茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版「形象篇」「第一卷」 「最終の人」
最終の人
私は父の家を持たない。
また失つたのでもない。
母は私を世の中へ產み放つた。
私は今世の中に立つてゐて、
いよいよ深く世の中へ入つて行く。
そして幸福を持ち、苦痛を持つ、
皆な一人で持つ。
でも私は種々の相續者だ。
私の種族は三つの分れとなつて
森の中の七つの城で榮えた、
そして紋章に飽きた。
年をとり過ぎたのだ。――
私に遺された物、私が古い所有にと
得るものには故鄕が無い。
私の兩手に、私の内奧に
私は死ぬまでそれを保つてゐなくてはならない。
何故といふと、私の置くものは
世の中ヘ
落ちこむから。
波の上へ置かれた
やうに。
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