和漢三才圖會卷第八十七 山果類 櫧木
[やぶちゃん注:右下方に、殻斗(かくと:所謂、「どんぐり・団栗」の類の、実の基部に附いているもの。俗に「皿」「椀」「帽子」(最後のそれが私には親しい)等と呼ばれる部分)附きの「どんぐり」の実の図が添えてある。当たり前の絵のように見えるが、この添えた「どんぐり」には、甚だ、問題があるのである。このように「どんぐり」「先」がしっかり尖っており、全体がはっきりとスマート、細長いのは、実は、それほど多くない。私の認識では、私が跋渉の際に好んで食べるところの、双子葉植物綱ブナ(橅)目ブナ科シイ(椎)属スダジイCastanopsis sieboldii subsp. sieboldii が最もマッチする。但し、樹木図の方に描かれている実は、やや殻斗附近に至って、ふっくらとしているので、ブナ科マテバシイ属マテバシイ Lithocarpus edulis のそれと採れなくはない。ところが、東洋文庫訳の後注で、『良安は厳密にクヌギの子』(み)『のみを団栗としている』と断言しているのである。これは、確かに良安の評言の最後で、そのようにブイブイ言ってのだ! しかし、そうなると、この絵の実生の「どんぐり」も、右下のそれも、実は、ブナ科コナラ属 Cerris 亜属 Cerris 節クヌギ Quercus acutissima のそれということに採らないと、おかしいことになるのだ! しかし、クヌギの「どんぐり」は、直径が約二センチメートルと、「どんぐり」類の中では有意に大きく、しかも、ほぼ球形を成すから、逆立ちしても、こんな絵にはならないのだ! もし、良安が「どんぐり」をクヌギのみに限定しているのなら、こんな絵は絶対に描くはずがないのだ! 摩訶不思議なのである!?!]
かしのき 苦櫧子
かたき 【加之乃美】
櫧木
橿【音江和名
抄訓加之】
唐韻此名萬年木
字彙云鋤柄也
チュイ モツ 俗云樫木
本綱櫧山谷有之其木大者數抱髙二三𠀋葉長大如栗
葉稍尖而厚堅光澤鋸齒峻利凌冬不凋三四月開白花
成穗如栗花結實大如槲子外有小苞霜後苞裂子墜子
圓褐而有尖大如菩提子內仁如杏仁生食苦澀煑炒乃
帶甘亦可磨粉有苦甜二種此卽苦櫧子也【甜者鉤栗也】
苦櫧子 大 粗赤 血櫧
粒 木文 俗名
甜櫧子 小 細白 麪櫧
又有子色黒者名鐵櫧並皆作屋柱棺材難腐也
衣笠內大臣
新六切りたをす田上山のかしの木は宇治の川瀨に流れ來に
けり
[やぶちゃん字注:「たをす」はママ。「たふす」が正しい。訓読では訂した。]
△按苦櫧子【俗云加之堅字訓中畧也】其木堅剛故今俗多用樫字【猶以鰹字爲加豆於也】其
花狀如栗花而短黃褐色長一寸許有白
樫赤樫之二種而白樫葉稍小背淡白木理細宻以堪
爲秤衡槍柄及棒杖等出肥州天草者最佳
赤樫以爲櫓櫂車軸及鋤柄等日向之產理宻而佳薩州
之産次之
凡櫧之類皆冬亦葉不落伹木膚理色異
六帖武士のやそ乙女らかふみとよむてらゐの上のかたかしの花
[やぶちゃん注:「六帖」は「万葉集」の誤り。作者は大伴家持である。訓読では訂した。]
枕草帋ニ云白樫は深山木の中にもいとけとをくて三位二位の
うヘの衣そむる折はかりそ葉をたに人の見るめる
[やぶちゃん注:「けとをくて」はママ。「け遠(とほ)くて」が正しい。訓読文では、補正した。「はかりそ」も「は(=ば)かりこそ」が正しい。同前の仕儀を施した。]
或以櫧子訓團栗者甚誤也團栗卽槲子也又以槲訓
加之波者倍誤也
*
かしのき 苦櫧子《くしよし》
かたき 【「加之乃美」。】
櫧木
橿《カウ》【音「江《カウ》」。
「和名抄」、「加之《かし》」と訓ず。】
「唐韻」、此れを「萬年木」と名づく。
「字彙」に云はく、『鋤(くわ)の柄(え)
なり。」≪と≫。
チュイ モツ 俗、云ふ、「樫木」。
