茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版「形象篇」「第一卷」 「追憶」
追 憶
そして私は待つてゐた、待ちまうけてゐた。
私の生命を無限に增す一事を。
力あるもの普通(なみ)ならぬものを、
石の眼ざめるのを、
私に向いてる深いものを。
書架にある金や褐色の
書籍は薄明になつて來る。
私は通り過ぎた國々や、
多くの光景や、再び失つた
女たちの衣裳のことを考へる。
その時私は突然知る、これだつたと。
私は立上る。私の前には
過ぎ去つた一年の
怖と、姿と、祈禱とが訴へてゐる。
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