阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四上」「奇獸」
[やぶちゃん注:底本はここ。割注で鍵括弧を施した。]
「奇獸」 有渡郡大谷村《おほやむら》にあり。當村瑞現山大正寺《だいしやうじ》【「正」は「祥」に作る。曹洞、寺領三十石】〕の記云《いはく》。傳云《つたへいふ》、開山《かいさん》[やぶちゃん注:寺のそれは、一般に「かいさん」と清音で読む。]行之禪師《ぎやうしぜんじ》は長享年中[やぶちゃん注:一四八七年から一四八九年まで室町幕府将軍は足利義尚。]の人也。始《はじめ》、宮川村滿泉寺に住す。後、當寺を草創す。時に長尾《ちやうび》の白狐《びやくこ》、三足《みつあし》の野鷄《やけい》[やぶちゃん注:キジの別称。]あり、瑞兆の異を呈し、又《また》淺畑《あさばた》の湖神《こしん》、老女に變じ來《きたり》て護法師となる、云云。佛氏の奇を唱へて土俗を迷はす癖《くせ》にして信じ難し。
[やぶちゃん注:「有渡郡大谷村」現在の静岡市駿河区大谷(グーグル・マップ・データ)などに相当する。
「瑞現山大正寺」現在の大谷のここに現存する(グーグル・マップ・データ)。応仁・文明の頃、今川氏の臣で桜井信濃守の子であった、行之正順和尚が創建した。本尊は薬師如来。「ひなたGPS」の戦前の地図を見ると、やや低い丘陵地(寺の東北直近には軍の「大谷射擊場」とある)であったことが判る。
「淺畑の湖神」これは、平凡社「日本歴史地名大系」に、『浅畑沼』(「湖」ではなく、「沼」である)『あさばたぬま』とし、『静岡県』『静岡市旧安倍郡地区浅畑沼』で、現在の『静岡市街の北東、麻機(あさばた)地区にあった沼。近世からの新田開発』及び『昭和』四十『年代から』五十『年代にかけて』、『集中的に実施された水路整備・県営圃場整備などによって、現在は』、『ほぼ消滅している。「静岡県史」』の『自然災害誌によると、沼が存在したのは巴(ともえ)川上流域の麻機低地とよばれる地域で、静岡平野の主体をなす安倍川扇状地の北の埋残』(うめのこ)『し部分に相当する。なかでも現在の流通』『センター付近』(グーグル・マップ・データでここ。右中央に「大正寺」を配した)『は最も標高が低く、六、七メートルにすぎない』とある。「ひなたGPS」で流通センター附近を見ても、沼のようなものは、認められない。されば、「淺畑沼」は既にその時点で消滅しているようである。]
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