[やぶちゃん注:「橿」の漢音は「キヤウ」(現代仮名遣「キョウ」)だが、それでは、「江」と合致しない。「橿」の呉音を見ると、「カウ」(コウ)であり、「江」の漢音は「カウ」(コウ)で、呉音は「コウ」(コウ)であるから、厳密にはおかしいが、一応の辻褄は合うようには見える。「鋤(くわ)」はママ。「字彙」を確認すればいいのだが、膨大なため、まず、漢字は誤っていないとしてよいだろう。柄の強度を考えるなら、「クワ」より、より木部が支えのメインとなる「スキ」だと思う。「スキ」と振るべきところを、良安が勘違いしたと考えるべきであろう。本文にも出るが、再度出るが、そこは、補正記号で訂正した。]
「本綱」に曰はく、『櫧《シヨ》は、山谷に、之れ、有り。其の木、大なる者、數抱《かかへ》、髙さ、二、三𠀋。葉、長大にして、栗《くり》の葉のごとく、稍《やや》尖《とが》りて、厚《あつく》、堅く、光澤≪あり≫。鋸齒、峻-利《しゆんり》[やぶちゃん注:非常に鋭いこと。]≪にて≫、冬を凌《しのぎ》て、凋まず。三、四月、白≪き≫花を開き、穗を成す≪こと≫、栗の花のごとく、實を結ぶ。大いさ、槲《コク》の子《み》のごとく、外(そと)に小≪さき≫苞《はう》、有り。霜の後、苞、裂(さ)けて、子、墜つ。子、圓《まろ》く褐≪色≫にして、尖《とがり》有り。大いさ、「菩提子《ぼだいし》」のごとく、內《うち》の仁《にん》、杏仁《きやうにん》のごとし。生《なま》にて食へば、苦く、澀《しぶ》く《✕→けれども》、煑《に》、炒《いため》れば、乃《すなはち》、甘《あまみ》を帶ぶ。亦、磨(ひ)いて、粉(こ)とす。苦《く》・甜《てん》[やぶちゃん注:甘い種。]の二種、有り。此れ、卽ち、「苦櫧子《くしよし》」【甜《あま》き者は、「鉤栗(いちい[やぶちゃん注:ママ。])」なり。】。』≪と≫。
[やぶちゃん注:以下、共通する箇所は、それぞれに挿入して、二種の対比的記載を明らかにした。]
「苦櫧子《くしよし》」は、粒《つぶ》、大≪にして≫、木の文《もん》、粗《あらき》赤、俗名、「血櫧《けつしよ》」。
「甜櫧子《てんしよし》」は、粒、小≪にして≫、木の文《もん》、細≪き≫白、俗名、「麪櫧《めんしよ》」。
又、子《み》の色黒《いろぐろ》の者、有り。「鐵櫧《てつしよ》」と名づく。≪「苦櫧子」《くしよし》」・「甜櫧子」と≫、並《ならびに》、皆、屋(いへ)の柱、棺(ひつぎ)の材と作《ざい》と作《なす》。腐り難き[やぶちゃん注:レ点はないが、返して読んだ。]なり。
「新六」
切りたふす
田上山《たなかみやま》の
かしの木は
宇治の川瀨に
流れ來にけり 衣笠內大臣
△按ずるに、「苦-櫧-子(かし)」は【俗、云ふ、「加之《かし》」。「堅(かた)し」の字の訓≪の≫中畧なり。】。其《その》木、堅剛《けんかう》なる故《ゆゑ》、今、俗、多く、「樫」の字≪を≫用ふ【猶ほ、「鰹《かつを》」の字を以つて、「加豆於《かつお》」と爲《す》るがごときなり。】。其《その》花の狀《かたち》、栗の花のごとくにして、短く、黃褐色、長さ一寸ばかり。「白樫《しらかし》」・「赤樫《あかがし》」の二種、有りて、白樫は、葉、稍《やや》、小《ちさ》く、背《せ》、淡白《あはじろ》く、木《き》の理(きめ)、細宻《さいみつ》なり。以《もつて》、秤(はかり)の衡(さほ[やぶちゃん注:ママ。「竿(さを)」。])・槍(やり)の柄(ゑ[やぶちゃん注:ママ。])、及び、棒・杖等と爲《なす》≪に≫堪《たへ》たり。肥州天草より出≪づる≫者、最も佳し。
「赤樫《あかがし》」は、以つて、櫓・櫂、車軸、及び、鋤(くわ《✕→すき》)の柄(ゑ[やぶちゃん注:ママ。])等と爲すに堪《たへ》たり。日向の產、理《きめ》、宻《みつ》にして、薩州の産、之に次ぐ。
