茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版 「巡禮の歌」(一九〇一年) (深夜に私はお前を堀る。寶よ。……) / 「巡禮の歌」~了
深夜に私はお前を堀る。寶よ。
私が見た總べての盈溢も、
まだ來ないお前の美に比べると、
貧しくまた見すぼらしい補足だ。
しかしお前にゆく路は恐しく遠く、
久しく通つた者もないので埋れてゐる。
ああお前は寂しい。お前こそ寂寥だ、
ああ遠い谷へゆく心よ。
堀るために血が出る兩手を
私は風の中に開きかかげる、
樹のやうに枝を出せよと。
私はその手でお前を空間から飮む、
丁度氣短かな身振をして
お前が彼處に碎け散つたかのやうに、
さうして今は塵のやうに碎けた世界が
遠い星からまた地の上に、
春雨の降るやうに軟く落ちるかのやうに。
[やぶちゃん注:二箇所の「堀る」はママ。
「盈溢」「えいいつ」。満ち溢れること。
「寂寥」「せきれう」(現代仮名遣「せきりょう」)。心が満ち足りず、もの寂しいこと。
「彼處」「かしこ」、或いは、「あそこ」。私は前者を採る。]
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