茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版「時禱篇」(我々は慄ふ手でお前を建て、……)
我々は慄ふ手でお前を建て、
アトムの上にアトムを積む、
しかし誰がお前を完成しやう。
伽藍よ。
羅馬はどうだ、
それは崩れ落ちる。
世界はどうだ。
それは、お前の塔に圓屋根が出來、
長い長いモザイックの中から、
お前の輝く額が上る前に、
碎かれるだらう。
しかし 時をり夢の中で
私はお前の部屋を
見渡すことが出來る。
深く始から
屋根の黃金の尖頭(さき)まで、
それから又見る、私の感官が
最後の飾を
作りいとなむのを。
[やぶちゃん注:「完成しやう」ママ。再版「詩集」で『完成しよう』と訂正している。]
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