凡《およそ》、櫧《かし》の類《るゐ》、皆、冬も亦、葉、落ちず。伹《ただし》、木の膚《はだへ》・理《きめ》・色、異《こと》なり。
「万葉」
武士《もののふ》の
やそ乙女《をとめ》らが
ふみとよむ
てらゐの上の
かたかしの花
「枕草帋《まくらのさうし》」に云はく、『白樫《しらかし》は』、『深山木《みやまぎ》の中にも、いとけとほくて、三位《さんみ》、二位のうヘの衣《きぬ》、そむる折《をり》ばかりこそ、葉をだに、人の見るめる』≪と≫。
或いは、櫧-子《かしのみ》を以《もつて》、「團栗(どんくり)」と訓ずるは、甚だ、誤《あやまり》なり。團栗(どんくり)は、卽ち、「槲(くぬぎ)の子(み)」なり。又、「槲《コク》」を以つて、「加之波《かしは》」と訓《くんずづ》は、倍(ますます)、誤《あやまり》なり。
[やぶちゃん注:まず、「本草綱目」の言う「櫧木」「櫧」(「苦・甜」を頭に持つ)「櫧子」というのは、
双子葉植物綱ブナ(橅)目ブナ科マテバシイ(馬刀葉椎・待椎)属シリブカガシ(尻深樫) Lithocarpus glaber
である。「維基百科」の同種「柯」に、『别名』に『櫧子(江西)』とあるからである。
まず、私は不学にして、聴いたことがない樹木名であるが、ウィキの「シリブカガシ」を引く(注記号はカットした。太字・下線は私が附した)。『ブナ科マテバシイ属の常緑高木である。日本に自生するマテバシイ属』二『種(シリブカガシとマテバシイ』(マテバシイ属 Lithocarpus)『)のうちの』一『種』(マテバシイ(馬手葉椎)Lithocarpus edulis であろう)。『和名はドングリの底(お椀状の殻斗を被っていた部分)が凹んでいることに由来する。なお、カーム』(恐らく英語の“calm”(落ち着き:語源はイタリア語の「凪」由来)『と呼ばれることもある』。『常緑性の高木で、樹高は』十~十五『メートル』、『幹は直立、分枝する。樹皮は灰褐色でなめらか。若枝には短毛が密生する』。葉柄』一~一・五『センチメートル 』、『葉は長さ』八~十五センチメートル『で肉厚で革質、葉形は長楕円形で先が鋭く尖る。葉縁は全縁、ときに葉上部に浅い鋸歯が』一、二『個ある。葉の表面は緑』から『濃緑色で光沢があり、葉裏は淡緑色で』、『鱗状毛が密生し』、『金色または銀色の光沢がある。側脈は』六~八『対。その葉質や形はアカガシ』(赤樫:コナラ属アカガシ Quercus acuta )『によく似ている』。『雌雄同株で、花期は』九~十『月。枝先や葉腋に淡黄色で長さ』五~十センチメートル『の雌雄の花穂を斜め上向に数個』、『分枝してつける。強い匂いを放つ虫媒花。雄花序は長さ』五~九センチメートル。『花序の軸には黄褐色の短毛が密生する。雄花は苞腋に』三『個ずつつく。花被』(かひ:花に於ける雄蘂や雌蘂の外側にある葉のような要素の集合名称)『は直径』二『ミリメートル』『ほどの皿形で、雄』蘂『が』十『個つく。雌花序は長さ』五~九センチメートル、『花径は』〇・五~一センチメートル『で、円柱形の花柱が』三『個つく』。『果期は翌秋。楕円形の堅果(ドングリ)が実り、濃褐色に熟すと落下する。果長は』一・五~二・五センチメートル、『果下部』の二十~三十『%は殻斗に包まれる。堅果は粉をふいたように表面に蝋状の物質が付着しているが、落下して間もない堅果を柔らかい布で磨くと』、『漆器のように艶やかな光沢が出る。秋に地面に落ちた堅果が発芽するのは翌年の春になってからである』。『暖帯性であり、近畿地方以西の本州、四国、九州、沖縄の比較的海岸に近い標高』五百『メートル』『以下の地域に分布し、京都府の保津峡が分布北限である。分布北限に近い近畿地方の個体数はごく少ない。日本以外に中国南東部・台湾にも分布する。日本では、マテバシイよりもさらに南の地域に分布する』。