茅野蕭々譯「リルケ詩抄」正規表現版 「新詩集」「第二卷」 「アポロの考古學的トルソオ」
第 二 卷
アポロの考古學的トルソオ
我々は彼の異常な頭を知らなかつた。
其處に眼球は熟(う)れてゐた。しかし
彼のトルソオは尙ほ冠形燈(カンデラアベル)のやうに燃える。
その中に彼の視(し)は、撚込(ねじこ)まれただけで
保たれ輝いてゐる。それでなくば
胸の肩骨が私の眼をくらまし、
腰の輕いひねりに、微笑が
創造の中心へは行けなからう。
それでなくば此石は醜く短く
兩肩の透明な楣(まぐさ)の下に立つてゐたらう。
猛獸の毛皮のやうに閃めかないだらう。
あらゆる緣(へり)から星のやうに光らなからう。
何故となら一處として私を見ない處はないから。
私は私の生命を變へないではゐられない。
[やぶちゃん注:原詩はドイツ語の「Wikisource」のここで、電子化されてある。
*
ARCHAÏSCHER TORSO APOLLOS
Wir kannten nicht sein unerhörtes Haupt,
darin die Augenäpfel reiften. Aber
sein Torso glüht noch wie ein Kandelaber,
in dem sein Schauen, nur zurückgeschraubt,
sich hält und glänzt. Sonst könnte nicht der Bug
der Brust dich blenden, und im leisen Drehen
der Lenden könnte nicht ein Lächeln gehen
zu jener Mitte, die die Zeugung trug.
Sonst stünde dieser Stein entstellt und kurz
unter der Schultern durchsichtigem Sturz
und flimmerte nicht so wie Raubtierfelle;
und bräche nicht aus allen seinen Rändern
aus wie ein Stern: denn da ist keine Stelle,
die dich nicht sieht. Du mußt dein Leben ändern.
*
「トルソオ」(“Torso”ドイツ語では音写は「トルゾ」)イタリア語語原。「トルソー」とも表記する(イタリア語の音写は「トォールソォ」)未完、又は、特別の制作意図によるもの、或いは、破損によって首や手足を欠いた胴体だけの彫像を指す。元のイタリア語のそれは、本来は「キャベツなどの芯」「果物等の芯」・「木の幹」の意に由来するらしい。
「冠形燈(カンデラアベル)」(“Kandelaber”(音写「カンデラーバァ」)は、「華麗な大きなシャンデリア」を指す。
「楣(まぐさ)」(“Bug”音写は「ブーク」。なお、「バァク」「バク」と発音する場合は、英語“bug”由来の「コンピュータ・プログラムのバグ」の意となる)は、①船首・航空機の機首、②牛・馬などの肩(の部分)・牛・豚などの肩肉、③屋根組みの筋交い、の意。ここは、トルソであるために、肩甲骨だけがあるべき背後に顔が隠れているように見えるというのであろう。而して、この訳の「楣(まぐさ)」というのは、小学館「日本大百科全書」によれば、『建物の出入口や』、『窓の上部に取り付けた横木。両側の柱に』「大入(おおい)れ」、『または』、「枘(ほぞ)差し」『にして』、『上部の小壁を受け、上からの荷重を支える役目をする。下端に』「樋端(ひばた)」『がつく溝のあるものを』、「鴨居(かもい)」『とよび、溝のない横架材を』「無目(むめ)」『という。門の場合は』、『扉のそばにつくが、同じく扉下の足元の横材は』「蹴放(けはなし)」『とよぶ。また』、『窓の場合は下の横材を』「窓台(まどだい)」『という。石造やれんが造』り『などの組積造(そせきぞう)の建物では、出入口や窓の上部をアーチとするが、上部に水平に単一石材を入れることもあり、それを』「楣石(まぐさいし)」『という』とあった。]
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