茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版 「新詩集」「前のアポロ」
新 詩 集
第 一 卷
前のアポロ
をりをり末だ葉のない枝を透いて、
もう全く春になつた朝が
覗くやうに、彼の頭には
あらゆる詩の輝が死ぬばかり我々にあたるのを
妨げうるものが全くない。
實際彼の視(し)には未だ一つの蔭もなく
顳顬(こめかみ)はまだ桂で飾るには冷た過ぎるから。
さうして薔薇の園が眉から幹高く聳え、
それから花片が、一つ一つ、離れて
口の戰慄へ散りかかるのは、
やつと後になつてのことだらう。
その口は今は未だ沈默し、用ひられず、
輝いて、微笑みながら或物を飮むでゐる。
恰も彼の歌が流しこまれでもするやうに。
[やぶちゃん注:底本では、ここ。
「視(し)」古代ギリシア神話の太陽神アポロン(ラテン転写:Apóllōn:音写は「アポローン」)の全神話世界の総てを照らし出し、彼が見渡すところの全視界を指す。
「顳顬(こめかみ)」「蟀谷」に同じ。
「桂」アポロンの桂冠は、月桂樹(被子植物門双子葉植物綱(*その古型類群)クスノキ目クスノキ科ゲッケイジュ属ゲッケイジュ Laurus nobilis )であるから、ここは「けい」と音読みすべきであろう。]
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