『マテバシイ属の樹木は』、『日本にはシリブカガシとマテバシイしか自生していないが、世界全体では』百『種以上知られており、主に東南アジアの熱帯』から『亜熱帯の山地に分布している。シリブカガシとマテバシイは、熱帯地方に広く分布するマテバシイ属の中で最も北に進出してきた種のひとつであり、日本のブナ科の樹木の中では冬の寒さに弱い方である』。『用途』は、『樹木』が『街路樹、公園樹、庭木』に、『木材』としては『建築材・器具材』に使われ、『材質は堅く、中国では農具に使われる』(本項の「字彙」に載る「鋤柄」とするという記載と完全に合致する)。『果実』は、『ドングリとしては渋味が少なく、渋抜きをせず』、『そのまま炒って食べられる』。『同属のマテバシイとは葉の形などがはっきり異なる(マテバシイは葉が長めで全縁、葉面はなめらか)ため』、『区別は容易い。むしろ、先述のように』、『見かけはコナラ属のアカガシによく似ている。アラカシよりやや葉が短めであるが、葉だけで区別するのは難しい。もちろん』、『果実が付けば見分けがつく。なお、日本のブナ科植物は春から初夏に花をつけるものがほとんどであり、この種のように秋に花をつける例は他にない』とある。
さて、ここで、東洋文庫訳の後注を全文示す。当該本文は最後の、『或いは、櫧-子《かしのみ》を以《もつて》、「團栗(どんくり)」と訓ずるは、甚だ、誤《あやまり》なり。團栗(どんくり)は、卽ち、「槲(くぬぎ)の子(み)」なり。又、「槲《コク》」を以つて、「加之波《かしは》」と訓《くんずづ》は、倍(ますます)、誤《あやまり》なり。』に対するものである。
《引用開始》
『新註校定国訳本草綱目』(春陽堂)[やぶちゃん注:当該巻(「第卷三十」)を所収する当該書は国立国会図書館デジタルコレクションでは見ることが出来ない。]によれば、櫧子はアラカシ、槲はカシワに比定されている。良安は厳密にクヌギの子[やぶちゃん注:「み」。]のみを団栗としているが、現在ではそれほど厳密ではなく、クヌギ・ナラ・カシなど、ブナ科ナラ属の果実を総称して団栗としている。
《引用終了》
この注が指す「アラカシ」は、本邦での「アラカシ」であり、
双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節アラカシ(粗樫)Quercus glauca
である。また、同じく本邦の「カシワ」となり、
コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata
である。以上の竹島淳夫氏の注は、良安の評言に対する注としては、無論、問題がない正当なものである。
✕しかし、「新註校定国訳本草綱目」の種同定が絶対的真命題であるかどうかは、私は、無批判に賛同することは、全く、出来ないのである!
例えば、「櫧子」で「百度百科」を検索すると、「槠子」が出るが、そこにある学名は、
Castanopsis sclerophylla
とあるからである。★この「カステロプシス・スクレロフィラ」は和名がない。則ち、日本に分布しないので、まず、「アラカシ」ではないことがはっきりするのである。現在の分類では、
★ブナ目ブナ科シイ属カステロプシス・スクレロフィラ
なのである!
さらに、本邦の「カシワ」が、中国の「槲」と同種でないことは、既に本プロジェクトの初回の「柏」の私の迂遠なダラダラ注で(この煩雑な行為が、トラウマとなりつつ、今も、私の比定同定への慎重な立場を確立させて呉れたのである!)
★「柏」≠「槲」=カシワ Quercus dentata
であることを考証しているからである。あまりに長いので、私のそれを再録する気にはならないので、是非、そちらを見られたいのである!
