茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版「舊詩集」 (序詩)・(日常の中に滅びた憐れな言葉、……)
舊詩集
憧憬は、波濤の中に住むで、
時の中に故鄕を持たぬこと。
願ひは、永遠と
日々の時間との小聲の會話。
生活は、昨日の中から
あらゆる時間の一番寂しい時間が、
他の姉妹等とは異つた微笑をしながら、
昇つて來て永遠を默つて迎へるまで。
[やぶちゃん注:「(序詩)」は、岩波文庫の校注に、『〔旧詩集〕序詩』とあるのに従った。実際には、原本では、この詩は有意なポイント落ちになっているが、それは再現しなかった。]
日常の中に滅びた憐れな言葉、
目立たぬ言葉を私は愛する。
私の宴(うたげ)から私がそれに色を與へると
言葉は微笑むで徐に樂しくなる。
彼等が臆病に内へ押入れた本性が
はつきりと新になつて誰にも見えて來る。
一度も未だ歌の中で步まなかつたのが、
慄へながら私の小曲の中を步く。
[やぶちゃん注:「徐に」「おもむろに」。
「新になつて」「あらたになつて」。]
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