞油(くえんゆ)と呼ばれる淡黄色で苦みと匂いのある精油がとれ、矯味剤、矯臭剤に用いる』。『日本での収穫量は』二〇一〇『年の「農林水産省特産果樹生産動態等調査」によると』、五・〇『トンで全て鹿児島県での収穫量となっている。この「農林水産省特産果樹生産動態等調査」特産果樹生産出荷実績調査は』、二〇〇七年『から』五十アール『以上栽培されている地域が対象となっており、他に和歌山県などでも栽培されており』。『京阪神や関東などにも出荷されている』とある。私は実際の「仏手柑」の実を、小学校二年生の時、母の実家の鹿児島県岩川で見た記憶がある。正直、おどろおどろしい印象しか残っていない。

 「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十」の「果之二」の「枸櫞」([075-40a]以下)の「釋名」と「集解」をパッチワークしたものである。以下に、全文を掲げる(一部に手を加えた)。

   *

枸櫞【音矩員宋圗經】  校正【原附荳蔲下今分出】

 釋名【香櫞一作圓佛手柑時珍曰義未詳佛手取象也】

 集解【藏器曰枸櫞生嶺南柑橘之屬也其葉大其實大如盞味辛酸頌曰今閩廣江南皆有之彼人呼爲香櫞子形長如小𤓰狀其皮若橙而光澤可愛肉甚厚白如蘿蔔而鬆虛雖味短而香芬大勝置衣笥中則數日香不歇寄至北方人甚貴重古作五和糝用之時珍曰枸櫞産閩廣間木似朱欒而葉尖長枝間有刺植之近水乃生其實狀如人手有指俗呼爲佛手柑有長一尺四五寸者皮如橙柚而厚皺而 光澤其色如𤓰生綠熟黃其核細其味不甚佳而淸香襲人南人雕鏤花鳥作蜜煎果食置之几案可供玩賞若安芋片於蒂而以濕紙圍䕶經久不癟或擣蒜罨其蒂上則香更充溢異物志云浸汁浣葛紵勝似酸漿也】

皮瓤氣味辛酸無毒【弘景曰性温恭曰性冷陶說誤矣藏器曰性温不冷主治

下氣除心頭痰水【藏器】煑酒飮治痰氣欬嗽煎湯治心

下氣痛【時珍】

根葉主治同皮【橘譜】

   *

『「三才圖會」の「佛手柑」の圖は、葉の形、尖る』東洋文庫訳の割注には、『(草木十一巻の乳柑にある図か)』とするが、例の東京大学の「三才図会データベース」で、当該画像をダウンロード(図ページ、及び、次の解説ページ)し、トリミングして、画像の汚損と判断したものを清拭したものを以下に示す。確かに、解説には、『肉其厚切如蘿蔔』とあり、最後に』『閩廣江西皆有之謂之香櫞子』とあるから、一致するものの、絵は、凡そ、実の図が異様に小さく、仏手柑の絵には見えない。葉は二図ともに、確かに、葉は先が尖っている。

 

Sansaizuenyuukan1

 

Sansaizuenyuukan2

 

『「本草」≪の≫時珍も亦、『尖《とがり》て長し』と謂ふは、未-審(いぶか)し』思うに、「三才圖會」の王圻(おうき)と、その次男王思義も、「本草綱目」の李時珍も、実は、タイプ種のシトロンの葉を言っているのではないか? と、私には思われる。ウィキの「ブッシュカン」の葉の画像は、良安が言う通り、尖らず、半先端は丸みを帯びて先はへこんでいるのに対し、ウィキの「シトロン」の葉の画像は、ツンと、尖っているからである。

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