「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷三十」の「果之二」の「櫧子」([075-56b]以下)をパッチワークしたものである。短いし、以上の通り、ブイブイと批判した関係上、全文を引いておく(一部に手を加えた)。
*
櫧子【拾遺】 校正【原附鈎栗今析出】
集解【藏器曰櫧子生江南皮樹如栗冬月不凋子小於橡子穎曰櫧子有苦甜二種治作粉食餻食褐色甚佳時珍曰櫧子處處山谷有之其木大者數抱髙二三丈葉長大如栗葉稍尖而厚堅光澤鋸齒峭利凌冬不凋三四月開白花成穗如栗花結實大如槲子外有小苞霜後苞裂子墜子圓褐而有尖大如菩提子内仁如杏仁生食苦澀煑炒乃帶甘亦可磨粉甜櫧子粒小木文細白俗名麫櫧苦櫧子粒大木文粗赤俗名血櫧其色黑者名鐵櫧案山海經云前山有木其名曰櫧郭璞註曰櫧子似柞子可食冬月采之木作屋柱棺材難腐也】
仁氣味苦澀平無毒【時珍曰案正要云酸甘微寒不可多食】主治食之不飢令人健行止洩痢破惡血止渴【藏器】
皮葉主治煑汁飮止產婦血【藏器】嫩葉貼臁瘡一日三換良【吳瑞】
*
「菩提子《ぼだいし》」これも、先行する「無患子」で、迂遠な考証同定をしているので、そちらを見られたい。
「杏仁《きやうにん》」講談社「漢方薬・生薬・栄養成分がわかる事典」によれば(一部の読みを省略した)、『漢方薬に用いる生薬の一つ。バラ科アンズの種子を乾燥させたもの。鎮咳、去痰の作用があり、気管支炎、喘息などに用いる。感冒、肺炎、気管支喘息に効く麻黄湯(まおうとう)、気管支炎、小児喘息に効く麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、気管支炎、気管支喘息に効く苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)などに含まれる。また、あんず酒は疲労回復に効く』とある。
「苦櫧子《くしよし》」前掲の「百度百科」の「槠子」で、「苦槠栲」とある。則ち、ブナ目ブナ科シイ属カステロプシス・スクレロフィラCastanopsis sclerophylla である。
『甜《あま》き者は、「鉤栗(いちい)」なり。】』良安のルビは完全アウト! これも、和名がないシイ属カスタノプシス・チベタナ Castanopsis tibetana で、日本に分布しないので、まず、「イチイ」ではないことがはっきりする。但し、この良安の「イチイ」は、
裸子植物門イチイ(一位)綱イチイ目イチイ科イチイ属イチイ Taxus cuspidata
ではなく、「どんぐり」の生る、
双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属イチイガシ(一位樫)Quercus gilva
である。従って、良安が「本草綱目」の引用で「鉤栗」に「イチイ」とルビしているのは誤りで、「イチヰ」が正しい。
「鐵櫧《てつしよ》」はいはい! やっと登場しましたね! これこそが、双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節アラカシ(粗樫)Quercus glauca なのでござりまする。もう、疲れましたので、ウィキの「アラカシ」と、「維基百科」の「青剛櫟」(別名に似たような「鐵椆」がありまする)を御覧下さいませな。
「新六」「切りたふす田上山(たなかみやま)のかしの木は宇治の川瀨に流れ來にけり」「衣笠內大臣」日文研の「和歌データベース」の「新撰和歌六帖」で確認したが(「第六 木」のガイド・ナンバー「02461」。衣笠家良(いえよし)の一首)、これ(太字は私が附した)、
*
きりたふす-たなかみやまの-かしはきは-うちのかはせに-なかれきにけり
*
となっているので、引用としてダメである! 但し、「かしはぎ」=「槲木」=カシワは「どんぐり」が成るから、いいかとも思ったが、良安は、『「どんぐり」はクヌギ限定!』と、狭量にのたもうてるんだから、やっぱ、引用としては――あかん!――ということになりまっせ!
「白樫《しらかし》」コナラ属シラカシ Quercus myrsinaefolia 。ウィキの「シラカシ」を見ておくれやす。
「赤樫《あかがし》」コナラ属アカガシ Quercus acuta 。ウィキの「アカガシ」を見ておくれやす。
「万葉」「武士《もののふ》のやそ乙女《をとめ》らがふみとよむてらゐの上のかたかしの花」「万葉集」の「卷第十九」の大伴家持の非常に知られた一首(四一四三番)、
*
堅香子(かたかご)の花を攀(よ)ぢ折れる歌
物部(もののふ)の
八十娘子(やそをとめ)らが
汲み亂(まが)ふ
寺井(てらゐ)の上の
堅香子の花
*
「堅香子(かたかご)」日本原産とされる単子葉植物綱ユリ目ユリ科カタクリ属カタクリ Erythronium japonicum 。「攀(よ)ぢ」は「引き寄せる」の意。「物部(もののふ)の」は「八十」の枕詞。
『「枕草帋《まくらのさうし》」に云はく、『白樫《しらかし》は』、『深山木《みやまぎ》の中にも、いとけとほくて、三位《さんみ》、二位のうヘの衣《きぬ》、そむる折《をり》ばかりこそ、葉をだに、人の見るめる』』「枕草子」の「ものづくし」の章段の「木の花づくし」の一節。やや引用に難があるので、この際、全文を示す。基礎底本は、所持する石田穣二訳注「枕草子 上巻」(昭和五四(一九七九)年角川文庫刊)を参考とし、恣意的に正字化した。良安が不全に示した部分を太字で示しておいた。
*
花の木ならぬは かへで。桂(かつら)。五葉(ごえふ)[やぶちゃん注:五葉松。裸子植物門マツ亜門マツ綱マツ亜綱マツ目マツ科マツ属ゴヨウマツ Pinus parviflora 。]。
そばの木[やぶちゃん注:カナメモチ。]、しななき[やぶちゃん注:品がない。]心地すれど、花の木ども散り果てて、おしなべて綠になりたるなかに、時もわかず、こき紅葉(もみぢ)のつやめきて、思ひもかけぬ靑葉の中よりさし出でたる、めづらし。
まゆみ[やぶちゃん注:双子葉植物綱ニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マユミ変種マユミEuonymus sieboldianus var. sieboldianus 。]、さらにもいはず。
やどり木といふ名、いとあはれなり。
榊(さかき)、臨時の祭の御神樂(みかぐら)のをりなど、いとをかし。世に木どもこそあれ、神の御前(おまへ)のものと生(お)ひはじめけむも、とりわきて、をかし。
楠の木は、木立(こだち)おほかる所にも、ことにまじらひたてえらず、おどろおどろしき思ひやりなど、うとましきを[やぶちゃん注:近寄り難いのだが。]、千枝(ちえ)にわかれて、戀する人のためしにいはれたるこそ、誰(たれ)かは數を知りていひはじめけむと思ふに、をかしけれ。
檜の木、またけ近(ちか)からぬものなれど[やぶちゃん注:人里近くには生えていないものであるが。]、「三葉(みつば)四葉の殿(との)づくり」[やぶちゃん注:里方の民謡。]も、をかし。五月(さつき)に雨の聲をまなぶらむも、あはれなり。
かへでの木のささやかなるに、もえいでたる葉末(はずゑ)のあかみて、おなじかたにひろごりたる、葉のさま、花も、いと物はかなげに、蟲などのかれたるに[やぶちゃん注:干乾びたのに。]似て、をかし。
あすはひ[やぶちゃん注:翌檜・明檜。裸子植物植物門マツ綱ヒノキ目ヒノキ科ヒノキ亜科アスナロ属アスナロ 属 Thujopsis dolabrata 。]の木、この世に、ちかくも、みえきこえず。御獄(みたけ)[やぶちゃん注:吉野の金峰山。]にまうでて歸りたる人などの、持(も)て來(く)める、枝ざしなどは、いと、手にふれにくげにあらくましけれど、なにの心ありて、あすはひの木と、つけけむ。あぢきなきかねごと[やぶちゃん注:つまらぬ予言。]なりや。誰(たれ)にたのめたるにか[やぶちゃん注:保証したのかしら?]と思ふに、聞かまほしく、をかし。
ねずもち[やぶちゃん注:鼠糯・鼠黐。双子葉植物綱ゴマノハグサ(胡麻の葉草)目モクセイ科イボタノキ(水蝋の木・疣取木)属ネズミモチ Ligustrum japonicum 。]の木、人なみなみになるべき[やぶちゃん注:一人前の木として扱うべき。]にもあらねど、葉の、いみじう、こまかに、ちひさきが、をかしきなり。
楝(あふち)の木[やぶちゃん注:ムクロジ目センダン科センダン属センダン(栴檀) Melia azedarach var. subtripinnata の古名。]。山橘(やまたちばな)[やぶちゃん注:サクラソウ科ヤブコウジ(藪柑子)亜科ヤブコウジ属ヤブコウジ Ardisia japonica の別名。]。山梨の木[やぶちゃん注:バラ亜綱バラ目バラ科ナシ亜科ナシ属ヤマナシ Pyrus pyrifolia 。]。
椎の木、常磐木(ときはぎ)は、いづれもあるを、それしも、葉がへせぬためしに[やぶちゃん注:葉が落ち変わらない例に。]いはれたるも、をかし。
白樫(しらかし)といふものは、まいて、深山木のなかにも、いとけどほくて[やぶちゃん注:たいそう我等とは縁が遠くて。]、三位(さんみ)、二位のうへのきぬ、染むるをりばかりこそ、葉をだに人の見るめれば、をかしきこと、めでたきことに、とり出づべくもあらねど、いつともなく雪のふりおきたるに見まがへられ、素盞鳴尊(すさのをのみこと)、出雲の國におはしける御(おほん)ことを思ひて、人丸(ひとまろ)が詠みたる歌などを思ふに、いみじくあはれなり。をりにつけても、ひとふしあはれともをかしとも聞きおきつるものは、草、木、鳥、蟲もおろかにこそおぼえね。
ゆづり葉[やぶちゃん注:ユキノシタ目ユズリハ科ユズリハ属ユズリハ Daphniphyllum macropodum subsp. macropodum 。漢字表記は「楪・交譲木・譲葉・杠」。]の、いみじうふさやかにつやめき、莖は、いとあかく、きらきらしく見えたるこそ、あやしきけれど、をかし。なべての月には見えぬ物の、師走のつごもりのみ、時めきて、亡き人の食ひ物に敷く物にやとあはれなるに、また、齡(よはひ)をのぶる齒固めの具にも、もてつかひためるは。いかなる世にか、「紅葉せむ世や」といひたるも、賴(たの)もし。
柏木(かしはぎ)[やぶちゃん注:ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata 。]、いとをかし。葉守(はもり)の神[やぶちゃん注:樹木を守護する神。カシワやナラなどに宿るとされる。]のいますらむも、かしこし。「兵衞(ひやうゑ)の督(すけ)」、「佐(すけ)」、「尉(ぞう)」など言ふも、をかし。
姿なけれど、棕櫚(しゆろ)の木、唐(から)めきて、わるき家の物とは、見えず。
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少納言の「ゆづり葉」の民俗は、市井のそれを、しっかり見、意味を調べることを怠った結果、奇妙な一部が誤った語りとなってしまっている。平凡社「世界大百科事典」によれば(コンマを読点に代えた)『新しい葉が伸びてから古い葉が落ちるので』「譲り葉」『とよばれ』、「交譲木」』『と』も『書く。正月を待ちわびるわらべうたに』「お正月がござった ユズリハに乗って ユズリ ユズリ ござった」『とあるように、常緑のユズリハは』、『松、ウラジロ(裏白)、ダイダイ(橙)などとともに』、『正月飾りや農始めなどに使われる。ユズリハは絶えることなく世代が継承される常緑の聖なる樹として、正月にふさわしいものであり、長崎県壱岐島では正月』二『日の縫い初めにユズリハ』二『枚を縫い合わせて』、『神に供えたという。また』、『穀霊の再生継承の象徴として、石川県小松市小原では』、『かつて』、十二『月』九『日の山祭の前後に』、『各戸でナギカエシという焼畑の収穫祭を行い、その神座となるアワ、キビ、ヒエの穂を入れた輪蔵にユズリハの枝を』三『本挿したという』。「万葉集」には「弓弦葉(ゆづるは)」とよまれ、大嘗会に酒を盛る』、『縁起のよい酒柏として用いられることもあった。はしかにかかると、ユズリハに病気を託して払うという呪(まじな)いも行われ、民間療法として』、『葉や樹皮を煎じて下剤、利尿、駆虫薬などとする所がある』とある。]
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